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ホテルの敷地内を流れる川沿いの遊歩道には、所々に休憩ができるようにベンチが設置されている。静けさの中、聞こえるのは川の水音だけで、七香はその心地よい響きにそっとカメラを下ろして目を伏せた。
深呼吸を繰り返していくと、少しずつモヤモヤが晴れ、次第に落ち着きを取り戻していく。今更昴くんに心を乱されるなんておかしなことーーあの時にフラれたんだし、もう関係ないと思った時だった。
「何考えてるの?」
「ひゃっ!」
息が吹きかかるほどすぐ真後ろから声が聞こえ、驚いた七香はバランスを崩して倒れそうになる。それを力強い腕に抱き止められたかと思うと、誰かわからない人物の胸に引き寄せられた。
「おいおい、そんな跳ねるなんて危ないだろ」
顔を見なくても、声だけですぐにわかった。
「昴くんが急に声をかけるからでしょ。普通に話しかけてよ」
「これが俺なりの普通だけど」
「背後から近寄って、どこが普通なの。とりあえず腕を離してくれる?」
昴の腕から解放され、七香はようやく彼の顔をじっくりと眺めることが出来た。羅南も言っていたが、変わらない端正な顔立ちに感心する。
「相変わらずイケメンなのねぇ」
思ったことがそのまま口から出てしまう。すると昴が拍子抜けしたように吹き出した。
「会って早々、放った言葉がイケメンって……七香も相変わらず面白いな」
その笑顔が懐かしくて、カメラを構えた瞬間、ついシャッターを切った。すると昴は怪訝な顔で七香を見た。
「あっ、また勝手に撮ったな」
「だって五年前に許可はもらってるもの
」
「あのなぁ、五年はさすがに期限切れ。ちゃんと更新手続きしてもらわないと」
「でも……どうせ今日だけだし。一日くらい、サービスとか出来ないの? 昴くん、相変わらずケチなのね」
プイッと顔を背けると、
「お前なぁ……」
と面倒くさそうな声が聞こえてきた。
「初めて話した時もこんな感じだったよな」
「昴くんが私のことを中学生って言ったからでしょ。デリカシーなさすぎよ。あの時の昴くんと同じ歳になったけど、私は絶対にあんなこと言ったりしないもの」
「あぁ、もう二十一歳なのか。どうりで大人っぽくなったわけだ」
「えっ、大人っぽい? やだ、褒めすぎだよー」
照れたように両頬を押さえた七香は、ハッと我に返って首を傾げた。昴と対面したら、きっと緊張して話せなくなると思っていたが、不思議と普通に話せている自分に驚く。恋心のようなドキドキよりも、久しぶりに旧友にあったようなわくわくする気持ちが大きかった。
「さっき一緒にいたのは友だち?」
「そう。サークル仲間。昴くんは?」
「俺のは遊び仲間かな。帰国したのを知ったあいつらが、みんなで週末に温泉に行くから一緒に行こうって誘ってきて」
「帰国?」
「あぁ、今アメリカの大学にいってる。法医学を学ぶために大学院に留学してるんだ」
「あれっ、医者は?」
「医学部は出たよ。でも法医学にも興味があったからさ」
そう話した昴の顔が、どことなく寂しそうに見えたのは勘違いだろうかーーその時、ふとスマホの時刻を見た七香は、友人たちと温泉に行く時間が迫っていることに気づいて飛び上がった。
「あっ、そろそろ行かないと。会えてよかったよ。じゃあね」
そう言って館内に戻ろうとした途端、昴に手を掴まれてしまう。
「昴くん?」
「もう少し話したいんだけど……ダメか?」
「ダメも何も、お互い一緒に来ている人がいるわけだし……」
「そうだよな……ごめん」
しゅんと落ち込んだように肩を落とした昴を見て、七香の胸がギュッと締め付けられた。まさかそんなふうに落ち込むとは思っていなかったのだ。
昴と会うのはこれが最後かもしれない。それに対して、確かに旅行という特別な場ではあるものの、友人たちはほぼ毎日顔を合わせるメンバーだった。
それならば、最後に昴と話す時間を持ってもいいのではないか。それにまだ早紀さんのことを聞けずにいたーー七香は顔を上げると、昴の腕を掴んだ。
「食後……みんなと喋ったり遊んだりするかもしれない。その後でもいいならいいよ」
「それでいいよ。七香のタイミングで来てくれればいいから、これ、俺の部屋番号」
「えーっ、部屋で話すの? だって友だちは?」
「俺だけ後から追加で部屋を取ったから一人部屋なんだ」
彼はポケットを探り、先ほどチェックインの際に渡されたであろう部屋番号が書かれた紙を七香に手渡した。
ということは、部屋に二人きり? 七香の心に警鐘が鳴り響く。いくら相手が自分に興味がないからと言って、部屋に二人きりになってもいいのだろうか。でも良く考えてみれば、七香から襲わなければ、昴に襲われる心配はないだろう。
「……わかった。じゃあ……お酒準備して待ってて。出来ればワインがいいな」
「後で売店に買いに行くよ」
「うん、よろしく。じゃあまた後でね」
七香は手を振りながら、館内へと戻っていった。
白山小梅
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