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大陸の南側には他の地方ではあまり見られない地形も存在する。この砂漠もその1つだ。
照りつける日差しに乾燥した空気。少しだけダンジョンの中で経験したこともあるが、まさか地上でも訪れることになるとは思わなかった。
《ストレージ》のおかげで物資を大量に持ち込めるから、そういう面ではあまり困ることはない。
もしこのスキルがなかったらと思うと身の毛がよだつ。
「本当に優秀だね、ミランたちは」
「せ、聖教団の人が言ってた通り、蹄鉄を変えられるように準備してきてよかったね」
私たちも砂漠に適した装備に変えてはいる。
だがそれ以上に凄まじいのはスレイプニルたちの適応力だ。この子たちは蹄鉄を履き替えただけで砂漠の上を走れるようになる。とても優秀な旅の相棒なのだ。
「うわっ!? ……今、わたしのことを振り落とそうとしましたね。まあこのくらい、何ともありませんでしたが」
「コウカ、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。……もう、マスターにまで心配を掛けさせるのはやめてくださいっていつも言っていますよね」
スレイプニルは優秀な旅の相棒であるが、コウカとエルガーからは目を逸らすこととする。
そうして移動を続け、グローリア帝国に隣接するコニーリョ王国、その国境に聳え立つ大きな要塞へと私たちは辿り着いていた。
「止まれ! この先はグローリア帝国の領土である。グローリア帝国は出入国を制限している。即刻、立ち去られよ。立ち去らない場合、敵対の意思ありと見做し、貴殿を攻撃する」
見張り台の上に立つ軍人らしき男から声を掛けられる。
物騒なことを言い出したので、私は慌てて声を張り上げた。
「待ってください! 私はユウヒ・アリアケ、ミンネ聖教団から来ました。教団の手形もここに!」
「聖教団だろうが例外はない。即刻、退去せよ」
取り合ってもくれない。
この手形が意味を為さないとなると何を話そうが無意味なのではないだろうか。
「いい加減にしてください! マスターはあなた達の王が呼び寄せた救世主です。さっさと通してください!」
困り果ててしまった私の代わりに声を出したのはコウカだ。
だが当然のように、取り合ってはくれないようだ。
「救世主……? 胡散臭い奴らめ。それに陛下が呼び寄せただと? はん、ありえんな。つくならもっとマシな嘘をつくといい」
「何っ!?」
「コウカ、落ち着いて」
コウカを宥めながら、現状を確認する。
鎖国状態だから、軍の兵士たちでも救世主の話を知らないのだろうか。
というか、わざわざ呼んだのだったら皇帝には情報共有をしておいてほしかったと言わざるを得ない。兵士の人、何も知らないじゃないか。
「……どうする?」
私の前に座っているアンヤがこちらへと首を回す。
彼女の抱いた疑問はみんなも抱いているようで、全員が私とアンヤの会話に耳を傾けているようだ。
「そうだね……このままここにいて攻撃されても堪らないし、一度聖教騎士団の駐屯所か教団の教会がある街まで戻って指示を仰ごうか」
「…………そう、わかった」
「ごめんね。折角ここまで来たのに」
「……ますたーが謝ることじゃない。悪いのは……皇帝」
アンヤが言うように悪いのは情報を共有しなかった皇帝だろう。
何かしら皇帝と連絡し合う手段があればこの問題もすぐに解決しそうなものなのに、と少し歯痒く思う。
「あの……皇帝様に連絡とかは――いえ、帰ります! 失礼しました!」
ダメ元で連絡を取って確認してくれないかなと思ったが、そんなことができるはずもない。
兵士に睨まれた私はみんなを連れてそそくさとその場を立ち去った。
◇
国境から1つ手前の街まで戻ってくる。
国境付近なだけあってこの街には多くの兵士が配置されており、街の中では軍人らしき人も数多く見かけた。
