コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「じゃあ恋、約束通りアイス奢りな?」
尊さんの口元がかすかに緩む。
その笑みに完全敗北を悟った。
(くぅ……悔しい…っ)
「しょうがない…負けは負けですもんね」
悔しそうに立ち上がりながらも、負けを認めざるを得ない俺に高田が励ますように肩を叩いた。
「まあでもいい試合だったじゃん。楽しかったし!」
「確かに、途中からは熱くなっちゃったし」
「雪白も結構粘ってたぜ?最後の方とかギリギリだったし」
「そう?!えへへ、楽しかったからね」
その後───…
高田は店の手伝いに戻って行ったので
海の家の入口付近に設置されたベンチに腰かけて
注文したアイスクリーム二つを尊さんと食べ始めた。
もちろん負けた俺のおごりだ。
「はい、尊さんの分です」
尊さんへコーン部分を差し出しながら、自分のも口に運ぶ
「運動の後のアイスは格別だろ」
「はい!勝った尊さんは一段と美味しく感じません?」
「ああ、美味いな」
「この甘み、最高ですよね!」
そのとき、ふと、尊さんが『フォーク』で、味覚を失ってから甘味を感じれないということを思い出した。
「まあ…甘味は、感じないな」
「…あ、そ、そっか…尊さん、フォークだから…」
忘れかけていたが、尊さんが甘いものを避けているのはそういうことだと今更思い出し、また〝あのとき〟と同じことをしてしまったと背筋が凍る。
『この甘み、最高ですよね』と、あまりにも無神経なことを言ってしまったことに少しの罪悪感を覚える。
「す、すみません!俺、わざと言ったわけじゃなくて……っ」
「?なんで謝るんだ」
尊さんは首をかしげて俺を見ている。
「え?いや……尊さん、味覚なくして、甘み感じれないのに…すごく無神経なこと言っちゃったかなって…」
言葉を選びながら続ける俺に尊さんは
「なんだそんなことか、別に気にしてないぞ?」
「えっ、ほんとですか?よかった…」
「そんな凹んだ顔することないだろ?それに…お前が美味そうに食ってるだけで、俺も嬉しくなる」
その言葉に胸が温かくなる
「ふふっ、嬉しいです…そう言ってもらえて」
素直に言葉を紡ぐと、彼は少し照れたようにアイスを一口食べた。
彼の口に甘さがなくても、同じものを分け合っているこの時間は確かに幸せで
尊さんもどこか満足気に笑っていた。
この穏やかな時間がずっと続けばいいのにと思った───
◆◇◆◇
「そろそろ帰るか」
アイスを食べ終え
陽が沈み始め、空が夕焼け色に染まりはじめたころ
尊さんが時計を確認してそう告げた
「なんだかあっという間でしたね」
「だな」
帰り支度を整えながら二人で駐車場へと向かう。
今日一日を通して様々な経験をし
尊さんとの距離も縮まった気がした
それはきっと
彼が普段見せないような一面を見せてくれたことも関係しているんだろう。
駐車場に着くと、すでに多くの車が駐まっていた。
エンジン音と共に車がゆっくりと動き出した。
海沿いの道路は夕暮れ時のオレンジ色の光に包まれている。
「楽しかったな」
尊さんがハンドルを握りながら言った。
「はい!尊さんとバレーできて楽しかったですし、尊さんの色んな表情見れて最高でした!」
窓の外に流れていく景色を見ながら、俺は自然と口角が上がる。
今日一日の出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
海辺での戯れ
尊さんの意外な笑顔
ビーチバレーでの熱戦
どれも新鮮で記憶に鮮明に刻まれている。
「しかも俺ら久しぶりに友達に会えたんで良いことありまくりでしたもん!」
「ふっ…その高田ってやつとは、随分仲良かったんだな」
「はい!大学時代はよく一緒に遊んでて、高田ってバカなとこもあるけど一緒にいると本当に楽しかったんですよね…」
「…正直だな」
何故か少しだけ声のトーンが低くなる尊さんの横顔を盗み見ると
いつものクールな表情の奥に、何か別の感情が揺れているように見えた。
信号待ちで車が停まった。
赤信号が変わるのを待つ数秒間、車内に微妙な沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは尊さんだった。
「……なぁ恋」
「はい?」
「今日はもうちょっとだけ付き合ってくれないか?」
「え?付き合うってどこにですか?」
「すぐそこだ」
尊さんが少し口角を上げた笑みで応え
車はウィンカーを左に出し、いつもの帰り道から逸れて、ゆっくりと知らない小道へと滑り込んだ。
「ここ……?」
「ああ」
夕陽はすっかり沈みきり
街灯がぼんやりと照らす薄暗い公園前の路肩に、車は静かに停車した。
周りに人影はなく、遠くで車の通り過ぎる音が時折響くだけだ。
「尊さん、えっと…運転疲れだったら俺、全然交代しますけど…」
振り返って尋ねようとした瞬間
シートベルトが外される音が耳に届いた。
そして次の刹那
尊さんの大きな掌が俺の頬を包み込み、吐息がかかるほど近くに彼の顔があった。
「んっ……!?」
反射的に目を閉じると同時に、柔らかいものが唇に触れた。
それは驚くほど静かで、でも力強さを感じるキスだった。
唇が離れたかと思うと
耳元で低く名前を呼ばれ、思わず体が硬直する。
「尊……さ…っ」