テラーノベル
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その日の夜、律儀にバスタオルを持ってきてくれた阿部ちゃんと一緒にアニメを見た。自分の好きなものを誰かと一緒に見るなんて初めてだった。
好きなものは好きでいて良い、そう阿部ちゃんは言ってくれたけど、やっぱりそわそわした。
萌えに特化した作品だから、少し際どいシーンもあるし、阿部ちゃんが引いちゃったらどうしようって、少し心配だった。
でも、それ以上に、その日の俺は他のことでも頭がいっぱいだった。
少し動けば肩が触れる距離。
視界の端に映る阿部ちゃんの横顔。
俺の嫁が頑張っている姿に潤む目。
綺麗だと思った。
初めて誰かを好きになった。
大好きなものを誰かと共有できることが嬉しいはずなのに落ち着かなくて、頭の中が阿部ちゃんだけになっていく。
この時間がずっと続いてくれないかな。
誰に願うでもなく浮かんだ気持ちが、ふわふわと俺の全身を包み込んでいった。
「すごくいい話だった、俺も仕事頑張ろうって思えた。少し不安だったんだ。俺、ここでやっていけるのかなって。なんというか…その…怖い所だと思ってるところもあったから…」
誰もが寝静まる夜の中で、バスタオルで目元を押さえながら話してくれる阿部ちゃんに、心臓が上擦った。
言いづらそうに、阿部ちゃんがこの屋敷で暮らしていくことへの不安を吐き出してくれたことに、嬉しいような、切ないような、何とも言い表せない気持ちが湧き上がる。
常識的な接し方とか、当たり障りのない言葉とか、そんなもの一つもわからなかった。どうしたら阿部ちゃんが笑ってくれるかなんて、何も考えつかないまま、俺はただ阿部ちゃんを抱き締めた。
「大丈夫だよ。阿部ちゃんがどこにいても、何をしてても、いつでも、俺が阿部ちゃんを守るから」
感動に溢れる涙が悲しみで染まってしまわないように。
純粋で素直な心が苦しさで澱んでしまわないように。
抱き締めたこの細い体が壊れてしまわないように。
ぎゅっと阿部ちゃんの体に回した腕が、微かに震えているのを感じた時、俺の中で、守りたいものがまた一つ増えた。
それから一週間後、下の子からもらった連絡を受けて、俺はめめと現場の整理に向かった。
“華”の子たちは、みんな根性があって、素直で良い子たちだ。血の気が多いから、売られた喧嘩は全て買ってしまうが、ちゃんと強いから、俺たちは安心してほとんどの事は彼らに任せている。
だから、俺たちの仕事は、伸びてしまっている相手の状態と、様子と態度を見て、その人達の処遇を決めることだけ。
みんな頑張り屋さんだから、毎日もっと強くなろうって、自分たちで手合わせしているんだそうだ。
そんな可愛い子達が待つ場所へめめと向かっていると、不意にめめが口を開いた。
「佐久間くんって、阿部ちゃんのこと好きでしょ?」
「ぇ………」
「見てればわかるよ。阿部ちゃんといる時、佐久間くんすごい幸せそう」
「な、なんで急にそんなこと聞くの…?」
「俺も好きだから。阿部ちゃんのこと。だから、確認?」
「んぇえ!?そうだったの!?」
驚いた、どころの騒ぎではなかった。
俺の好きな人に、他にも想いを寄せている人がいる場合、どうしたら良いんだ?という疑問も浮かぶ。
身を引いてめめを応援する?
諦めないでめめと戦う?
ううん、そんなのは嫌だ。めめとは仲間だし、変に対立しちゃうのは避けたい…。
じゃあやっぱり諦める…?でもそれは……。
っぅぁぁぁああ…何が正解!?