だが残念ながらこの街には教会はなく、聖教騎士団もいない。そのためこの街ではなく、元来た道をさらに戻らなくてはならない。
私たちのうちの誰もがそのことを分かってはいるのだが、どうにも足の進みは遅くなっていた。
こうなってしまっては仕方がないので、現在はスレイプニル達のためにも休息を取っているところだ。
「ほんとわけわかんないよね! ボクたちを呼んだの、そっちなんだよ!?」
「こんなの皇帝とやらの嫌がらせか、私たちが来るってことを通達することすらできないただの無能かのどちらかよ。どちらにせよ、まともな奴じゃないのは確定だけどね」
気が付けば、グローリア帝国の皇帝に対する愚痴大会が始まっていた。とはいっても、参加者は2名である。
参加しているダンゴも来る前は楽しみにしていたはずなのに、今は不満のほうが勝ってしまっているらしい。
私も今回ばかりは乾いた笑いが口から漏れ出し、彼女たちを窘める気にもなれなかった。
そしてグローリア帝国へ行くことを一番楽しみにしていたが、愚痴大会には参加していなかったシズクの様子が不意に気になったため、彼女へと視線を向ける。
「シズク、何やってるの?」
大好きな読書をするわけでもなく、黙って座り込んでいたシズクへ声を掛ける。
すると顔を上げた彼女のその青い瞳が私の顔を捉えた。
「あっ……ユウヒちゃん。あのね、どうにかしてあの国境を越えられないかなって考えてたの」
「……あそこを?」
「うん。別に手段を問わなければ、越えること自体は難しくないんだよね。でも全員で、それにバレないように通過する方法が思いつかないの。周りの地形のことを考えると、結局あの要塞の側は通らないといけないんだ。きっと何かいい方法があるはずなんだけど……」
集中しているのか、彼女の意識のほとんどはその国境越えの方法について考えるために割かれてしまっているらしい。
その影響でいつもよりも淡々とした話し方になっている。
一通り語り終えた彼女はまた考え事に没頭し始めてしまった。
「……コウカねぇが…………でも……精度が……バレて…………あたしと…………駄目……」
「私としては無理矢理通るのはちょっとなぁ……って感じなんだけど――って聞こえてないか……」
再び思考の海に沈んでいってしまったシズクに私の言葉は届いていないらしい。
たぶん肩を叩きでもすれば気が付いてくれると思うのだが、もしかしたら本当に何事もなく通過できる手段を考えつくかもしれないので、しばらくは考え事に没頭していてもらうことにした。
「みんな~風の流れが~変わりました~。今日の夜には~砂嵐が来そうですよ~」
「また? ノドカ、規模は?」
「ん~? そこそこ~大きいかも~」
ノドカが風の流れから砂嵐を察知したようでその報告をしてくれる。
この地方に来てから何度か経験があるのだが、大きな砂嵐が襲っているうちは移動しないのが無難だ。
「そっか……ありがとう。仕方ないから、砂嵐が過ぎるのを待ってから移動しよっか」
「砂嵐……それだよっ!」
「ひゃっ、シズク?」
大きな声を出しながら勢い良く立ち上がった彼女に驚き、変な声が出てしまった。
シズクが己の胸の前に両拳を持ってくる。
「思いついたのっ、みんなでグローリア帝国へ入る方法!」
非常に興奮しているのか、私の顔と突き合いそうになるくらいには彼女の顔が近寄ってきている。
「へぇ、いいじゃない。それであのムカつく国に一泡吹かせてあげましょう」
「さっすが、シズク姉様! それでどうやるの!?」
さっきは期待を裏切られた分、これから相手の鼻を明かそうというシズクの提案に対する2人からの関心は非常に高い。
私もその方法とやらは非常に気になるので、シズクの話を集中して聞く態勢に入った。
そんな私やヒバナたちを見たからか、シズクも心なしかいつもよりも胸を張っているように見える。
彼女は胸の前に持ってきていた右手の人差し指をまっすぐ立て、説明を始めた。
