テラーノベル
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帰宅時、阿部はエレベーターでカップルと一緒になった。
二人は終始手を繋いで、にこにこと幸せそうだった。阿部が同じ空間にいることなど気にもせず、身を寄せ合っている。女性のほうが、耳打ちするようにちょっと背伸びをして顔を近づける。男性がそれに合わせて少し屈むと、女性はその頬に口づけた。「何だよ」と男性は照れ笑いをし、女性の肩を抱く。二人は笑いながらエレベーターを降りていった。
阿部は少しホッとして、最上階でエレベーターを降りた。
「ただいまー」
玄関先で靴を脱いでリビングへ声をかける。
「おかえり」
リビングに入ると、岩本が穏やかに返した。
阿部は荷物を置くと、岩本が座るソファの隣に座る。
「お疲れ様。なんか飲む?淹れるよ」
背もたれに身体を預けると、岩本が言って席を立った。
「ありがと。こないだ貰ったミントのお茶飲みたい」
キッチンに向かってリクエストすると、『了解』と返ってくる。それから程なくして、カップを二つ持って、岩本が戻ってきた。
カップを受け取ると、清涼感のある香りが鼻腔をくすぐる。
一口飲んで、阿部は深く息を吐いた。
ようやくひと心地ついた気がする。
「そういえば、聞いてよ」
彼は先ほどのエレベーターを思い出し、切り出した。
「なんかあった?」
「エレベーターに一緒に乗ったカップルが、ずーっとイチャついてんの。俺いるのに」
本当に気まずくて、目のやり場に困った。
「ちゅーしだすしさ。勘弁してほしかった!」
呆れたように阿部が言うと、岩本は楽しそうに笑った。
「俺も乗ってたら、同じことやり返したのに」
「対抗してどうする」
阿部は笑ったが、ふと虚しさを覚えた。
岩本はそういうが、実際は人前では手もつなげない。
『普通』の恋人たちを目の当たりにすると、胸の奥がチクチクするのだった。
阿部はカップに目を落とす。急に黙った彼に、岩本は不思議そうに首を傾げた。
「阿部?」
「…あのさ」
時折胸に浮かんでは、そのたびに打ち消してきたこと。阿部はそれを、意を決して聞いてみることにした。顔を上げて岩本を見ると、彼の静かな瞳と目が合った。
「ひかるは、俺が女の子なら良かったって思うこと、ある?」
——沈黙。
岩本は一瞬、ポカンとして、それからすぐ神妙な面持ちになった。
「ないよ」
そして、低い声で穏やかに返した。阿部はまだ納得していないような顔をする。
「でもさ、付き合ってるのが女の子なら、さっきのカップルみたいに、堂々としていられるんだよ?」
「別に見せつけるのが正解でもないでしょ」
岩本は苦笑して、宥めるように言う。阿部は軽く唇を噛んだ。
「でも俺が男だから、結婚も出来ないし、子供も作れない。ひかるは…そういう『普通の幸せ』が手に入らないんだよ?」
堰を切ったように捲し立てる。ずっと心の奥に燻らせていたものが、一気に溢れ出した。
「俺と…付き合ってるから…」
このままでいいのか。
岩本の人生の枷になっているんじゃないか。
ふとした時に思うのだ。
もう区切りをつけたほうがいいんじゃないか、と。
「でも、それは阿部も同じでしょ。俺と付き合ってたら、阿部だって『普通の幸せ』はないじゃん。俺を阿部の被害者みたいに言うのは違う」
岩本は真剣な目をして言った。そして阿部の手からカップを受け取ってテーブルに置くと、その両手をそっと握った。
「阿部、聞いて」
淡く微笑んで、彼は優しい声音で切り出した。
「俺は阿部が好きだ」
きっぱりと言い切った。
「何年も前から好きだった。今だって好きだ。好きだから一緒にいたいし、手を握りたいし、キスしたいし、セックスがしたい。全部、自分の意思。情に流されてるわけじゃない」
泣き出しそうな顔をして、阿部は岩本を見ていた。それでも決して、目を逸らそうとはしない。じっと次の言葉を待っていた。
「確かに、俺たちは世間でいう『普通』は手に入らないかもしれない。でもさ、俺は幸せだよ。好きな人と気持ちが同じで、通じ合って。一緒にいられて。これから先だって、きっと俺は同じように幸せだと思うよ」
阿部は既に泣いていた。顔を歪めて、静かに涙を流していた。岩本はそんな阿部を抱きしめた。
「阿部は?幸せって思ってくれてる?」
背中をさすりながら尋ねる。阿部は強く、岩本を抱き返した。
