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王都の街を一陣の風が駆け抜ける。
急な突風に驚きを隠せなかった西門の警備兵は、その原因がわからず首を傾げているだけ。俺たちが通り過ぎた事さえ気づいていない様子。
景色が凄まじいスピードで流れていく。カガリが速すぎて、ついていくのがやっとである。
ネストが連れ去られたという現場はすぐにわかった。焼け焦げ横転している馬車の残骸が、痛々しく残っていたからだ。
周りに集まっているのは、調査中であろう騎士たちと通りすがりだろう一般人。
俺とカガリはそれを完全に無視し、馬車の前で足を止めた。
「うわああああ!」
驚きの悲鳴と共に剣を抜き放つ騎士たち。当然の対応である。
今の俺はデスハウンド。所謂アンデッド系の魔物で、見た目だけならカガリよりも俺の方が恐怖の対象になるのだろうが、それを気にしている暇はない。
「カガリ。どうだ?」
「……いけます。相変わらず酷い臭いだ」
「よし、頼む」
すぐに走り出したカガリ。その速度は、匂いを辿っているとは思えないほどのスピードである。
方角は現場から南西方向。俺たちは深い森の中へと足を踏み入れていった。
――――――――――
「……あの中です」
カガリが足を止めたその先には、砦のような場所があった。鬱蒼とした森の中、林道の途中に作られた小さな集落といった印象だ。
木製だがしっかりと壁が出来ていて、いくつかの建物の屋根が少しだけ顔を出している。
入口には二人の門番らしき人物。残念だが、今わかる情報はこれだけ。
「ありがとう。カガリは先に帰っててくれ」
「主はどうするのです?」
「中の様子を見てくる」
「大丈夫ですか? 私も一緒に……」
「大丈夫だ。この体が消滅しても、魂は元の身体に戻る」
「……わかりました。ご武運を……」
元来た道を戻るカガリを見送ると、突入準備の開始である。
「いっちょやったるか……」
門番の二人は、見るからにゴロツキか盗賊の類。もう何人もの盗賊を見て来ているのだ。見間違えるはずがない。
たとえ間違ったとしても今の俺はアンデッド。特定されることはないだろう。
それよりも心配なのは、相手の人数とその強さである。
正直に言ってデスハウンドはそれほど強い魔物ではない。実力的にはスケルトンとシャドウの中間くらいに位置し、パワーよりもスピードで他を圧倒するタイプの魔物だ。
「【|悪夢《ストレングス》|の力《オブナイトメア》】、【|悪夢《アーマー》|の鎧《オブナイトメア》】」
それを補うためのアンデッド専用の強化魔法。紅のオーラは攻撃力。橙のオーラは防御力を向上させる。
ネストを助けに来たと悟られてはならない。ネストを盾にされないようあくまで通りすがりのデスハウンドという猫を被るのだ……。犬だが……。
意を決して全力で地面を蹴った。門番が気付いた時にはもう遅い。
身構える隙すら与えずその体に咬みつくと、味も匂いもしなかったことに安堵しながらも、賊の身体を森の奥へと放り投げる。
「敵しゅ……」
もう一人が武器を手に取るそぶりを見せたところで、体当たり。
「ぎゃ……」
身体の内側から聞こえてくる骨折の音には、どうにも慣れそうにない。
恐らく、立ち上がってはこれないだろう衝撃は与えたつもりだ。
一瞬にして門番の二人を無力化するも、それを内部から見ている者がいた。
「ま……魔物だ! 魔物が出たぞぉぉ!!」
その声を聞いて、ぞろぞろと建物から出て来るゴロツキたち。ざっと三十人ほどのお出迎えだ。
冒険者で言うところのシルバー以下であれば、殲滅は可能。
楽勝とまではいかなくとも、上手く立ち回れば勝率は低くないと見積もったのだが、それをすぐに訂正せざるを得ない状況へと陥った。
一際大きな建物から出て来たのは首からプレートを下げた三人の冒険者。その胸に輝いているのはゴールドだ。
ガタイの良い盾持ちのタンク、長身の両手剣持ちのアタッカー、そして杖を持ちローブのフードを深く被った|魔術師《ウィザード》風の女性。
考えている暇はない。襲い掛かって来るゴロツキたちをなぎ倒しつつ、そちらの様子も常に意識する。
しかし、その冒険者たちは出て来た建物付近から動こうとはしなかった。
「みんなやられちゃってるけどいいの?」
「放っておけ。俺たちの仕事はブラバ卿が来るまで人質を守ることだ。ゴロツキどもの事なんざ知らん」
「なあ。あのデスハウンドおかしくねえか? なんでこっちにこねぇんだ?」
「こちらを警戒しているようだが……。まあ、襲われなければそれはそれでいいだろ……」
冒険者たちからは手を出してこない。襲われるなら戦うが、なにもなければ追う事もないといったところか……。
