紫咲ツツジ、16歳、アイドル。
彼は幼い頃からアイドルが大好きだった。
『推し』という言葉はアイドルファンの間でもよく使われるけれど、今まで紫咲はひとりに絞った『推し』という存在ができたことは1度もなかった。
だが今の事務所に入所して、とある人物に出会い紫咲のドルオタ人生は変わる。
事務所にて
紫咲「あ…」
その先輩を見かけると、紫咲の背筋が無意識に伸びる。
意味も分からないまま手に汗は滲み、普段から顔には汗をかかない紫咲でさえ、ひとつ汗が伝うほど。
犬飼「あっ、紫咲くん!お疲れ様ー!」
紫咲「…はい、お疲れ様です。犬飼センパイ。」
犬飼ナゴミ。
彼はアイドルではない、ただの同じ事務所の先輩バンドマンのひとりだ。
そして、犬飼と話す度こうして毎回冷静を装う紫咲。
けれど傍から見れば分かりやすいにも程がある。
ただ犬飼を除けば。
犬飼「こないだのライブ、ありがとうね!すっごく良かったよ!」
紫咲「いえ、こちらこそ…。センパイ方が観に来てくださって、ウチのメンバーたちも喜んでました。後日改めてご挨拶をしに行こうと思っていたのですが、中々時間が取れず…すみません。」
犬飼「えっ?!どうして紫咲くんが謝るの?」
紫咲「えっ…!?どうして、と言われても…」
犬飼「ライブ、大成功だったんだからそれでヨシじゃん!それに、そんなに堅苦しくしなくても大丈夫だっていつも言ってるでしょ?」
ニコニコの笑みで紫咲にそう言う犬飼。
犬飼と話す度、紫咲の心はいつも綺麗に浄化されていく。
怒りも、悲しみも、この人の前では全てがキレイに無くなってしまうのだ。
紫咲「い、いえそんな…!!センパイのような神聖なお方と、そ、そんな……」
ごにょごにょと口を動かす紫咲。
普段とはイメージの全く違う姿を見せる紫咲、こんな姿を引き出せるのは犬飼たったひとりだけなのかもしれない。
犬飼「あははっ、神聖って(笑)オレのことなんだと思ってるの?」
紫咲「え”…。な、なにって…えっと……」
紫咲(天使…地上に迷い込んでしまった天使様…。いや、神様か…。犬飼センパイの存在そのものがこの世のものとは思えないほど神々しく光り輝いているしな…。地球上の汚らわしい人間たちでは無いことだけは確かだ…。)
犬飼「─大丈夫?紫咲くん」
紫咲「へっ?!あっ!…はい、平気です」
犬飼「ホント?急に黙り込んじゃうんだもん。でもホント、紫咲くんって面白いね(笑) 」
紫咲「エ…」
犬飼「ん?」
紫咲「ほ、ほっ…本当、ですか…???」
犬飼「うん、ホントだよ?」
紫咲「ッッッ…!!!」
それを聞いたツツジは思わず膝ががくりと曲がりそうになったが、先輩の前で失態を晒す訳にはいかないので、色々ととにかく今は堪えた。
紫咲「…あ、ありがとう…ございます……」
犬飼「あはは、うん!それじゃあオレ、そろそろ行くね!佐藤くんたちにもよろしく言っておいて!」
紫咲「あ…はい。ありがとうございました…!失礼、します…」
その後、犬飼は
犬飼(やっぱり紫咲くんって面白い子だよな〜)
佐藤「あ…犬飼センパイ。お疲れっす」
犬飼「あ!佐藤くん!お疲れ様〜!」
佐藤(…いつ喋ってもマジで犬みてぇな人だな)
犬飼「佐藤くん、背伸びた?」
佐藤「えっ、そっすか?」
犬飼「あれっ…そうでもないかな?」
佐藤「ハイ…言うほど変わってないと思いますけど」
犬飼「…って、ああ、なるほど」
佐藤「?なんスか?」
犬飼「佐藤くん、今厚底履いてる(笑)」
佐藤「え?…あ、マジだ。すんません、つい」
犬飼「どおりでいつもより高いわけだ(笑)ってオレ、そろそろ行かなくちゃ。ゴメンね佐藤くん、また今度!」
犬飼「ウス…」
佐藤(…『佐藤くん』って。出来れば下の名前で呼んで欲しいンだけどな)
紫咲「…オイ一期」
突然、佐藤の背後から声がかかる。
佐藤「うおっ、ビックリさせんなよツツジ」
紫咲「お前、犬飼センパイと随分親しそうに話してたな」
佐藤「あ?なんだよお前…。…って、ああ、そうか。妬いてんのか」
察した途端、佐藤の口角がイヤな角度で上がった。
紫咲「ばっ…!?!?なぜ犬飼センパイがお前と話していたくらいでオレがっ…!!」
佐藤「大好きな犬飼センパイがオレと親しげに話してんの知って妬いてんのか〜。そうかそうか〜」
紫咲「バカ一期!お前性格悪いぞ!! 」
佐藤「よく言われるよ、特にお前にはな」
紫咲「このっ…!!」
佐藤「ツツジくん嫉妬しちゃってんのか〜。けど素直になれないんだもんな〜。はぁ〜全く可愛げねぇな。そんなんだからてめー犬飼センパイに可愛がられねぇんだよ。そーだな、オレみたいに(笑)」
紫咲「一期お前、覚えてろよ…」
こんな幼稚な言い合いも、きっと犬飼の目には『今日も仲良しだね』くらいにしか映っていないのだろう。






