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百子が起きようとすると、やたらとお腹が重いことに気づく。何なら全身が倦怠感でベッドに縫い付けられている気分だ。しかし温かく、いい匂いのするものが隣に鎮座していると段々と飲み込めてきた百子は、それに頭をすり寄せた。抱きしめられ、頭を撫でられてさらに幸せな気分を味わっていた彼女だったが、カーテンから漏れる日差しに抗えずに目を開けた。そこに飛び込んで来たものは、ぼんやりとした肌色であり、百子ははてと首をかしげた。
「おはよう」
「んー……? おはよう?」
何事も無かったように、寝ぼけて返事をした百子だったが、陽翔の声が間近にしていると認識した瞬間飛び起きた。背中に腕が回されていたので半分しか身を起こせなかったのだが、体を起こしたことで上掛けがずれてしまう。自分と陽翔があられもない姿をしているのを認め、一気に顔に熱が集まった。慌ててずれた上掛けを引っ張ると陽翔の体が顕になってしまい、さらに慌てることになった。
「あっ……わっ……えっ……しののめ、くん……!」
(そうだ……! 昨日は気持ちよくてそのまま気絶したんだった……!)
それもこれも陽翔が丁寧に愛撫して、挿入してからも執拗に自分の感じるところを攻めるからである。絶頂をあんなに何度も迎えたことが無かった百子は陽翔にされるがままになり、本能のまま陽翔を求めたことを思い出して、穴があれば入りたい気持ちになった。
「昨日は可愛かったぞ」
わたわたと落ち着かない様子の百子を見て、陽翔はその口元を歪め、彼女の頬をそっと撫でてから唇をついばむようにキスをした。昨日彼女が自分の手で乱れていたことは、彼からしたら極上のブランデーを味わうことよりも魅力的で甘く感じるのだ。
「し、仕事行かなきゃ」
百子は気まずくなり、いそいそとベッドから出る。陽翔の机の上に自分の下着とパジャマがきれいに畳まれているのを見つけた百子は首をひねったが、それを急いで身につける。服を脱がされたのはリビングであり、百子が下着を持ってきて畳んだ覚えはない。百子は着替えてから振り返って陽翔に礼を言ったが、自分の着替える様子を彼がじっと見ていたことに気づき、手に掴んだ物を反射的に投げた。
「何でジロジロ見るのよ!」
「おっと」
投げられた自分のパジャマを陽翔は容易くつかみ、晴れやかに笑った。
「お前が綺麗だからだ。綺麗な物はずっと見ていたいだろ?」
「知らない!」
百子は赤くなった顔を見られたくなくて、彼の部屋のドアを乱暴に開けて出たと思えば、すぐに朝食の準備に取り掛かった。
(ど……どうしよう……)
会議の資料を確認していても、会議室に行く途中でも、百子は昨日のことが全く頭から離れない。一緒に住まないかという彼の提案は魅力的ではあるものの、そこまで彼に甘えても良いものかと思ってしまうのだ。しかもまさか陽翔が自分に好意を持っているなんてつゆほども考えておらず、あれよあれよと言う間に百子は陽翔に身を任せてしまった。
(恥ずかしい……)
途中で陽翔が自分を名前呼びになっていたのを思い出し、彼が耳元で囁いた自分の名前がループ再生され、百子は自分がどうにかなりそうだった。しかも他の同僚や先輩にも百面相をしてどうしたのかと聞かれ、誤魔化すのが大変で散々な思いをした。仕事はつつがなく進み、何ならいつもよりも効率が上がっていて嬉しい反面、頭の片隅には常に陽翔がいて百子の心を掻き回している。それはチョコを湯煎で溶かしてかき混ぜたかのごとく、甘くねっとりとしているに違いない。
(東雲くんになんて返事をしようかしら……)
百子は陽翔と、返事をしないまま関係を持ったことに驚いていた。陽翔のことは大学時代は喧嘩友達のようなものであり、恋愛感情はなかったからだ。当時彼氏がいたというのも理由の一つだが、自分だけに意地悪をする陽翔のことを好きになる筈もない。なのに昨日突然彼の胸に秘めていた想いを告げられ、なし崩しに事に及んだとなれば、色々と考えない方がどうかしている。
(でも……東雲くんに触られても……嫌じゃなかった)
百子は思わず持っている資料ごと自分の体をそっと抱き締める。最も驚いたことは、百子自身が陽翔を拒まなかったことだった。浮気されて心に傷を抱えていたことは確かだが、彼の指や唇、そして掛けられる言葉に絆されてしまうとは思わなかったのだ。しかもあれほど自分が乱れたのは初めてであり、狼狽はさらに大きくなった。
(仕事中にこんなことを考えてちゃだめね……終わってからでも考える時間はあるわ。今は仕事に集中しないと)
百子は気合を入れるために深呼吸をして、会議室に足を踏み入れた百子は、一時的に陽翔のことを頭の片隅に放逐したのだった。