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第2話:光の羽根と沈黙の返事
都市樹の西側、風を溜める層枝(そうし)のあいだから、朝の光が斜めに差し込んでいた。
その上を、2羽の影がゆるやかに滑る。
ひとりはシエナ。
ミントグリーンの細い羽根に、透明の尾羽。
反射する光が彼女の翼に沿って走り、まるで空中に筆で線を引いたようだった。
もうひとりは、ルフォ。
彼の羽は、柔らかな金色。
陽を浴びると赤みを帯び、羽ばたくたびに赤橙の波紋が揺れた。
「なぁ、シエナ。昨日のコード変更、やっぱ中心樹じゃなくて、棲歌層だったらしいよ」
ルフォが旋律のような語調で話しかける。
シエナはそれに答える代わりに、尾羽をふわりと広げ、朝の光を折り返した。
反射は「知ってる」。
振幅が小さいのは「興味は薄い」の意味。
ルフォはその微細な変化を、楽しそうに受け止める。
彼らが向かっているのは、「未調整枝域(みちょうせいしえき)」。
棲歌を編むには使い手の命令が必要だが、命令の不安定な個体が多くなったため、一部の枝域は現在放棄されている。
「ここだよ」
ルフォが軽く歌うと、樹皮がほどけて枝が道を開いた。
彼のコードは、操作士見習いとは思えないほど整っている。
「ここなら、棲歌の試験にちょうどいいと思って」
彼は、自分用の“棲家”を初めて編む予定だった。
枝を選び、歌を通して居住空間の形を示し、樹機械がそれを読み取り、ゆっくりと「棲みか」が生まれていく。
ハネラにとってそれは**「自分の居場所を歌で築く」**という儀式であり、独り立ちの象徴でもある。
だが、その日は失敗した。
歌を響かせたにも関わらず、枝は動かない。
鼓動はある。けれど、返事がない。
ルフォはしばらく歌い続けたが、音が空へ溶けていくだけだった。
「……なんで、反応しない?」
彼の声が少し震えた。
操作士としての自信、棲家を築くことへの期待、どれも詰まっていた。
シエナはそっと近づくと、彼の隣に舞い降りた。
そして、何も言わずに翼を開き、
太陽を背に受けて、反射の角度をゆっくりと変えながら、枝の奥へ光を送った。
まるで、水面に落ちた波紋のように。
彼女の光が、枝の表皮に当たり、微かに…とても微かに、“葉脈の脈動”が動いた。
その変化に、ルフォも息をのんだ。
シエナはさらにもう一度、反射を重ねる。
答えを求めるのではなく、ただ「ここにいる」と伝えるために。
そして──
枝が、ふわりとほどけた。
葉が開き、内部に空洞が生まれ、風の流れが変わる。
棲歌ではなく、光の返事によって動いた枝。
「…やった、けど……歌じゃない…」
ルフォが戸惑うようにつぶやいたとき、
シエナはふと、自分の尾羽で「○」の形を描く。
それは「それでもいい」という意思表示だった。
ハネラの社会では、歌えないことは欠損とされる。
けれど、棲歌がすべてではない。
命令だけが、都市とつながる方法ではない。
命令しない関係もまた、この世界を成立させている。
その日、ルフォは初めて知った。
沈黙もまた、返事になりうることを。
そして、光でも世界は動くということを。