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第3話:植物ナマケモノの眠る森
風が吹かない森を、シエナとルフォは飛んでいた。
ここは“静枝域(せいしえき)”と呼ばれる、樹機械の活動が極めて少ない古層。
高度を変えるたびに、空気が濃くなる。
「本当にここにいるのか? “植物ナマケモノ”ってやつ」
ルフォがやや不安げに尋ねる。
羽は今日も金色に輝いているが、枝が込み入った地帯ではその反射がうまく届かない。
シエナは、ふと翼を傾けた。
尾羽を左右にゆるやかに振る。
──「いる。においが違う」。
匂いは、土と光合成のまじったもの。
呼吸ではなく、蒸散によって存在を知らせる生きもの。
やがて、葉の重なりを抜けた先に、それはいた。
枝に絡みつくように体を伸ばした、深緑色の大きな生きもの。
姿はナマケモノに似ていたが、その皮膚は苔に覆われ、所々に花弁のような葉が咲いている。
手足の先には吸着器官があり、枝と一体化するように止まっていた。
「動いてないな……生きてるのか?」
ルフォが小声でつぶやく。
だが、シエナはしばらく見つめたあと、羽の先でそっと葉をなでた。
その瞬間──
ナマケモノの背中の葉が、一枚、光を受けて開いた。
そして、わずかに、枝にしがみつく“力の向き”が変わった。
「反応した……!」
ルフォが目を見張る。
だが、それ以上の命令を出すことはない。
**ハネラ社会では、命令されずとも動く存在を“尊重する”**のが基本だ。
この“植物ナマケモノ”は、棲家も持たず、移動もしない。
ただ、枝とともに生き、眠り、陽を受けて小さな音のような鼓動を刻んでいる。
「……歌えないけど、棲んでるな」
ルフォがぼそりとつぶやいた。
シエナは尾羽で「うん」と返す。
帰り際、シエナはふと見た。
その植物ナマケモノの背中に、微かに刻まれた模様があった。
まるで、誰かが羽ばたきで残したような、“古代歌のリズム譜”。
「これ……もしかして、“命令じゃない記録”?」
ルフォが言う。
命令歌とは違う、ただ刻まれた動き。
命令を伝えるのではなく、ただ“そこにいた”という記憶の重なり。
それは、歌わなくても残るものだった。
風が止んだ森に、光だけが揺れていた。
植物ナマケモノはまた、眠ったように微動だにせず、
それでも確かに、**“命令されずに生きている”**存在として、
枝と共に、ここにあった。