【Tb-3】
紗栄子の彼氏を呼び出す方法は、至って単純だった。私から彼宛にSNSでダイレクトメッセージを送るだけで、それで十二分だった。
『お金に困ってます。何でもします』
相当なお金と歪みきった性癖を持つ彼にとって、私の存在はなかなかにおいしい標的であったのだろう。
忙(せわ)しく思われた彼でも、すぐに私と会う約束を取り決めてくれたのだ。
こんなにも安直な文章でホイホイと釣られてしまうなんて、男ってやっぱり馬鹿なんだなぁと、私は改めて感じた。
新宿の交番前で待ち合わせをして、その日初めて、私は紗栄子の彼氏とコンタクトを取った。
彼が最初に連れて行ってくれたのは、会員制のバーだった。見たことのないお酒が並んでいたので、高級なお店なんだとすぐに察した。
小一時間、彼の話をうんざりするほど聞かされた。特に、彼の大学で専攻していた経営研究の内容の話については、法学部卒の私にとってみれば大層飽き飽きするものであった。
どうでも良い話が八割以上を占めていた中、ただ、残りの二割弱は私が詳しく知りたかった「彼の結婚観と彼自身のリビドー」についての内容だった。
驚いたことに、彼自身、結婚願望は全く無いみたいだった。紗栄子と婚約した理由は、深い絶望に襲われた女の顔を見ていたい。という、かなり不純な動機であった。正直、ドン引きした。
私は言葉に気をつけながら、彼と紗栄子の情報を掘り下げていった。お酒がいい感じに回ってきた頃には、いつしか話が落ちていき、艶話が繰り広げられていた。
「〇〇ちゃん、お金はたくさんあるけど、一体何してくれるの?」彼はウィンストンのキャビンを一本咥えながら尋ねてきた。甘い香りが、店内にふわりと漂った。
「私、ドMなんです。だから本当に何でもできますよ」私は彼の奇癖を擽(くすぐ)るような言葉を、出来る限り選んだ。私の台詞で、彼の肩がピクッと動いたのが分かった。
それから五分もしないうちに、私たちはバー近くのラブホに移動した。恐らく彼は、今日みたいなプランを使いに使い回して、このように色々な女を誑(たぶら)かしているのだろう、と思った。ホテルに行くまでの流れの手際が恐ろしいほど慣れていたからだ。
それからの記憶はあんまり覚えていないが、彼の嗜好に忠実に遵守した結果、いつしか私の身体中は爛(ただ)れ、痣だらけになってしまっていた。
しかしながら、彼の波長にすんなり嵌った私としては、アグレッシブな夜を過ごせたことに大きな実績を感じていた。と同時に、傾(かぶ)き風情を全く持たない紗栄子にとっては、今まで生き地獄のような生活を過ごしていたのだろうかと容易に想像できて、心が痛んだ。
そんな生活を続けて二ヶ月が経過したところで、彼は私の存在にえらく満足したのか、結果として紗栄子の足枷を外す運びとなったのだ。