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第202話:石板の謎発光と、シロ様の生体キー認証
春のうららかな陽射しが降り注ぐ、十勝の限界集落。
我が陣地(古民家)の畑のど真ん中には、先ほど小春ちゃんの手によって地中から掘り出されたばかりの、謎の真っ白な石板が鎮座していた。
表面にはアイヌ文様のような幾何学的なレリーフが刻み込まれ、泥汚れを一切寄せ付けない『レタㇻ(白)』の輝きを放っている。
「お兄さん……これ、やっぱりただのコンクリート片なんかじゃないですよ。触ると、なんだかほんのり温かいというか……不思議な感じがします」
小春ちゃんが、チタン製のクワを持ったまま、恐る恐る石板を覗き込んでいる。
ジンバルに固定されたスマホの画面の向こう側では、五千万人のリスナーと、一兆円の発掘ファンドを即座に立ち上げた超弩級VIPたちが「早く専門家を呼べ!」「ユネスコに連絡だ!」と大騒ぎを続けていた。
その、世界中が未知のオーパーツに釘付けになっていた、まさにその瞬間である。
縁側の特等席でぽかぽかと昼寝をしていた純白の神獣シロ様が、ふあぁっと小さな欠伸をして立ち上がった。
サファイアブルーと琥珀色。
神秘的な二色の『オッドアイ』の瞳が、畑の中央にある真っ白な石板をジッと見据えている。
シロ様は、軽やかな足取りで縁側からポンと飛び降りると、春の柔らかい土の上をトコトコと歩き、小春ちゃんの足元へとやってきた。
「あっ、シロちゃん。泥がつくから畑に入ってきちゃダメ……」
小春ちゃんが慌てて止めようとしたが、シロ様は意に介する様子もなく、石板の真ん前でピタリと足を止めた。
そして、まるで長年忘れていた自分の持ち物を確認するかのように、右の前足をスッと持ち上げ、石板の中央にある最も大きな渦巻き模様の上へ、柔らかなピンク色の肉球をそっと押し当てたのだ。
『ミャウ(認証、開始よ)』
シロ様が小さく喉を鳴らした、次の瞬間。
ゴォォォォォォォォォォォォォッ!!!
「えっ……!?」
「な、なんだべさ!?」
石板の表面から、目が眩むような強烈な光が迸った。
それはただの光ではない。シロ様の瞳と全く同じ、サファイアブルーと琥珀色が螺旋状に絡み合う、極彩色の光の奔流であった。
光は石板から一気に噴き出すと、そのまま真っ直ぐな『光の柱』となって十勝の青空へと立ち昇り、春の薄雲を完全に吹き飛ばして宇宙空間へ向かって一直線に伸びていった。
北海道の空を真っ二つに割るような、神々しくも圧倒的な光の柱。
ジンバルのカメラがその人智を超えた奇跡の映像を捉えた瞬間、世界中のリスナー五千万人の脳髄がショートし、チャット欄が完全に言語の限界を突破した。
『うわああああああああああっっ!!!』
『光の柱が立ったぞ!! 宇宙まで届いてる!!』
『シロ様の肉球に反応した!? これガチの超古代テクノロジーじゃねえか!!』
『肉球がパスワードになってる!! 神の生体キー認証だあああっ!!』
五千万人の大絶叫がネットワークをパンクさせる中、この『神の奇跡』を目の当たりにした世界のVIPたちのチャット欄が、狂気と歓喜の渦に包まれ始めた。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”A biometric lock of the gods!! Shiro-sama is the true key to this planet! I am mobilizing my private satellite network to analyze that light pillar! I will invest 3 trillion yen to secure the airspace over Hokkaido!“(神々の生体認証キーだ!! シロ様こそがこの星の真の鍵なのだ! あの光の柱を解析するために私のプライベート衛星網を総動員するぞ! 北海道の上空を確保するために三兆円を投資する!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”This is a frequency beyond modern science! The energy output of that light could rewrite the global energy market! I bid 5 trillion yen to monopolize the data from that stone tablet!