「…まくん…佐久間くん?大丈夫?」
「っ、ぁにゃ、ごめん…えっと…おれ、も、、すきです…」
「やっぱりかー。阿部ちゃん可愛いもんね」
「ぁ、うん…」
「この間さぁ、阿部ちゃんがさぁ、熱いお茶をね、すごい頑張って冷ましてから飲もうとしてたんだけど、結局まだ熱かったみたいで、お茶が口についた時、ちっちゃな声で「ぁちっ」って言っててさ、それがすげぇ可愛かったんだよね」
「そ、そうなんだ…」
この男は今、どんな精神状態で自分の好きな人の話をしているんだ…?
え?俺も阿部ちゃんが好きって、今ちゃんと言ったよね?
確認とやらが取れた後も、普段と何も変わらない様子で話すめめに、俺は少し怖くなった。
「め、めめ…?」
「はい?」
「これ、話し合って、俺たちのどっちかが諦めようって話?」
「え?なんでそうなるの?」
「ぇ?」
「二人で一緒に好きでいたらよくないっすか?」
「んぇ?!そんなのありなの!?」
「ありかなしかは阿部ちゃんが決めることじゃない?告白して、答え貰う前から諦めてどうすんすか」
「たしかに…!」
「ただ、協定は組みましょ。告白する時は二人で同時に。それから抜け駆けはしない。いつでも二人で公平に」
「っ!乗った!!ライバルじゃなくて、二人で平等ね!!」
「一番最初の告白のタイミング決めましょう。いつにしますか?」
「おっけー!いつにしよっか!」
めめとあんな変な約束をした日が懐かしい。
結局、俺たちは成就するまで諦めなかった。
何回も告白して、その度に何度断られても、俺たちの中で阿部ちゃんが好きって気持ちは全く消えなかった。消えるどころか強まるばっかりだった。
毎日のように繰り返した阿部ちゃんへのアピールとちょっかいに、阿部ちゃんはいつも反応して声をかけてくれた。
多分阿部ちゃんは、俺たちがすることにいつも怒っていたと思う。
しかし、ある種のフィルターがかかってしまっていた俺たちは、それすら可愛く見えて、正座しながら目の前で荒れる阿部ちゃんをずっとニコニコと見ていた。
俺たちのその態度に、阿部ちゃんの怒りはもっと膨れ上がってしまっていたと思う。
「お前ら!全然反省してないだろ!!」
と、そこでまた怒られることになるのだが、俺たちとしては、阿部ちゃんと一緒にいられる時間が更に延長されるから嬉しかったんだ。
そんな生活が長く続いて、つい最近、阿部ちゃんが突然俺たちの告白に応えてくれた。
急なことで、俺もめめもだいぶ驚いたけれど、人生の中で一番って言えるくらい幸せな出来事だった。
あれは確か、なんでか阿部ちゃんと翔太に跡をつけられてた日の翌日だった。
その前の日に、 二人でこっそり俺たちを見てるから、阿部ちゃんと翔太にいいところを見せたくて、俺はいつも以上にあちこち飛び回って張り切った。
次の日、阿部ちゃんがくれた桜色のお守りは、康二に長い紐を縫い付けてもらって、毎日首から下げている。
ちなみに、これ、めめとおそろいなの。
めめは黒いお守りで、銀色の糸の刺繍があってかっこいい。
俺のは、ピンクで、金色の刺繍と合わさると柔らかくてかわいい。
阿部ちゃんが気持ちに応えてくれたことも、俺たちのことを考えてお守りを選んでくれたことも、全部嬉しかった。
今の俺たちはだいぶ舞い上がっていて、今まで積み重ねてきた分以上の気持ちを阿部ちゃんにぶつけては、未だ懲りずに怒られる毎日を送っている。
つい昨日のことだ。
みんなが寝静まったあとで、俺たちは阿部ちゃんの部屋に忍び込んだ。
ぐっすりと布団を抱き締めて寝ている阿部ちゃんを挟んで、めめと二人で阿部ちゃんにくっついた。
静かに寝息を立てるその呼吸の音すら愛おしい。普段しっかりしている阿部ちゃんのその寝顔はあどけなかった。
「かわいいね、めめ」
「うん、すげぇかわいい。早く食べたい」
「え、食べれんの?」
「たとえばこことか?」