「っ、幸せ、だよ…っ」
嗚咽混じりに伝える。
M_Yuzu
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「なら、それでいいじゃん」
鼻先を突き合わせて、岩本は笑った。
「阿部は幸せ、俺も幸せ。何も問題ないでしょ」
「でも…」
「まだなんかある?」
「後悔、しない…?」
阿部は消え入りそうな声で聞いた。岩本は今、幸せだと言ってくれるが、周りが結婚したり、子供が生まれたりするようになった時、自分と付き合ったことを後悔するのではないか。彼の人生の汚点になるのではないか。
そして、最終的には女性を選ぶのではないか。
それが怖かった。
「ひかるの人生に俺が邪魔になるくらいなら、もう——」
終わりにした方がいい、そう言いかけた阿部の口を、岩本の唇が塞いだ。
唇を合わせるだけの長いキスの後、岩本はそっと阿部の目の端の涙を指で拭う。
「………俺の人生には、阿部が必要」
静かに、少し緊張した面持ちで、彼は切り出した。
「阿部がいないこれからなんて、考えられない」
阿部の手を握り直す。
「俺は、阿部が言う『普通の幸せ』にこだわりはないよ。俺にとっては、阿部が隣にいることが幸せだから。『普通の幸せ』を手に入れるためにお前を手放すなんてできない」
一度息を吐いて阿部を見る。阿部は涙に濡れた瞳で、岩本を見つめていた。
「不安にならなくていい。怖がらなくてもいい。俺がちゃんと愛していくから。…だから、だからさ、阿部のこれから先の人生、全部俺に預けて」
岩本は一息に言った。少し強張った表情で阿部を見ると、阿部は驚いたような顔をしていた。
「え、それって…?」
上擦った声で聞き返す。岩本は赤面し、気まずそうにそっぽを向き、髪をかき上げた。
「いや、だから…今のは、その…プロポーズのつもりで言ったの!」
言わせんなよ、と呟く。阿部は目をまんまるくして固まっていた。岩本はちらりと視線を上げて阿部を見る。
「返事は」
ぶっきらぼうに促す。阿部は言われて我に返った。
「…預けていいの?俺のこの先、全部」
じわじわと胸が熱くなる。
「いいよ。その代わり、俺の人生は阿部に預けるから」
岩本が言って笑う。
「預かっててよ、死ぬまで」
「…うん…、うん、責任もって、預かるよ。ひかるの人生、残り全部」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、阿部は言った。岩本の覚悟を見せられ、阿部の心も決まった。
不安が全て消えるわけじゃない。それでも、岩本を信じれば大丈夫だと思えてきた。
「…ほら、鼻かみな」
唐突に岩本が苦笑して、箱ティッシュを押し付けてきた。阿部は涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を自覚し、赤面する。言われるまま、高い音を立てて鼻をかみ、恥ずかしそうに笑った。
「……プロポーズするなんて、思わなかった」
「俺だって、今日言うつもりじゃなかったよ。でも、お前が変なこと言うから…」
岩本は、少し照れくさそうに視線を泳がせながらも、握る手にキュッと力を込めた。
「後悔なんてさせないから。俺といて良かったって、何年経っても思わせるから」
その力強い言葉に、阿部は深く頷いた。胸の奥にずっと巣食っていた冷たい不安が、岩本の熱に溶かされて消えていくのが分かる。
「うん。……これからもよろしくね、ひかる」
「こちらこそ」
ふたりは顔を見合わせて、小さく笑い合った。
「…いい?覚悟して。俺、一生離さないからね」
岩本は阿部を抱きすくめ、耳元で囁いた。
一生、という言葉に、阿部は幸せそうに目を閉じる。
「俺も離れる気ないから」
自分にも言い聞かせるように宣言した。
この先また不安になっても、もうきっと大丈夫だと阿部は思った。
「ありがとう。ひかる」
色々な想いを込めて、心から言う。
「幸せだよ」
この世で一番幸せなのは自分だろう。
それほどに満たされた気持ちで、阿部は岩本の胸に顔を埋めた。
『普通』じゃなくてもいい。
背に回された手の温かさがあれば、それで十分だった。
コメント
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まじ、祝福㊗️。 一生2人で幸せに過ごしていただきたい。
わーーーもう結婚式しろ!!!🥹💛💚