“(これは現代科学を超えた周波数だ! あの光のエネルギー出力は世界のエネルギー市場を書き換えるぞ! あの石板のデータを独占するために五兆円を提示する!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Oh my god!! Shiro scanning her cute little paw is the most epic sci-fi scene ever!! I’m sending 8 trillion yen to buy the movie rights to this exact second!“(なんてこと!! シロが可愛い肉球をスキャンする姿、史上最高のエピックSFシーンじゃないの!! この瞬間の映画化権を買い取るために八兆円を送るわ!!!)』
総額十数兆円規模の電子マネー(赤スパ)が、光の柱を凌駕するほどの極彩色弾幕となって画面を完全に埋め尽くした。
国家予算を遥かに超える資金が乱れ飛び、様子を見に来ていた村長が「ひぇぇぇ……! 肉球スタンプで十兆円……! わしの年金が霞んで消えちまうべさ……!」と呟き、そのまま畑の畝に顔を突っ込んで気絶している。
誰もが、この世界一美しく、世界を揺るがす神獣の奇跡に魂を震わせているそのド真ん中で。
俺――アキヤは一人、光の柱のすぐ横に展開したマイ陣地(折りたたみ椅子)に腰掛け、ストイックに薄型の特製タッパーを開けていた。
中に入っているのは、完璧な水加減でストイックに炊き上げられた後、あえてカチカチに凍らせた『氷結状態の玄米おにぎり』と、自家製の『大豆ミートの超硬度ソイジャーキー』である。
俺は、十数兆円の赤スパのまばゆい光と、天を貫く光の柱に照らされながら、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、大豆ミートを氷結玄米おにぎりと一緒に口の中へ押し込み、淡々と咀嚼し始めた。
ゴリッ、バキッ、モグモグ……。
(……ふむ。氷結玄米の暴力的なまでの硬度と、極限まで水分を飛ばしたソイジャーキーの強靭な植物性タンパク質。顎の筋肉を強制的に限界駆動させることで脳への血流を最大化し、超常現象という名の自律神経のバグを防ぐ、究極の兵站食だな)
己の肉体という名のロジスティクスを完璧に維持しながら、俺は水筒の冷やしほうじ茶で喉を潤すと、五千万人を突破して世界の宇宙航空研究開発機構(JAXA)のデータを完全に破壊し尽くしているカメラと、腰を抜かしている小春ちゃんにキリッとした真顔を向けた。
いつもの『限界言い訳タイム』の発動である。
「小春ちゃん、予期せぬ発光現象に対する安全確保ご苦労。そして画面の向こうで、ただの静電気の放電現象に巨額の資本を投下して生体キー認証だと騒いでいる皆さまも、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『光の柱が宇宙まで届いてるのに、絶対にブレない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・神の生体認証キー完全スルー編ww』
『さあ、この明らかにヤバいレーザービームをどうやって需品科の業務にするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは神の生体認証でも、超古代テクノロジーでもありません。シロ様が石板に触れた瞬間に発光したのは、単に動物の体毛に蓄積された強力な静電気が、石板に含まれる『高純度の石英(クォーツ)』に接触したことで引き起こされた『圧電効果(ピエゾ効果)』に過ぎません。急激な電圧の変化によって周囲の大気がプラズマ化し、上昇気流に乗って局地的な『発光現象(セントエルモの火)』を引き起こしただけです。光がサファイアブルーと琥珀色だったのも、大気中の窒素と酸素がプラズマ化した際の発光スペクトルが、偶然シロ様の目の色と一致したという光学的エラーですね。ええ、すべては冷徹な『物理的な電磁気学反応』と『大気プラズマの自然発生』です。私がカチカチの氷結玄米を噛み締めているのも、光の柱という視覚的な幻覚に惑わされず、確固たる指揮系統と顎の筋力を維持するための、需品科としての徹底した『対・超常現象メンタル防壁構築訓練』です」
「んなわけあるかあああ!!!」
ドガァァァァァンッ!!!!
