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Side優羽
彪斗くんと雪矢さん…。
いつも仲が悪いふたりに囲まれ、今わたしのまわりの空気は、ピリリと、冷たく凍りついていた…。
わたしも、寧音ちゃんの迎えの車に乗って、帰ればよかった…。
「ね、優羽ちゃん。この後行きたいところがあるんだけど、一緒に行かない?」
そんな気まずい沈黙を最初に破ったのは、敵意むきだしの彪斗くんとは対称的な、落ち着きはらった雪矢さんだった。
「…お店、ですか?」
「そ。美味しいデザートが自慢のカフェ。しかもイチゴパフェが一番人気なんだ。イチゴ好きだったでしょ」
「わぁ、行ってみたいです。彪斗くん、行こうよ」
「いや、彪斗はいかないよ。行くのは二人。俺と優羽ちゃん」
「え…」
…と、雪矢さんの手が伸びてきて、わたしの頬を包んだ…。
綺麗な顔がすぐそばまで近づいてきて、甘い声で囁く…。
「彪斗なんて数に入ってないよ。カップル限定のカフェで、ふたりきりじゃないと入れないんだから…」
「で、でも…彪斗くんが…」
「なかなか予約がとれない人気店なんだよ?たまたま店長が松川さんと親しかったから、無理を言ってとれたのに、彪斗のためにキャンセルしたら、松川さんに悪いでしょ?」
「予約、だと?」
わたしの隣で、彪斗くんが凄みのある声を出した。
「こら、優羽」
急にぐいっと腰を抱き寄せられて、わたしは雪矢さんから引き離された。
彪斗くんが後ろからわたしの腰に手を回して、ぎゅっと抱きしめてきた…。
それだけでびっくりするのに、その手が、無遠慮にわたしのお腹をなでた…!
「おまえ、お腹パンパンじゃねぇか。昼飯食いすぎ」
「やぁああ…!!さわんないでよっ…!」
恥ずかしくて暴れてしまうわたし。
でも、黙らせるようにさらに強く抱きしめられると、耳元で囁かれた。
「パフェなんか食って、太っちゃったら困るだろ。…ま、ちょっとくらい太っても、よけい美味しそうに見えるだけだけどな」
「……」
「だから、これから歩いて動物園いくぞ。おまえ、動物好きだったろ」
そして、彪斗くんは急にこわい声になって続けた。
「雪矢。この腹黒野郎。優羽は五人で遊びたいって言ったんだぞ。予約入れてた、ってことは優羽とふたりっきりになるよう目論んでたってことじゃねぇか。たまたま洸と寧音が帰っちまったが、五人で残っていたとしても優羽を連れて行くつもりだったんだろ。優羽の気持ちを無視しやがって。おまえこそ、サイアクな身勝手野郎だよな」
雪矢さんは微笑んだままなにも返さなかった。
「でも予約しちゃったのは事実なんだよ?せっかく松川さんが無理を叶えてくれたのに、キャンセルしたら、松川さんに悪いでしょ?」
松川さんが…。
わたしたちの面倒を細やかにみてくださっている松川さん。
ずっと年上だけど、やさしく見守ってくれるところがお父さんに似ていて…わたしは大好きだった。
松川さんに迷惑は、かけたくないな…。
でも。
そう思っていても、どうしてか私の心はもやもやする…。
一緒に水を掛け合って、はしゃぎ合った彪斗くん。
ガキか、って雪矢さんには言われたけど、でも子供に戻ったみたいで楽しかった。
すごく楽しかったの…彪斗くんといて。
だから、もうちょっと、彪斗くんといたいよ…。
けど、彪斗くんは腕を緩めると、わたしの腰から手を離した。
「雪矢と行ってこい」
「え…」
「雪矢の言う通りだ。松川さんに迷惑かけられない」
「で、でも、彪斗くんが」
「俺はいいよ」
見上げると、彪斗くんは穏やかに目を細めた。
「松川さんにはいつも世話になってんだ。俺だって松川さんに迷惑かけたくない。雪矢とデート、してこいよ。…その代わり、帰ったら俺ともデートしろよ」
「彪斗くん…」
「だって。優羽ちゃん。よかったね、これからの時間は君を解放してあげるって。おいで、美味しいパフェをご馳走してあげるよ」
と、わたしの手をつかんで、雪矢さんは店から出て行こうとする。
彪斗くんはそっけなく下を向いて、なんてことない、って態度をとっている。
けど、わたしは見つける。眉間にしわが寄っているのを。
最近分かったことがあるんだけど。
彪斗くんそんな表情を浮かべている時って、本当はすごくつらいって思ってるのを、我慢している時なんだよね…。
わたしも、彪斗くんといたいよ…。
引き摺られるように、雪矢さんと店を出ていこうとしたその時だった。
「…きみ、一瀬雪矢くんだね!?」
ちょうど店に入ってきたスーツを着た中年の男の人が、雪矢さんを見るなりにじり寄ってきた。
一瀬雪矢と聞いて、店内の他のお客さんも振り返る。
「…え、いや俺は」
「いや、わたしは誤魔化されませんよ!」
とすごい勢いで叫ぶなり、おじさんは雪矢さんがかぶっていた帽子を取ってしまった。
「やっぱりそうだ!。たすかったー!地獄に仏とはこのことだ。実は私、そこのイベント会場で販促イベントをしている者でして―――」
と名乗ると、知り合いだったらしく、雪矢さんも愛想笑いを浮かべた。
「実は困ったことに、ぜんぜんお客さんが集まっていなくてねぇ…。いや企画が悪かったんでしょうけど。セクシー系アイドルなのに、こんな家族連れしか来ないようなところでやるなんて。名プロデューサーでもある一瀬さんならありえないでしょ?」
「はぁ」
「そこで一生のお願いなんだが…ここで会ったのも縁ってことで、ちょっとステージに出てくれないかなぁ?君なら家族連れだろうがなんだろうがすぐにお客が集まってくるから。もちろん前座とは言わない!君のオンステージの後にうちの子たちを出すような形でいいからさ…!」
「いや、しかし…俺は今…。困ったな…。どうして俺ってわかったんだ…?」
困り切った雪矢さんのぼやきに、おじさんは手を合わせたまま答えた。