こいつ、今、何て言った?
「飛び降りる?ここから?…今すぐ?」
「えぇ。時間のズレが小さい内に、えいやっと飛んでしまって下さい!」
上手く言いたいことが伝わってどこか満足気な死神。いや、いやいや、えいやって…。
「嫌だけど」
一拍、二拍、三拍。
「な、何故!?」
零れ落ちそうな程に目を見開いて固まっていた死神が、ようやっと動き出した。大きな声がキーンと頭に響く。死神は案外人間っぽいらしい。
「何故も何も、こういうのって人に指図されてすることじゃあないし」
「それは、そうですけれど…!」
「…?俺が今死なないと、何か困ることでもあるのか?」
「あ、う、それは…」
突然あーだのうーだの言ってさっと目を逸らし、言葉に詰まった死神。図星か。全くもってわかりやすい奴だ。世界の崩壊とかだったら困るが、一体全体何があるというのか。
死神は震える唇から恐る恐る声を出す。
「あなたの死にタイムラグが発生することで、来世に何かしらの…ペナルティが発生する可能性があります」
あぁ、なるほど。納得してコクリと頷く。
「それは確かに困るかもな。俺は一応来世を想って飛ぼうとしていた訳だし」
「そ、そうでしょう!?だから、ほら!」
うぉ、急に勢いづいた。人の話は最後まで聞いてほしい。
「いや、ほらと言われても。俺はさっきからずっと飛ばないって言ってるだろ。帰るわ」
「いや…あの…!」
ひらりとフェンスを飛び越えビルに戻る。まだ何か言いたげな死神は、ふるふると震えながら思考を彼方へ飛ばしていた。
今の内に帰ってやろうか。いや、流石にそれは気の毒だろうか。と言うかそもそも、俺の死を願う死神相手に気の毒ってのはどうなのだろう。……もういい、やはり帰ってしまおう。
ぐっと体に力を入れてもたれかかっていたフェンスから体を起こそうとした丁度その時、死神が声を静かに上げた。それまでの少女の様なあどけない雰囲気を持つ声とはうって変わり、凪いだような静けさを持つ人知を超えた死神の声を。
「…無駄ですよ」
「は……?」
「貴方が死のうとしようがしまいが、全て無駄なことなのです。貴方の終わりは、もう世界に記されてしまったのですから」
月明かりの下滔々と語るその姿は、当に死神。
「これは生者に対して言って良いことなのか、私には結局計りきれませんでしたが…」
死神が複雑そうな顔で微笑む。
「貴方の死ぬ意志が消えようとも、貴方は今夜中に殺されてしまいますから」
不意に大きな音が鳴り、何事かと思う前に俺の体が傾く。死神の姿が段々遠のく中、俺の体はもうすぐでやっと眠りにつくだろう明るい街の中に吸い込まれていった。全身に鈍い衝撃が走るのは、もう少し後のことだろうとぼんやり思った。
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