テラーノベル
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保健室は、静かだった。
カーテン越しの光が、やけに白い。
「とりあえず、これ着て」
養護の先生が、体操服を差し出す。
翠は小さく頷いて、
カーテンの中で濡れた制服を脱いだ。
シャツは冷たく肌に張りついていて、
剥がすとき、少しだけ息が詰まる。
——大丈夫
——これくらい
着替え終えて出ると、
ベッドの近くに、赫が座っていた。
顔色は良くない。
膝を抱えて、視線は床。
「……翠にぃ?」
赫が気づいて、目を上げる。
翠は、すぐに笑った。
「転んでさ。水道で派手にやっちゃった」
一瞬で作った、軽い声。
黄がこちらを見る。
「……それだけ?」
「うん」
翠は即答した。
「俺がドジっただけ」
瑞も、ほっとしたように息を吐く。
「びっくりした……。赫くんのことでバタバタしてたから」
——それでいい
——それがいい
養護の先生が言う。
「少し身体冷えてるけど、休めば大丈夫そうね」
「ありがとうございます」
翠は、丁寧に頭を下げた。
理由は、聞かれない。
追及も、されない。
ベッドに座ると、
黄が赫の方へ体を向ける。
「赫っちゃん、どう?」
「まだ、しんどい?」
「……ちょっと」
赫は小さく答える。
その瞬間、
空気は完全に“赫中心”に戻った。
「今日は無理しないで」
「昼まで様子見よう」
「一人にしないから」
黄も、瑞も、
赫のそばに寄る。
翠は、少し離れたベッドで、
毛布を肩にかけられたまま座っていた。
——俺は、ついで
——問題ない方
瑞が一度だけ、振り返る。
「翠にぃ、寒くない?」
「平気だよ」
即答。
「もう乾いたし」
その“平気”は、
あまりにも自然で。
誰も、疑わなかった。
赫は、申し訳なさそうに視線を落とす。
「……ごめん。俺のせいで」
「違うよ」
翠は、すぐに言う。
「赫は悪くない」
その言葉は、
半分は本音で、
半分は自分に向けた嘘だった。
しばらくして。
「俺と瑞ちゃん、ちょっと職員室行ってくるね」
黄が言う。
「赫っちゃんの件、先生に相談してくるから」
「すぐ戻るね」
瑞も続く。
二人が出ていく。
保健室には、
赫と、翠と、静かな空気だけが残った。
赫は、まだ自分のことで精一杯で、
翠を見ていない。
翠は、毛布の端を握りしめる。
——誤魔化せた
——今日も、俺は大丈夫な人
胸の奥が、少しだけ苦しかったけど、
それも“気のせい”にした。
だって。
赫の方が、
今は大変そうだから。
コメント
1件

えほんとに好き なんか、バレたくない気持ちと同時にどこかに気づいて欲しいとも思ってるんだろうなぁー、 もう辛いて泣くて(