光の柱が立ち昇る春の畑に、装甲車のハッチを正面から叩き割ったような凄まじい破砕音が響き渡った。
小春ちゃんが、畑の隅に置かれていた『トラクター用フロントウェイト(高密度鋳鉄製・姿勢制御用超重量鈍器仕様、重量約十五キロ)』を両手で軽々と大上段に構え、俺の頭頂部に向かってパーフェクトなフルスイングを見舞ったのだ。
十五キロの無垢の鋳鉄ブロックが肉体に直撃した、鐘を突いたような恐ろしい大爆音が、十勝の空へと虚しく響き渡る。
「ただの圧電効果で、宇宙まで届くような二色のレーザービームが出るわけないでしょうが!! どう見たって、シロちゃんの肉球をパスワードにして、何千年も眠ってた古代のシステムが起動した、激エモで超展開な神の奇跡でしょうが!! 畑のど真ん中で起きたファンタジー現象を、冷たいプラズマとか光学的エラーとかいう理系用語で粉砕するんじゃないわよ!! そもそもなんで春なのに凍った玄米食ってんのよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ特大フロントウェイトスマッシュ炸裂www(音が完全に攻城兵器ww)』
『圧電効果による大気プラズマ(ただの神獣のオーパーツ起動)』
『発光スペクトルの偶然の一致(肉球による生体キー認証)』
『適応力バグおじさん、ついに古代兵器の起動を静電気の放電現象に分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、壮大なSF展開だったのに腹筋が完全に崩壊したわww最高すぎる!!』
俺の理不尽極まりない物理学的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ない十五キロの鋳鉄ツッコミに、五千万人の視聴者たちはロマンへの熱狂から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、宇宙規模の奇跡が起きても鉄の塊で叩かれないと目が覚めない、特大サイズの鈍感下僕ね)』
石板のそばから、前足を離した純白の神獣シロ様が呆れたように俺の方を見やり、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
光の柱はすでに消え去り、畑にはいつもの春の穏やかな空気が戻っている。
巨大ヒグマも「グゥ〜♪」と、小春ちゃんのツッコミを見届けて満足そうに笑い、キツネたちも「キュンキュン!」と平和な日常の続きを楽しむように跳ね回っている。
「……まぁ、理由はどうあれ。地中の不要な静電気が速やかにアース(放電)され、専属アシスタントによる十五キロの質量ツッコミが新体制でも完璧に機能していることが確認できたのなら、作戦としては完全勝利だ」
俺は鋳鉄ブロックの凄まじい衝撃で痺れた頭をさすりながら、春の風が吹き抜ける畑の中で、再びタッパーの氷結玄米おにぎりを口に運んだ。
「完全勝利じゃないですよ! ほら、スマホ見てくださいよ! さっきの光の柱のせいで、内閣府とか世界の研究機関から直接電話かかってきてますってば!」
「慌てるな。あれはただの悪質なスパム電話だ。それよりも早くトラクターのウェイトを元の位置に戻せ。午後の畝作りのスケジュール(兵站)に支障が出る」
「お兄さんの現実逃避、もはや国境を越えてますからね!?」
畑のど真ん中でワーワーと騒ぐ俺たちをよそに、石板のそばのシロ様は「やれやれ」といった様子で、何事もなかったかのように自分の肉球をペロペロと舐め始めた。
宇宙規模の奇跡すらも強引に静電気の放電へと捻じ曲げながら、限界集落の農作業は、鳴り止まない着信音と小春ちゃんの悲鳴と共に、どこまでもカオスに続いていくのだった。
コメント
1件
シロ様の肉球が生体キーになって石板が光の柱をぶち上げるシーン、マジで鳥肌立ったわ!あの二色の螺旋光の描写がもう神々しくて…。なのにアキヤが「静電気の圧電効果」って完全に理屈で粉砕しようとするから、小春ちゃんの15キロ鋳鉄ツッコミが炸裂して笑い死ぬかと思ったw 宇宙規模の奇跡すら日常に引きずり込むこのカオス、最高すぎる🔥 シロ様の「やれやれ」感もたまらん。
ゆうき あきや
4,767
259
#心理描写重視