めめは、後ろから阿部ちゃんを抱き締めていた体を少し起こして、唐突に阿部ちゃんの耳を軽く噛んだ。
そのまま、本当に食べているみたいに舌で舐めたり、唇で食んだり、かぷっと齧ったりしていた。
俺は、なんだかすごくいけないものを見ているような気持ちになった。
「なにしてんの!?」
小声でツッコんだが、めめは気にも留めずに阿部ちゃんに触れ続けていた。
「んっ、、ぁ…」
「ッバカ!起きちゃう…!!」
「大丈夫、起きても阿部ちゃんはかわいい。ん…れぅ…」
「どゆこと!?」
「んゃぁ……ゃめ、て……ん、すぅ…」
「…あべちゃん、、えっちだよぉ……刺激つよい……」
こちとら初恋も遅咲きなら、初恋拗らせてからの成就だったから、未だにそういうのに慣れていないのだ。
手を繋げるだけで幸せだし、キスも軽くほっぺたにするだけで今は精一杯。
それ以上のことはドキドキしてしまって、まだ勇気が出ない。
なのに、めめはお構いなしに、どこから湧いてくるのか分からない色気を全面に出して阿部ちゃんに触るし、阿部ちゃんからはめめの動きに反応して艶っぽい声が終始漏れている。
この状況に、俺の目と耳がキャパオーバーを起こしている。誰か助けてくれ。
「、っひぁ、ん……ぁぇ?、さくま…?」
「っふぇ!?あ、あべちゃ、、おきちゃった…?」
段々とヒートアップするめめのせいで、遂に阿部ちゃんが起きしてしまった。
暗い部屋の中だし、起き抜けで意識がぼーっとしているからなのか、自分の後ろにいるめめには気付いていないようだった。
目の前にはとろんとした顔の阿部ちゃん。
「さくまぁ…」
なんて、寝起きで少し掠れている声で、甘く名前を呼んでくれる。
「ごめんね、起こしちゃって…」
「んーん、へいき。んふふ、さくまだぁ」
「どったの?」
「おきたら、さくまいた。うれしい」
「んぐ…っ、、がわ“ぃ”い“…」
最近やけにデレるようになった。
もちろん日中のみんながいる時間は、今まで通りのツンツンだけれど、俺たち以外の人と過ごしている時、阿部ちゃんはよく自分の気持ちを話すようになった。
すごくいいことだと思う。自分の言いたいことはなんでも言えたほうがモヤモヤしないと思うから。
が、しかし、阿部ちゃん。今はダメだ。
今ここでデレられたら、色々とまずいのだ。
俺は、虫の息でなんとか込み上げてくる気持ちをやり込めたが、その甲斐は虚しかった。
ふにゃぁっと笑った阿部ちゃんの顔が段々と近付いてくる。
先ほどまでの睡眠で温まった阿部ちゃんの両手が頬に触れる。
これから何が起きるのかと想像したまばたきの間に、阿部ちゃんのふにっとした唇が俺の口を塞いでいた。
「んッ!?んんー!!っぷぁ、ぁべちゃ、まッ、て、、、ツんむぅ!?」
「ん、っふぁ…ぁ、、さくま、…すき…ん、ぁ…」
「ぁえちゃ…っ、」
やばい、という気持ちが怒涛のように湧いて出てくる。
何がやばいのか、そこについてはうまく言語化できないが、とにかくやばいのだ。
完全に阿部ちゃんに呑まれていることももちろんだが、なによりも、この寝ぼけたお姫様の暴動のおかげで、自分のエンジンがしっかりとかかり始めてきていることが、一番まずい。
めめの言う通り、このまま食べてしまいたいという気持ちが、俺の中にも小さな勇気となってムクムクと生まれてきたところで、阿部ちゃんの体が大きく弾んだ。
「ぁ“い”ッ!?!、、へ…!?」
「阿部ちゃん、俺ともちゅーしてよ」
どうやらめめが思い切り阿部ちゃんの耳を噛んだようだった。
少し不満げに口をへの字に曲げて、めめが阿部ちゃんを振り向かせる。
ほとんど押し倒しているような体勢で、めめの左手が阿部ちゃんの頬を撫でる。
「っ、ぁ、、めめ…ゃ…っ、」
「ふは、起きた?すんごいえっちなちゅー、佐久間くんとしてたじゃん。俺ともしてくれる?」
「ゃ、、まって…っ…おれ、ねぼけてて…………っやだ…っ」
「嘘つき。早くしてって目、してる」
「ちが…っ、ほんとに……んんッ!?