「まず、この作戦の軸になるのはコウカねぇだよ」
「えぇ……いきなり不安になってきたわ」
ヒバナが表情を歪め、胡乱な目をシズクへと向ける。
そんな彼女の仕草にシズクは肩を竦め、クスッと笑う。
「……ん?」
当のコウカはその会話の様子から何かを感じ取ったのか、説明を聞きながら首を傾げている様子だ。
「コウカねぇにはね、光魔法であたしたちの姿を隠してほしいんだ」
「いや、コウカねぇにそんな器用なことができるわけないでしょ」
シズクの言葉にヒバナが即座にツッコミを入れる。
首を傾げていたコウカがガタっと体を揺らして、驚愕の声を上げた。
「ど、どういうことで――」
「うん。もともと一番ネックに思っていたのはそこだったし、あたしもそれは十分に理解しているよ。だから、砂嵐とあたしたちのサポートでへっぽこなコウカねぇの技術を何とか形になるように誤魔化すの」
「まあ……それならコウカねぇがいくらヘマして粗が出ようが平気、か……」
「ひ、ひどくないですか……」
2人のあまりの言い草に多大なダメージを受けたコウカにはノドカが寄り添っている。
コウカのフォローは彼女に任せて、私は私で気になったことを疑問としてぶつけてみよう。
「ねぇ、さっき当たり前のように光魔法で姿を消すって言ってたけど、そんなことができるものなの?」
「あ、うん。少し技術が必要だけど、光魔法と……あと空間魔法なら空間ごと光を歪ませることで自分たちの姿を完全に見えなくできるんだって」
そう言って彼女は事前に用意でもしていたのか、各属性魔法の性質について書かれているであろう本を己の顔の前へ控えめに掲げてくれた。
その本は私もかつてシズクから借りて読んだことのある本だった。
――そういえば、そんなことも書いてあったかもしれない。
それにしても光属性と風属性の派生である空間属性か。
残念ながらノドカは空間属性の適性がそれほど高くないことが分かっているので、姿を消そうと思えば消去法でコウカの光魔法に頼ることになる。
コウカも進化によって雷属性の適性が大きく伸びた反面、光属性の適性自体は少々下がってしまったのだが、只でさえ難しい空間魔法の制御をするよりも光魔法でどうにかするほうが成功率は高くなるとシズクは考えたのだろう。
「それでそれで、続きはっ?」
私の質問が終わるや否や、前のめりになって説明を聞いていたダンゴがシズクへ話を続けるように催促する。
「えっと……サポートだったね。あたしの水、ひーちゃんの火……というか熱。の、ノドカちゃんも空間魔法の適性はあるよね?」
「ん~ありますけど~やったことは~ないですよ~?」
「少し光を曲げたりするだけだから多分平気だよ」
「う~ん……よく分からないけど~分かりました~」
シズクが少し離れた場所でコウカと共にいるノドカへ声を掛けると、そんな気の抜けるような返事が返ってくる。
「あと、砂嵐から結界であたしたちを守ってね」
「わぁ~今のは~すごく~分かりやすかった~。がんばります~!」
理解ができる内容だったからか、パッと笑顔が咲いたノドカに対して満足げに頷いたシズクが今度は私の方を見た。
「ユウヒちゃんはコウカねぇに集中して調和の魔力を使っていてね」
「はーい、了解です」
今回の作戦のメインがコウカだというのなら、そうなるだろうなと考えていたことなので異論はない。
許可を得ずに国境を越えるのは嫌だった私だが、みんな揃ってやりたいと考えているようなので既に意識は切り替えていた。
「ねえねえ、ボクはどうすればいいの? 見てるだけは嫌だよ?」
「……アンヤも」
未だ役割が明かされていない末っ子組が不満そうな雰囲気を醸し出す。
彼女たちの役割は何かあるのだろうかと私も少し考えてみる。
だがシズクには既に何か考えがあるらしく、すぐに「大丈夫だよ」と返答して微笑んでいた。
