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「えっ? ああ、本当ですね。吾妻建設企画部の堀口ミノル課長です」
20代らしき若い男性社員と女性社員。
隣には50代らしき男性社員。
最後に30代半ばの堀口ミノルが硬い表情で立っていた。
社員の誰も、これから何が起こるのかわかっていないようだった。
ただ副会長という権力によって、彼らは盲目的にステージに立っている。
「なぜ堀口さんがあそこに? もしかすると、これから表彰式がはじまるのかもしれないな」
「そうなれば喜ばしいことですね!」
魚井玲奈の明るい口調は本心からのものだった。
妻と娘を交通事故で亡くしたことを知った勇信もまた、堀口に肩入れする気持ちが芽生えていた。
堀口ミノルと会ったのは、ただ兄勇太の詳しい状況が聞きたかったからだ。
しかし家族を亡くしたとの情報を聞いてからは、彼がひとりの人格として勇信の中に陣取った。
「一度会っただけだが彼は非常に有能な男だと感じた。誠実であり努力家。そんな印象だった」
ポジティブマンは画面に映る堀口ミノルを見つめた。
「昨日急な連絡をしたにもかかわらず、お集まりいただき感謝します」
勇太の言葉に、4人全員が視線を下げてうなずいた。
「親愛なるスタッフの皆さん。ここに立つ4名は、先ほどお話したグループの変革にとって重要な役割を果たした方たちです」
勇太がステージ中央から4人のほうへと近づいていく。
「まずは吾妻バイオ所属の金原英男さん。一歩前に出てきてください」
「……はい」
「金原さんは、入社して以来3年間で100件以上の健康関連モバイルアプリの企画書を提出したと聞きました。計算したところ、ほぼ毎週企画書を提出していることになります。
金原さん、どうしてこれほどまでに多くの企画書を作られたのですか」
「あ、ああ……それはですね」
吾妻勇太の鋭い視線を正面に受け、新入社員の顔は硬直している。
「そう固くならずに、思うままに話してください」
「あ、はい……わかりました。企画書の提出はそれほど難しいことではありません。現在の世界は、ほとんど川が流れるように情報が氾濫しています。その中で長く生き残れる商品を生み出すには、数の戦いだと思ったからです。
なぜなら商品というものは人の目に触れてこそはじめて存在し得るものであり、存在しない商品が売れることはありませんので。だから私は思いつく限りのアイデアをすべて企画概要として上司に提出しただけです」
「そうした企画書のひとつが、徐々に人気を集めていると聞きました」
「あ、はい。ダイエットアプリのひとつです。現在の体重と目標体重を記載することで、データベースから1ヶ月の食事メニューを提案するものです。
ユーザーが食べられない食材やアレルギーなどを詳細に指定でき、もし食べ過ぎた日にはアプリがユーザーを過激な言葉で罵るといったお楽しみ要素もあります」
「なかなか興味深いものですね。アプリの内容もそうですが、何より商品化されたプロセスに私は興味をもちました。企画書を提出した金原さんの情熱と、企画を熟読し、立ち上げまで承認した上長や開発チームの努力もすばらしい。
情熱は決して裏切りません。皆さんの努力がいずれ結果となり、吾妻グループ全体により高いレベルの幸福をもたらすことになるのです」
「ありがとうございます」
評価を受けた新入社員は顔を真っ赤にし、勇太に頭を下げた。
「親愛なる社員の皆さん。私が今何について話しているかお察しいただけたでしょうか」
勇太はカメラを正面にとらえた。
「私は売上高について話しているのではありません。金原さんの絶え間ない情熱と努力を評価しているのです。人間というのは本来、放っておくとすぐに怠ける生き物です。反対に人間というのは、絶え間ない努力ができる唯一の生き物でもあります。
自己実現という目標があれば、人は努力をするのです。そして私はグループのトップとして、皆さんの努力と怠惰をちゃんと見つけてやらなければならないということです。努力をちゃんと受けとめ、怠惰や不正の芽を根絶やしにしなければならないのです」
勇太は次に待つ社員たちの前に立った。
「では隣の方々を紹介します。このおふたりも金原さんと同じように――」
新入社員に続いて、2人の社員の紹介をはじまった。
若い女性社員はソーシャルメディアを通じて自社の化粧品を紹介し、徐々にインフルエンサーとして有名になりはじめたと説明した。
またもうひとりの中年社員は吾妻グループが所有する球団の応援団を長く務め、すでに野球ファンの間では名の知れた名物おじさんになっていると言った。
「私は彼らがグループにもたらす実利を論じているのではありません。彼らの情熱と個性が、今後グループを推し進める原動力になることを説いているのです」
勇太はふたりの社員と強く握手をした。
「完全なる能力主義……といえば、いささか息が詰まるでしょう。だから私は異なる言葉で表現した。『パッショニズム』、我々吾妻グループがこれから持つべき基本姿勢。それがパッショニズムです。これを積極的に採択・実施することで、我々グループの未来が明るく照らされると私は確信しています」
勇太は紹介を終えた3人の社員たちに向け何かをつぶやいた。
「ここにいる3名の方々に特別ボーナスを支給します。私は常に積極的であり情熱に溢れた人材を登用したく思っています。さあ、全社員の皆さんの情熱を私に見せてください」
3人の社員たちが深く頭を下げステージを降りた。
次に勇太はゆっくりと画面端に向かって歩いていく。
カメラが移動しながら、堀口ミノルを映し出した。
勇太を正面にした堀口ミノルはただ不安そうな表情で立っている。
「堀口ミノル、静岡県しそね町のビスタ企画課長」
「……はい」
堀口ミノルは頭を下げた。
「あなたはとんでもないことをやってくれましたね」
堀口を見つめる勇太の表情は、かつてないほど鋭く、またその瞳には冷酷な光が宿っていた。