テラーノベル
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「は?俺が、兄さんに?」
ラヴァインは信じられないというように私を見る。そんな目で見られても、本当はそうなのだから、それを自覚していないだけ、と私は見つめ返すことしかできなかった。この頃のラヴァインが精神的にヤバかったの知っているし、アルベドから聞いていた。災厄のせいだけれど、それだけのせいじゃない。いや、災厄が関わっているのは確かなんだけど、彼は、アルベドに認めて貰いたかった。たった一人の兄に、アルベドは、手が届かない存在で、孤高の存在だったから。
私は、ラヴァインからの言葉を待つことしか出来なかった。下手にこっちが説いたとしても、それをラヴァインは理解してくれないのだろう。そもそも、初対面の人間にそんなこと言われたくないはずだし。
そう思ってみていれば、ラヴァインは、くふっ、と笑い出したかと思えば、今度は大きな声で笑い出した。
「あ、あははははッ!」
「何がおかしいのよ」
「いやあ、可笑しなことを言うのは、君の方じゃん。俺が、兄さんに見て欲しいって……そんなわけ……ない、はず。まあ、いいや。兄さんが、騙されるのも無理ないね、何か、君の言葉は、精神にくるっていうか、頭に直接ガンガン撃ち込まれている感じで」
何て言えば良いんだろーなーと、ラヴァインは笑っていた。何も可笑しいことは言っていないのに、彼にはそれがおかしくて仕方がないことのようで、笑い続ける。いっそそれで狂ってしまった方が楽なんじゃないかと思うくらいには。
「アルベド……私、可笑しなこと言ったと思う?」
「いーや。おかしいのは彼奴だろう。忘れてるんだ、仕方ねえよ」
アルベドも、諦めの境地に至ったらしく、静かにラヴァインを見つめていた。ようやく和解出来た弟がこんな姿に戻ってしまったんじゃ、どうしようもないだろう。
まず、この状況をどうにかしないといけないのだが……
ひとしきり笑い追えた、ラヴァインはまた一歩私達に近付いてくる。身構えれば、それすらおかしいというように笑い続けるラヴァイン。精神を完全に病んでしまった人のようで、こちらも話すのが辛い。
「君、名前、何て言うの?」
「す、ステラ……だけど」
「ステラ。いいね、星みたいな名前だ。聖女様と同じ、一等星……いや、一等星は、一つしかないなあ。じゃあ、何かなあ……てか」
と、ラヴァインは足を止める。
「ステラ、俺とどこかであったことがない?」
ラヴァインは立ち止まって、一瞬だけすんだ満月の瞳で私を見てきた。彼の好感度がチカチカと点滅して、鍵のようなマークがあらわれる。この世界に戻ってきて、アルベドの上に出た好感度と同じものだった。
(もしかして、あれが出たとき、どうにかして言葉をかけて、記憶を取り戻せってこと?)
そんな高度なことを要求されてしまっては、こちらもやるしかないのだけれど……
今のラヴァインになんて声をかければ、記憶を取り戻してくれるか分からなかった。下手に出れば、また逆上させるだけだし。
(何て言えば、彼に伝わる?そもそも、ラヴァインにとって私の存在って……)
分からない人だった。兄であるアルベドが持っているものが全て奪いたくなる子供で、それでいて寂しがり屋で、自分だけのものが欲しくて。まねごとをしながら、ようやく自我というものを作っていったような発展途上の感情。ラヴァインにとって、私はどういう存在だったのか。母でもなく、姉でもなく、でも、彼は私に感謝をしてくれていて。
「アンタが、会ったことがあるって思っているなら、それが正解だと思う」
「えーでも、君みたいなさあ、綺麗な人に出会ったら忘れないと思うんだよね。ううん、『ステラ』とは初対面だと思うんだけど」
「……」
「何も言ってくれないの?」
ラヴァインは、少し寂しそうにこちらを見る。
言ったところで伝わらないと思ってしまっているからいえなかった。鍵のマークと、マイナスの好感度が交互に点滅する。これ以上下がったら、殺されるかも知れない。何て言うのが正解なのか、ラヴァインが何処まで私を思い出しているかにも寄ると思った。
「私は、アンタを知ってる」
「そっ、なの?あーでも、兄さんに聞いたって線もあり得るし」
「違うわよ。確かに、アンタが、アルベドの弟だって言うことは、アルベドから教えて貰った。でも、今じゃない。それは、もっと昔に……うっ」
「ステラ?」
そう、心配そうに声を漏らしたのは、ラヴァインではなくてアルベドだった。
過去の事を話そうとしたのだが、口にしようとした瞬間、猛烈な頭痛に襲われた。吐き気も込み上げてきて、頭が割れそうにいたい。
目の前にERRORの赤い文字があらわれ、頭の中で、まるでサイレンが鳴っているようだった。
(何よ、ERRORって!)