「2人にもやってもらいたいことがちゃんとあるよ。まずはダンゴちゃん。ダンゴちゃんには足跡を消してほしいの」
「えっ、足跡?」
「うん。夜、それに砂嵐のおかげで見えづらいし、時間が経てば消えるだろうけど少しでもリスクは抑えたいんだ。そしてこれは地属性のダンゴちゃんが適任だよ」
「ボクが……うん、任せてよ!」
たしかに自分たちの姿を隠すことができたとしても足跡は残る。
砂嵐の影響ですぐに消えるにしても、少しでも早く消していけば見つかるリスクはそれだけ下がるはずだ。
「次はアンヤちゃんだよ。アンヤちゃんには影で見張りの注意を引いてほしいの。あたしたちが近くを通っても気付かないように。でも、影の位置は要塞から遠すぎても近すぎてもダメ。相手がちゃんと発見して警戒するけど、攻撃はできないくらいの距離を保って。できるかな?」
「……大丈夫。できる……アンヤなら」
少し屈んで目線を合わせてきたシズクに向かってアンヤが僅かに頷く。控えめな所作とは対照的に力強い言葉だった。
要は囮か陽動だ。見張りの注意が他の場所に集中してくれれば、それだけ私たちも行動しやすくなる。
「今夜の砂嵐に紛れて移動したいけど……ユウヒちゃん?」
「……ん?」
もはや私を含めたみんなを完全に仕切ってしまっているシズクに感心していると、いきなりシズクから会話のボールが飛んできた。
軽く動揺しているとヒバナが補足を入れてくれる。
「決定権はあなたに委ねるってこと。どうするかを決めて、まとめ上げるのが今回のあなたが担う一番の役割よ」
つまりシズクはあんなに色々と考えてくれていたのに、最後は私に委ねてくれるということか。
本人としてはグローリア帝国へ早く行きたいだろうに、それを我慢してまで私の決定を信じてくれている。嬉しくないはずがなかった。
でも、嬉しさと共に私には大きな責任がのしかかってくる。決定権を委ねられるということはその決定に伴う責任も私が取ることになるのだ。
だがそれも彼女にはお見通しだったらしい。
「そんなに難しく考える必要はないわ。みんなが納得して任せているんだから、気楽に決めちゃってよ。それで失敗しても別にあなただけのせいにするつもりはないし、その時はまた7人で考えればいいでしょ」
――ずるいな、ヒバナは。そんなピンポイントで私の欲しかった言葉を言ってくれるなんて。
彼女の言葉を聞いた瞬間にどうするのか決まった。
プレッシャーはもう私の中にはない。あるのはみんなが信じて寄り添ってくれていることへの高揚感と安心感だけだ。
「……ミラン達のケア、それとグローリア帝国内ではどこで休めるかも分からないから、今のうちに私たちも十分に休息を取っておかないとね」
「ユウヒちゃん……それって……!」
「作戦決行は今夜の砂嵐発生と同時……だよね?」
「う、うん!」
本当はミンネ聖教団に報告してから行動するべきなのだろうが、みんなで力を合わせるのだ。失敗なんて恐れる必要はない。
「やってみよう。それで皇帝と会って、無理矢理引き摺ってでも聖教国に連れて行くよ」
◇
夜の帳が降りる中、灯を灯すこともなく、要塞の見張りに見つからない位置でジッとその時を待つ。
観測し続けているノドカによると砂嵐の到達する時間に狂いはないらしい。
――そして、ついにその時はやってきた。
「見えた……砂嵐だ」
暗い空の向こう側に巨大な砂塵が見える。
既に先程まで私たちが休んでいた街はあの嵐に呑まれていることだろう。
「コウカねぇ、制御に気を付けてよ」
「分かってます……」
「少し光が漏れるようなヘマをしただけでもバレるんだから、本当に頼むわよ」
「もう、分かってます! わたしだって集中しているんですよ!」
やるべきことはシズクが叩き込んでいたので、大丈夫だとは思うが緊張に呑まれてしまわないか少し心配だ。
慌てふためくコウカというのは中々想像できないとはいえ、こんなにガチガチに緊張しているコウカを見るのも初めてなのだ。
