テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
阿部先生が大学に戻る前日。最終日のクラスは朝から嘆きと寂しさが息苦しいほど充満していた。昨日と一昨日、阿部先生はいつも来てくれていた朝の時間に現れなかった。体調不良で休みなのかと思ったものの、ホームルームが始まった頃にはそこにいて。休み時間に問いかけたら教員の会議があったとか。それに寂しさを感じなかったというと嘘になる。でも、会議なんだから仕方がないだろう。 今日は他の教員が廊下にいるのを先ほど確認した。最終日だし、今日は来てくれるだろう。俺はいつものようにイヤホンをつけて適当な音楽を聞きながら阿部先生を待った。
いつの間にか時間が過ぎていて、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。
阿部先生は、今日も来てくれなかった。
今日の授業の内容はいつも以上に全く頭に入らなかった。だって、嫌われてしまったかもしれないのだ。最愛の人に。そんな表現したら重いってわかってるけれど、本当に、いま心の底から愛しているのは阿部先生一人なのだ。
どうしてだろう。泣いたのが気持ち悪かったか? もっとチョコをもらったときにわかりやすく喜んだほうが良かったのか? 阿部先生に触れようとしたのがダメだった? 考えても考えても、分からない。肩を控えめにトントンっと叩かれて何かと横を見ると、クラスメイト全員が俺を見て黙り込んでいた。え? なに? そう思い黒板を見るとどうやら今は英語の授業。運悪く、くじで俺が当たってしまったようだった。先生たちは俺の無愛想さとガラの悪さに勝手に不良だと思っているのか、あまり関わってこない。だから当てられることもほとんどないんだけど、こんなときに限ってかよ。
隣の席のクラスメイトにどこを読み上げればいいのかを聞いて俺は静かに立ち上がった。
「”If you’re brave enough to say goodbye, life will reward you with a new hello”」
(もしあなたが「さようなら」と言う勇気を持てば、人生は新しい「こんにちは」をプレゼントしてくれる。)
全く意味は分からない。発音もこれで合っているのか知らない。けれど、頭に浮かんだのは数日前の阿部先生の曇ったような笑顔だった。
◇
最後の帰りホームルームで代表者の女子が阿部先生に、みんなで寄せ書きした色紙を手渡した。生徒はおよそ半分といった程度が泣いていた。それだけ色んな生徒に人気だったのだ。教え方も上手で顔も声も性格も良くて、優しくて可愛くてかっこいい。全方向に敵無しなんじゃないかと思う。阿部先生が本当の先生として就任するであろう未来の学校の生徒たちに嫉妬した。運が良ければ三年間も一緒にいられるなんて。俺は一年すら一緒にいられなかったのに。
阿部先生は泣かなかった。いつも通りの優しい微笑みを浮かべて教卓から俺達を見回すように最後の挨拶をした。その間、一度も目は合わなかった。
チャイムが鳴って、生徒たちが散り散りになっていく。阿部先生は廊下で生徒たちに声をかけられながら職員室へと戻っていった。クラスメイトの女子が「あーあ、王子様だったわぁ」と話している。「いやぁ、アイドルだったよね」「マジでそれ」そんな談笑をしながら帰宅するなり部活に向かうなり、教室の人数は減っていく。
俺は机に突っ伏して時間が過ぎ去るのを待っていると廊下から「ひーかるっ、部活行こー」と深澤に声をかけられた。適当に手のひらをふらふらと振って断ると、場の空気を読むのが上手い深澤は「はいよ。先生に伝えとくわ」と言って去っていった。
それからいくつの時間が経過したのか、教室にも廊下にもすっかり人の気配がなくなった。西日の差し込む窓辺からゆっくり身体を起こして欠伸をする。窓の外に広がる空は、梅雨とは思えないほど晴れ渡っていた。
机の横にかけていた鞄を片手に取って、俺は向かうべき場所へと向かう。そこに彼がいるかなんて分からない。なんの確証もない。ただ、心がそっちへ動いていったのだ。
あまり使うことのない三号館。科学室の前で俺は立ち止まった。息を吸って息を吐き出す。そんな単純で簡単なことが、今はとても難しく思えた。微かに震える指先で古びた扉を開ける。そこには、誰もいなかった。
俺は静かな科学室へ足を進めて、いつもの席に座る。俺はここで、向かいに阿部先生。そして俺は途方に暮れるように窓の外を眺める。いつもの光景は、もう「いつも」ではなくなってしまったという。数日前も散々泣いたはずなのに、瞳が滲んでいく。俺は鞄の中から一つの箱を取り出した。手が大げさなほどに震える。蓋を開けるとそこには一枚の紙が入っていた。それに気がついたのは、チョコをちまちまと食べてやっと完食した今日のことだった。
『思わせぶりなことをして、君を苦しめてしまってごめん。ありがとう。さようなら。照くん』
再び目にしたその文字に雫が落ちて、阿部先生のきれいで丁寧な文字が滲む。
彼によって作られた傷口が、甘く鈍く痛んだ。
◇
「そのピアス、素敵ね」
薄暗い店内。見知らぬ男にそう話しかけられた俺はそっと笑って「ありがとうございます」と言った。腰に添えるように撫でられる指先には、穢れた熱が籠もっている。それは別に悪ではなく、ここはそれが正しい奇妙な場所だ。
「エメラルド?」
「いえ、ペリドットです」
あなたが付けていた、緑色のネクタイが忘れられなかったから。
「へぇー、そこなんていうんだっけ」
「インナーコンクですね」
「軟骨でしょ? 痛くなかったの?」
#STPR#すとぷり#騎士X#AMPTAK×COLORS#めておら#すにすて
光
52
sakuragi coco🌸
1,141
#jp愛され
ゆめ
476
あなたとの痛みに比べれば、なんてことなかった。
「……ねぇ、一緒にここ出ない?」
「いいですよ。行きましょうか」
フェミニンな雰囲気のあるその男は俺の酒まで奢ってくれた。付かず離れずの距離でネオンライトに照らされた生臭い街を歩く。ふと、隣をスーツの男がすれ違って俺は無意識に目で追ってしまった。
いつまで経ってもあの日から動けない。「愛してる」も「さよなら」もいえないまま。
コメント
2件
💚💛不足でしたので連載嬉しいです…!!! ちょっとfkiw要素あんのもすきです‼️
声をかけてきたのはもしかして💚だったりしますかね、、、?それとも最後にすれ違ったのが💚、、? ちょっと切ないけどめちゃくちゃ好きです🥹ありがとうございます😭😭