今まで見たことのない、警告表示に私は戸惑いの感情以外抱くことが出来なかった。続けて、ERRORと表示された目の前に、こう表示される。
『上書きされた世界に鑑賞しようとしています。現在、存在しないデータを持ち込んでいます』
書かれている文章すら読めないくらいに、視界が歪む。多分、まだ思い出すに至らない攻略キャラに、前の世界の話をしてはいけないのだというそんな警告なのだろう。いつか、冬華さんがいっていたことを思いだした。誰も覚えていない。アルベドは、奇跡的に覚えていたのだけれど、ラヴァインは……
それじゃあ、過去の記憶をこちらから言わずに、どうにか引き出して思い出させるって言うことをしなければならないということだろうか。そんなの無茶苦茶すぎる。
「おい、ステラ、大丈夫か!」
「だ、いじょうぶ……」
「ステラ、どうしたの?」
顔を上げると、すぐ近くまで迫っていたラヴァインの目と目が合う。また、あのすんだ満月の瞳。彼が、前の世界の記憶を思い出している最中だと見て取った。けれど、まだ一押し足りない。
「アンタ、私とどこかであったことがあるっていっていたわよね」
「言ったけど、それが何?今苦しんでいるのと、何か関係あるの?」
「ある、っていっても……アンタは信じないでしょうけれど」
「信じるよ。何となく、ステラの言葉は信じたくなる。まあ、兄さんを誑かした魔性の女のこと、気になって当然じゃない?」
「魔性……何か、前にも誰かに言われた気がした」
誰だったか覚えていないけれど、そんな女ではないと思う。なら、トワイライトの方が、誰からも愛される……なんて思ったけれど、妹を悪く言いたいわけじゃないので、考えたものを全て頭の隅に追いやった。ようやく、頭の痛みが治まってきて、呼吸が落ち着く。でも、ラヴァインはまだ、思い出してくれないようで、心配そうに見るものの、無邪気に笑っているようにも思えた。
彼の好感度がマイナスだからか、それともまた別の要因があるのか。今のところは何も分からない。ただ分かるのは、先ほどのERROR表示が出た場合、気をつけないといけない事。もし、このERROR表示が、世界に影響を及ぼして、エトワール・ヴィアラッテアの耳にでも入りでもしたら……数で負ける。
「ラヴィ……」
「うわっ、馴れ馴れしい」
「アンタが、そう呼べって言った。アンタは、覚えていないかも知れないけれど」
「さっきから、兄さんも、ステラもおかしいよ。何、覚えていないとか、記憶とか。この世界がまき戻ったんじゃあるまいし」
「そーかも知れねえだろうが、愚弟」
「兄さん……」
黙っていたアルベドは、私の身体を支えるように腕を回すと、鋭い目つきでラヴァインを睨み付けた。ラヴァインはそれに一瞬怯んだものの、なんでその女を庇うんだ、みたいな目で私達を見てくる。本当に、この時のラヴァインって面倒くさかったんだなあと思い出す。私とラヴァインの仲と言えば、彼が災厄の後聖女殿に居候するようになってからだし。
(ダメ、やっぱりまだ頭がいたい……)
「アンタが、思い出すまで待ってる」
「はっ、だから――」
「ラヴィ、今すぐ帰れ。今のお前と話すことは何もねえ」
「……分かったよ。兄さん」
チッと大きな舌打ちを鳴らし、ラヴァインは転移魔法を唱えた。どす黒い紅蓮の魔方陣が彼を包み、彼は嵐のように去って行く。私は彼が去った後、途端に力が抜けて、ふらりと倒れ込んだ。倒れる前に、アルベドが支えてくれていたようで床に倒れることはなかったんだけど。
目を閉じる最後、すっごく必死に叫んでいたなあ、なんて思いながら私は意識を飛ばした。
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