「……失敗したら、ヒバナのせいです。考えなくてもいいようなことを考えてしまったのでっ!」
不安を煽るようなヒバナの物言いに対して、拗ねるように唇を突き出しているコウカがそう言い捨てた。
だがヒバナはそれに正面から取り合うことはなかった。
「何も不安がることはないわ。多少の失敗なんて、シズは織り込み済なのよ。そのために私とシズ、ユウヒ、ノドカの4人体制での手厚いサポートがあるんだから」
「……それはそれで複雑な気持ちです」
言葉通り、コウカが微妙な表情を浮かべる。
大方、安心していいのか、失敗すると思われていることに不服を申し立てるべきなのか悩んでいるのだろう。
そんな彼女が可愛く見えたので、私は頭を撫でてやることにした。
「気休めにしかならないかもだけど、コウカなら上手くやれるよ」
「マスター……はい!」
頭に手を乗せた瞬間、彼女はキョトンとしたかと思えばすぐにその表情は一転して、はにかんだ。
「えへへ……」
不意打ちだった。
最近は気を張っていることが多いコウカの無防備な笑顔は本当に久しぶりだったので、衝撃を受けた私の手がつい止まってしまう。
「あっ……」
それであまりに残念そうな顔をするものだから、私は再び彼女の頭を撫で始めた。
それだけで緩む表情が何とも愛らしい。
「――っ! げほっ、げほっ!」
「えっ、ヒバナ姉様、大丈夫? 顔が真っ赤だよ?」
「げほ……なんでも……ないわよ……ほんとに」
思わず咳き込んでいたヒバナを横目で見遣る。顔が真っ赤な彼女はダンゴに背中を摩られているようだ。
この子たちのことなので風邪ではないだろうが、いったい何があったというのだろうか。
――空気が乾燥しているからとかなのかな。
未だに顔が赤いヒバナをシズクが何故か呆れたような目で見つめているのは気になるが。
「あのぉ~……もうすぐ~砂嵐が~来ちゃいますよ~?」
「……準備」
アンヤと彼女の肩に手を乗せながら自分の体を浮かせているノドカが伺うように話しかけてくる。
いつの間にか随分と時間が経ってしまっていたようだ。
「ダンゴ、もういいわ……ありがと。ほら、ユウヒもコウカねぇもいつまでそうしてるつもり? さっさと準備してよね」
そう言い捨てて、自らの馬であるロスに乗り込んだヒバナだったが、未だに頬と耳に差した朱は残されたままだった。
「大丈夫かなぁ、ヒバナ姉様」
「大丈夫ですよ~。ほら~ダンゴちゃんも~乗って~?」
ヘルムートにふわりと飛び乗ったノドカが地上にいるダンゴへと手を差し出す。
少しだけ心配そうにヒバナを見ていたダンゴもすぐに表情を切り替えると、ノドカの手を取っていた。
シズクもヒバナの前に陣取っているし、アンヤだって先にミランの上によじ登って私たちを待ってくれていた。
私も準備をするためにコウカの頭から手を除ける。
今度は彼女から残念そうな声が漏れることはなかった。
「ありがとうございます、マスター。何だかすごく心がスッキリしました。だから、見ていてください。ちゃんとやり遂げてみせます」
暗闇の中、自信が溢れ出している金の双眼が私の目をジッと見つめている。
「……うん! 任せたよ、コウカ」
そうして、作戦は決行された。
「うぅ~……嵐からは~守れるけど~……周りの状況は~あんまり見えません~」
「紛れるのが目的だから、それでいいんだよ。探索魔法が機能しないのはちょっと痛いけど」
砂塵が吹き荒れる中にいるというのに、私たちに砂が襲い掛かってくることはない。
それはノドカが風の膜を作り出して私たちを守ってくれているからだった。
しかし砂嵐から守られているとは言っても、今が夜なこともあって膜のすぐ外側の視界は非常に悪い。
加えてノドカの風による索敵も砂嵐に邪魔されてほとんど機能していなかった。
「方角は大丈夫かな?」
「……合ってる」
アンヤが手の中にあるコンパスをジッと見つめながら端的に答える。
今はこのコンパスだけが正確に行くべき場所を示す道標だった。
