テラーノベル
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私は拒絶される恐怖よりも、彼を救いたいという衝動に突き動かされ
泥に汚れたその大きな手を両手で包み込んだ。
「……っ、何を……やめろと言って…っ」
彼が驚愕し、その手を振り払おうとするよりも早く。
私は目を閉じ、胸の奥に灯る「癒やし」の魔力を、祈りとともに彼へと注ぎ込んだ。
「大丈夫です。少しだけ、楽になりますから……」
雨の中で、私の髪が淡い真珠色の光を帯びる。
手のひらから温かな拍動が伝わり、彼の冷え切った肌に溶け込んでいく。
その瞬間、岩のように強張っていた彼の指先から、ふっと力が抜けた。
「……、これは……?」
彼の青い瞳が、信じられないものを見るように見開かれた。
冷たい雨の路地裏が、まるで温かい真綿に包まれたような、優しい静寂に塗り替えられていく。
彼は生まれて初めて触れる「本当の安らぎ」に、抵抗する術さえ失ったようだった。
「なんだ……急に、体が、軽く……」
最後の一声を絞り出すように呟くと、彼は糸が切れた人形のように、重たい頭を私の肩に預けてきた。
そのまま、深い、深い眠りの淵へと落ちていく。
「え……? あ、あれ?! ど、どうしよう、起きてください!」
大人の男性の重みが、一気に私にのしかかる。
心配になったのはもちろんのこと
異性に、それもこんな美しい人に抱きつかれるなんて人生で一度もなかった私は
顔が火が出るほど熱くなるのを感じてパニックに陥った。
けれど、耳元で聞こえる規則正しく穏やかな寝息を聞くと、彼を突き放すことはできなかった。
「…ね、眠っただけ……?…仕方ない、放っておけないし一度雨宿りできるところまで運んだ方がいいわよね…」
(こんな雨の中で風邪をひいちゃったら、もっと大変だもの…!)
私は覚悟を決め、自分の力で身体を強化して、彼の重たい腕を肩に回した。
虐げられていたおかげで、力仕事には慣れている。
(このくらい、運んでみせるわ。……よいしょっ!)
私は半ば引きずるような足取りで、ようやく見つけた公園の東屋まで彼を運ぶと
ベンチに横たえ、持っていた自分の傘をそっと立てかけた。
泥を払い、整った寝顔を眺める。
私の“癒やし”が、確かに彼に届いたのだという実感が、胸に小さな灯をともした。
◆◇◆◇
やがて雨が小降りになり、湿った風が公園を通り過ぎる頃。
ベンチにもたれていた彼の長い睫毛が、微かに震えた。
「……ここは」
低く重厚な声。
私はハッとして立ち上がった。
「あ、気がつかれましたか? 公園のベンチです。勝手に運んでしまってごめんなさい。あんなところで寝ていたら危ないと思って……」
彼はゆっくりと瞼を持ち上げ、夢の残滓を追いかけるような眼差しで私を見つめた。
その瞳からは先程の刺々しい狂気は消え、穏やかな海のような静謐さが戻っている。
「そうか……俺は確か、路地裏で……」
彼は起き上がろうとして自身の腕を見つめ、眉を寄せた。
「……身体が軽い。あの地獄のような頭痛が、消えている?」
「私の力が、少しだけお役に立てたのかもしれません。私、少しだけ人を癒す力があるんです」
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