テラーノベル
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朝、洗面台の前で、思わず顔が緩んだ。
鏡に映る自分の顔は、なんだか昨日よりも少しだけ自信に満ちている気がする。
もう「嘘をついている」という罪悪感に怯える必要はない。
私は堂々と、高橋徹さんの恋人でいていいんだ。
そう思うと駅に向かう足取りも、心なしか軽い。
改札を出ていつもの待ち合わせ場所へ向かうと、そこには少し意外な光景があった。
徹さんが、スマホも見ずに、じっと改札の方を凝視して待っていたのだ。
「あ、徹さん!」
駆け寄ると、徹さんの顔が一瞬でパッと明るくなった。
でも、目が合うと、昨日の堂々とした態度が嘘のように、少しだけ照れくさそうに頬を掻いた。
「おはよう、結衣。……なんだか、今日から本当に『彼氏』なんだと思ったら、落ち着かなくて。だいぶ早く着いちゃった」
「先輩でも、緊張することあるんですね」
「当たり前でしょ。……昨日、あんなこと言っちゃったし」
徹さんはそう言って、私の手をそっと取った。
これまでの「合図」としての接触じゃない。
ただ、繋ぎたいから繋ぐ。
大きな手のひらから伝わる熱が、昨日までの何倍も濃密に感じられて、私は俯いてしまった。
オフィスに入ると、昨日の一部始終を見ていた同僚たちから、温かい視線が飛んできた。
「高橋さーん、昨日はごちそうさまでした!」
「田中さんも、幸せそうで何よりだね」
「……あはは、お騒がせしました」
徹さんは苦笑いしながらも、私の肩を抱き寄せ、みんなに「よろしくね」と挨拶して回る。
その姿は、偽装の時よりもずっと自然で、ずっと誇らしげに見えた。
自席に座り、仕事を始めてからも、今までとは違う変化があった。
ふとした瞬間に視線を感じて顔を上げると
徹さんが私を見ていて、目が合うと優しく微笑んでくれる。
(……これ、仕事にならないかも)
嬉しい悲鳴を上げていると、不意に私のデスクの脇に誰かが立った。
同期の佐々木君だ。
彼は少し複雑そうな、でも吹っ切れたような顔をして、私と徹さんを交互に見た。
「……高橋先輩。田中さんのこと、泣かせたら承知しませんからね。俺、まだ諦めたわけじゃないんですから」
佐々木君の言葉に、フロアが一瞬静まり返る。
徹さんは少しだけ目を見開いたけれど、すぐに不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「悪いけど、そのチャンスは一生来ないよ」
徹さんは私の横に立ち、宣言するように言葉を継いだ。
「結衣を泣かせるのは、俺の腕の中で、嬉し涙を流すときだけにするって決めてるから」
「……っ!」
彼のあまりのストレートな言葉に、私の顔は今日一番の熱を持った。
佐々木君は「……完敗だな」と肩をすくめて去っていった。
「ちょっと、徹さん……言い過ぎです!」
「いいんだよ。……俺の、本音なんだから」
彼はこっそり私の耳元でそう囁くと、デスクの下で私の手をぎゅっと握りしめた。
嘘から始まったこの恋は
今、本物の熱を帯びて、誰にも止められないほど輝き始めていた。
#ワンナイトラブ
おまる
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