「そ、そろそろお願いするね。コウカねぇ」
「ふぅ……分かりました。今日ばかりは大人しくしていてくださいね、エルガー。【インビジブル・ヴィジョン】!」
瞬間、私たちの姿が消える――わけではない。
だが上手くいっていれば、外からは私たちがいない砂漠の風景だけが映し出されているはずである。
コウカの魔法行使に合わせて、私も調和の魔力を彼女の魔力へと集中させた。
「少しだけ乱れてる……ひーちゃん、あたしたちで補助するよ。ノドカちゃんも余裕があったら手伝ってくれると嬉しいな」
集中して黙り込んでいるコウカだが、私たちを覆い隠すように魔法を行使し続けるのは難しいようで、少々粗が出てきてしまっているみたいだ。
それを感覚で感じ取ったシズクがヒバナ、ノドカと共にサポートしてくれる。
――そんな時だ。急に視界の端に光る何かが映った。
「……ッ! 光……?」
「よ、要塞に設置されている光を照射する魔導具だと思う……! 昼間に見たときに壁の上に何か備え付けられてあったから」
少し興奮した様子のシズクが語る。
いわゆるサーチライトというものだろうか。
要塞に備え付けられていたというそれが光を照射しているため、要塞のある方角からは砂塵越しにぼやけた光の筋が幾つも見えていた。
今日のように砂嵐でなければ、あのサーチライトはたとえ夜であっても遙か遠くまで照らし出すことができるものなのだろう。
あれほどの魔導具が設置されているという事実は、グローリア帝国が持つ魔導具に関する技術レベルが本当に高いということの証明になっている。
「アンヤは大丈夫?」
見張りの注意を引き付ける役割を担っているアンヤは既に囮役の影を放っている。
あれくらいの光量でも距離さえ保っていれば影魔法が打ち消されることはないだろうが、完全に影響がないわけではないはずなのだ。
「……大丈夫。少し、動かす」
人やら魔物やらのグループを少数ずつに分けて動かしているようで、今はサーチライトの有効範囲のギリギリを探っているところだそうだ。
「ねぇねぇ、これっていつまでやればいいの?」
「え? あー……グローリア帝国に入ってしばらくするまでかなぁ?」
「えー! つまんないし、ボクもう飽きちゃったんだけど!」
「ダンゴちゃん~ほら~もう少しだけ~わたくしと一緒に~頑張りましょう~。終わったら~ゆっくりと~……すぅ……すぅ……」
地魔法でスレイプニル達の足跡を消していくというすごく地味な作業をしてくれているダンゴだが、そのあまりの地味さに飽きが来てしまったらしい。
そんな彼女の前を進んでいたヒバナが振り返った。
「ダンゴ。ちゃんと最後までやってくれたら、ご褒美に明日はあなたの好きな物を作ってあげるわよ」
「ホント、ヒバナ姉様!? よーっし、ボク頑張るよ!」
――ちょろい。
というか食べ物で釣るあたり、ヒバナもダンゴの乗せ方が上手いな。
「……アンヤも、飽きた」
さっきまで全くそんな素振りを見せなかったアンヤが急にそんなことを呟いた。
……この子、そう言えば自分もきっと何か作ってもらえると思ってやっている。なんて賢い子なんだ。
アンヤの場合、目的は十中八九甘い物だろうが。
「仕方ないわね。手の込んだものは無理だけど、あなたの好きなデザートを用意してあげるから、アンヤも頑張んなさい」
「……ありがとう」
それに釣られるあたり、ヒバナも相当甘い。
「ひーちゃん、あたしはゼリーが食べたい」
「はいはい。でも、さすがに明日は無理よ」
そしてアンヤ以上に欲望に忠実な子がいた。もはや交換条件でも何でもない。
そんなシズクのストレートな要求はすぐに受け入れられるが、みんなとは違って明日には無理だと宣言されてしまい、シズクがショックを受けている。
こんな感じで緊張感も何もない私たちだったが、特にトラブルも起こらずに要塞の横を通り抜け、グローリア帝国との国境線を無事に跨ぐことができたのであった。