…ぁ…っふ、ゃぁ…」
「ん、はぁ…っ、ふ、かぁぃぃ…、っん…」
おいおいおいおい!!!!!
また康二に怒られるぞ!!???!!
なんて思いつつも、二人を止められずにその様子を見守ってばかりの俺であった。
めめの手付きと言葉遣いがいちいちいやらしくて、目どころか耳のやり場にも困ってしまったが、そんな二人の絡み合いから目が離せない俺もいた。
しかし、そんな甘美な時間は、そう長くは続かなかった。
めめの手が阿部ちゃんの着流しを掠めて、するっとその艶やかな肌に触れようとした瞬間、阿部ちゃんがめめの頭を引っ叩き、覆い被さるめめの体を思いっきり投げ飛ばした。
これにて、俺たちの戯れは、突如阿部ちゃんの投げ技によって終わりを迎えたのだった。
もちろん俺たちは、シュウシュウと湯気を立てるたんこぶを頭の上に乗せながら、夜中という時間に合わせた小さめの低い声で、阿部ちゃんに怒られた。
「この状況は何故生まれたのかな、めめ?」
「一緒に寝たかったです」
「そこに何故、接触という選択肢が出てきたのかなぁ佐久間くん?寝るだけだったんだよね?」
「俺はそのつもりだったんですが、めめg…」
「あ“?」
「すみませんでした…」
畳の上で正座をしながら、俺とめめは肩を縮めて項垂れながら、仁王立ちの阿部ちゃんからの圧迫面接のような質問に答え続けた。
しばらく経って、やっと怒りが収まった阿部ちゃんは、ふぅと一息ついたあとちょこんと座り、俯く俺たちの顔を覗き込んで言った。
「一緒に寝たいなら、寝たいって言ってくれれば、いつでもそうするのに。その時は、康二に怒られないような場所でね…?」
上目で挑戦的に微笑んだ後、阿部ちゃんは順番に俺とめめのほっぺたにキスしてから、「おやすみっ!」と言い捨てて布団にくるまってしまった。
布団と髪の隙間から覗く阿部ちゃんの耳が、燃えてしまいそうなくらい赤いのを、俺たちは見逃さなかった。
不意を突いた口付けに呆然とする間もなく、俺たちは顔面を押さえ、
「ん“ん”ん“ん”〜〜ッ!!!」と唸りながら後ろに仰け反った。
「…あざとい……っ、、たいほしなきゃ……」
「さくまくん…予定たてましょう……俺、明日にでも行きたい…」
「お前は盛りすぎだろ……だがしかし、激しく同意であります…っ…」
ギリギリと締め付けられる心臓に身悶える俺たちには目もくれず、阿部ちゃんはまたすやすやと眠ってしまった。
俺たちは、三人きりで寝る日の予定を立てながら、またコソコソと自分の部屋に戻って行ったのだった。
浮かれていた。
大切な仲間、大好きな恋人、たとえ仮初だったとしても守りたいと思える家族、そんな人たちに囲まれた毎日に、俺は安心しきっていたんだ。
続
コメント
7件
お願いだからこの幸せ壊れないでっ🥺🥺
え?なに?なにがあるの〜^_^😱😱😱
なんだなんだ、何か不穏なことでも????🥺🥺