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 心を病んでしまった人の姿とは、なんとも痛ましく見るに耐えない。私がそう思うようになったのは、2つ歳の離れた姉が心を病んでからだった。

 きっかけとなった出来事こそ知らなかったものの、高校に上がった頃から引き籠もるようになったことを考えると、きっと学校生活に馴染めなかったのだろう。


 そんな姉が引き籠もるようになってから、早いもので今年で15年。

 年月とともにその症状は悪化してゆくばかりで、最近では変な妄想にでも取り憑かれているのか、まるで誰かと会話しているかのような独り言を言っては、時折「殺される!」と喚《わめ》き散らすようになった姉。


 当然、そんな姉でも大切な家族であることに変わりはない。心配しているのは勿論のこと、どうにかしてあげたいとも思っている。けれど、正直なところ不気味さの方が勝ってしまう、というのが本音だったりもする。


 どうやらそれは父や母も同じだったようで、時折見せる疎《うと》ましそうな表情から、私は密かにそれを感じ取っていた。

 金銭的に養っているのは勿論のこと、生活全ての面倒をみなければならないのだから、その苦労を考えれば当然といえば当然。自室に籠もってくれていればまだ良かったものの、家の中では自由に動き回って奇行を繰り返す姉。そんな姿を毎日のように見せられては、精神的に参ってしまうというものだ。


 そんな事情もあってか、最近では姉の処遇について話し合っているのか、何やら両親がコソコソと密談している姿を見かけることも多くなった。きっと、病院や施設に姉を預ける相談でもしているのだろう。

 そんな二人の姿に心を痛めながらも、私は仕方のないことなのだと自分自身を納得させていた。



「──△♯◆☆……※◎★」



 隣りの部屋から漏れ聞こえる姉の声を聞きながら、私は姉の部屋へと続く壁をぼんやりと眺めた。

 今では全く話しが噛み合わなくなってしまった姉も、昔はとても明るく優しい人だった。そんな過去の思い出に浸りながら、どうしてこんな事になってしまったのかと考えてみる。けれど、そうして考えてみたところで答えなど出るわけもなく、私は小さく溜め息を吐くと瞼を閉じた。



「△◆※……殺されるっ!」



 またいつものように喚《わめ》き始めた姉の声に耳を塞ぐと、頭から布団を被った私は小さく身体を丸めた。

 姉のことを大切に思っている気持ちに嘘はないが、この状況に酷く疲弊しているのは両親ばかりではなく、私もやはり限界が近いのは同じだった。


 一体、いつになったら穏やかな日常が戻ってくるのだろうか? このままでは、私の気がおかしくなってしまうのも時間の問題だ。

 そんな事を考えながら、耳に当てた両手にグッと力を込めると、ガタガタと煩《うるさ》く鳴り響く隣りの音を遮断した。




◆◆◆




 ──翌朝。いつものようにスーツ姿へと着替えた私は、その足で1階に降りるとリビングへと続く扉を開いた。

 そこに見えてきたのは、既にきちんと用意されている4人分の朝食。湯気が立っているところを見ると、先程出来上がったばかりなのだろう。

 既にダイニングに腰掛けていた父が、手元の新聞から顔を上げると私の方を見た。



「おはよう」


「うん、おはよう」



 そんないつもと変わらない、父との短い挨拶。けれど、今朝は少し違和感を感じるのは私の気のせいなのだろうか……?

 その違和感の正体に気付く間もなく、キッチンから出てきたエプロン姿の母が、私の存在に気付くと声を掛けてきた。



「あら、おはよう。何してるの? そんなところでボーッと突っ立って」


「……あ、おはよう」


「朝ご飯出来てるから、お姉ちゃん起こしてきて」


「うん」



 言われるがままに再び2階へとやって来た私は、姉の部屋の前に着くと軽く扉をノックした。けれど、中からは何の反応も返ってこない。きっと、姉はまだ就寝中なのだろう。

 そう思った私は、ノブに手を掛けると目の前の扉を押し開いた。



「お姉ちゃん……?」



 誰もいない空っぽの部屋の中で、そんな私の声が小さく響いた。

 キョロキョロと室内を見渡してみるも、やはりこの部屋に姉は居ないようだ。入れ違いにでもなったのかと、トイレや洗面所などを確認してみる。けれど、どこを探しても見つからない姉。



「ねぇ……お姉ちゃん、いないんだけど」


「そんなわけないでしょ。もう一度よく見てきて」



 リビングにいる母にそう声を掛ければ、もう一度よく見てみろと返される。

 確かに母の言う通り、ここ15年程自宅に引き籠もっている姉が、今になって突然外出したとは考えにくい。ということは、きっと姉はこの家のどこかに居るはずなのだ。そう思って家中を探してはみるものの、どうしても見つけることのできない姉の姿。

 そうして再び姉の部屋へと戻って来た私は、誰も居ない部屋の中で呆然と立ち尽くした。



「お姉ちゃん、どこにいるの……?」



 ポツリと小さく声を零した私は、そこで初めてこの部屋の違和感に気付いた。

 改めて見てみると、きちんと綺麗に整えられたベッド。未だかつて、私は姉がベッドを整えたところなど見たことがなかった。

 その役目は、いつも母がしていること。もしかして、昨晩姉はこの部屋で寝ていないのでは──。


 途端に嫌な考えが頭をよぎり、私はゆっくりと窓へと近付いた。カチャリと鍵を開けて窓に手を掛けると、それはカラリと渇いた音を響かせた。

 私は開いた窓からゆっくりと身を乗り出すと、恐る恐る眼下を覗いてみた。



「……っ、お姉ちゃん……」



 どうやら私の嫌な予感は的中してしまったらしく、そこには冷たいコンクリートの上に横たわる姉がいた。ピクリとも動かずに血を流しているところを見ると、既に絶命しているのは明白だった。

 そんな姉の姿を見下ろしながら、私は静かに涙を流した。


 今朝は珍しく、父も母も明るい笑顔を見せていた。そんな光景を思い出すと、余計に涙が溢れてくる。

 一体、どうしてこんな結末になってしまったのだろうか。そんな複雑な想いを抱きながらも、私は開いた窓をそのままに静かに部屋を後にした。


 きっと、これが最良の選択なのだと信じて。











【解説】

私が今朝リビングで感じた違和感とは、父と母の明るい笑顔。

一見すると自殺に見える姉は、窓に鍵が掛かっていたことを考えると、両親、またはいずれかによる他殺。

そのことに気付いてしまった私は、自殺にみせるため窓を閉じることなく部屋を後にした。

「殺される!」と喚いていた姉の言葉は、果たして本当に妄想だったのだろうか……。

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