地面に横たわり、低く唸るだけのゴロツキたちを助けようともしない。
建物内へと逃げるゴロツキたちのおかげで、後を追いつつも、その中にネストの姿は確認出来なかった。
となると、囚われているのは最後の建物。冒険者たちが陣取る場所だ。
「やるしかなさそうだな……」
デスハウンドに扮した俺から向けられた敵意に応えるべく、三人の冒険者たちはそれぞれの得物を手に身構える。
「”グラウンドベイト”!」
フルプレートに身を包んだタンク役の男が使ったスキルは、敵対心を煽るもの。
自我の弱い魔物の類には有効なのだろうが、残念ながらデスハウンドの中身は人間の魂。そこには確固たる意志が存在する。
多少惹かれるような何かを感じるも、それは硬貨を落とした音に無意識に視線を向けてしまう程度の感覚。
「よし。ギース、アニタ。散開しろ!」
しかし、相手は効いていると思っているのだろう。
アニタと呼ばれたローブの女と、クレイモアを担いだギースは左右に分かれ、一定の距離を保ったまま俺の後ろへと回り込む。
ならばそれに乗ってやろうと考え、盾を構えたタンクに向け、愚直に突撃してみせた。
そんな全力のタックルも当たり前のように大盾で防がれ、そこにギースが駆け込みバックアタック。
基本的な連携であり実用的ではあるのだが、それは”グラウンドベイト”が効いているのが大前提。
俺は押し出された大盾を後ろ足で蹴り上げ、その反動で向かって来るギースに牙を剥いた。
「なにッ!?」
そりゃ驚いただろう。振り返るはずのないデスハウンドが、突然牙をむいたのだ。
「くッ……」
それでも流石はゴールドプレート。その喉笛を咬み千切る予定が、咬みついたのはクレイモアだ。
「なんだ!? ベイトが効いてねえのか!?」
タンクの男が焦ったような声を上げ、同時に放たれたのはアニタからの援護魔法。
「【|魔法の矢《マジックアロー》】!」
現れた八つの光球が、細身の矢に姿を変え飛翔する。
咬みついていたクレイモアを離し、迫り来る|魔法の矢《マジックアロー》を身を翻して華麗に躱すと、それはことごとく地面に突き刺さり、音もなく消えた。
「”ラヴァーズチェーン”!」
タンクの男が声を張り上げると、その手から放たれた鎖がうねりを上げてデスハウンドの体に巻き付いた。
それは相手の動きを封じる拘束系のスキル。格下相手なら有効だが、格上を相手取れば逆に引きずられる危険を伴う――まさに諸刃の剣だ。
それでもなお使ったということは、彼自身の力に相当な自信があるのだろう。
実際、純粋な力比べではタンクの男が一枚上手。
ならば、俺に残された選択肢はひとつ――接近戦しかない。距離を取れば、魔法の的になるだけだ。
踵を返し、構えた大盾へ体当たりを叩き込む。金属がぶつかり合う重い音が響き、衝撃でデスハウンドの骨が軋む。
至近距離で激しく打ち合うも、こちらの攻撃はことごとく受け止められる。
ギースとアニタの動向にも意識を向けておかなければならないため、それも仕方のない事だ。
常に三人を視界に入れるよう努めると、タンクの男を間に挟む形になる。それは敵でありながら、俺にとっても肉の盾だ。
「コイツ! ただのデスハウンドじゃねえ!」
少しずつ削れていく盾と鎧。タンクのハンドアクスは空を切り、デスハウンドの鋭爪と大盾が交差するたびに火花が舞う。
「クッソ……ちょこまかと……」
「もう少し離れて! 魔法の狙いが定まらない!!」
「無茶言うな! 防ぐだけで精一杯だ!」
離れようにもすぐに距離を詰められ、チェーンを外せばアニタかギースがやられる。さぞやりづらいことだろう。
アニタもギースも隙を窺ってはいるのだが、見ていることしか出来ない様子。
タンクを相手にしつつも、常に周囲を警戒しているのだ。ただのデスハウンドに出来る芸当ではない。
「【|鈍化術《グラビティドロウ》】!」
その瞬間、身体になにかが重くのしかかる不快感を覚えた。
声の方に目をやると、屋根の上にギルド職員の服装をした女が立っていたのだ。
相手が冒険者ということは担当がいてもおかしくない。完全に失念していた。
「ナイスだ! ”リジェクトバッシュ”!」
急に盾が巨大になったような感覚に襲われ、それに弾き飛ばされる。
殺傷能力のない吹き飛ばすだけのスキルだとは知っていたが、俺にはそれが致命的であったのだ。
空中で体勢を立て直し、着地と同時にタンクへと再度アタックを仕掛けるはずだったのだが……。
「【|氷結束縛《アイスバインド》】!」
間髪入れず放たれたのはアニタの魔法。大地が氷に覆われると、着地した瞬間に凍り付く足。
「もらったぁ!!」
目の前にはクレイモアを振りかぶったギース。
それが振り下ろされると、俺の視界は闇の中へと閉ざされた。