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8話 星の話題が出ない夜
帰り道は、
少しだけ空気が冷えていた。
薄手の上着を羽織り、
前を閉じる。
袖口は擦れて、
指先が出やすい。
髪は一日の終わりで、
わずかに乱れている。
整えるほどでもない。
駅を出て、
歩道を進む。
街灯が一定の間隔で並び、
足元を照らしている。
影は短く、
揺れない。
ふと、
顔を上げる。
空は広がっているが、
数を数える対象がない。
隣を歩く人も、
同じ方向を見ているはずなのに、
誰も何も言わない。
きれいだとか、
今日は多いとか、
そんな言葉は出てこない。
端末を見る。
天気は表示されている。
雲量、
気温。
それ以上の項目はない。
公園を抜ける。
ベンチに座る人がいる。
話しているのは、
仕事のこと、
店のこと。
空については、
触れられない。
見えていないのではない。
見ようとしていない。
理由がないから。
誰かが、
話題にする必要はないと、
最初から決めていたみたいに。
しばらく歩いて、
また顔を上げる。
何も確認できない安心感がある。
数えなくていい。
比べなくていい。
ただ、
明日の予定を考える。
足元は安定していて、
道は続いている。
空は、
背景のまま。
その夜、
誰も空の話をしなかった。
それで、
何も困らなかった。