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翌朝。
屯所の廊下を掃き掃除していた山崎は、背後に殺気ならぬ
「異常なまでの多幸感」
を感じて振り返った。
「……おはようございます、副長」
そこに立っていたのは、いつもの鬼の形相ではなく、どこか遠くを見つめて頬を緩ませた、完膚なきまでに骨抜きにされた[[rb:鬼の副長 > 土方十四郎]]だった。
「おぅ、山崎か。……精が出るな」
「はぁ、まぁ。……あの、何か良いことでもあったんですか? 顔がマヨネーズよりテカってますよ」
その問いは、地獄の蓋を開ける合言葉でした。
土方は山崎の肩にガシッと手を置くと、誰もいない廊下で周囲を警戒し、声を潜めて、しかし熱っぽく語り始めました。
「山崎……お前、信じられるか。この世に、あんなに物静かで、凛としていて、それでいて守ってやりたくなるような……『華』のような女がいるなんてよぉ、」
(……それ、目の前の俺(の女装姿)なんですけどね!!)
山崎は心の中で絶叫しましたが、顔は引きつった笑顔を保ちます。
「へぇー、奇遇ですね。総悟さんの親戚の……退子さんでしたっけ?」
「呼び捨てにするんじゃねぇ! 退子様だ、様をつけろ!」
土方の怒鳴り声には、いつもの威厳はなく、どこか浮ついた熱がこもっています。
彼は懐から、手帳を取り出し、その手帳を眺めながら続けました。
「昨日、俺が声をかけた時……あの方は、ただ黙って、少しだけ困ったように微笑んでくれたんだ。あの控えめな態度……最近のガサツな女共にはねぇ、奥ゆかしさを感じたぜ。あぁいう、言葉のいらねェ信頼関係ってのは、男同士の……そう、お前みたいな地味な密偵には分からねぇだろうがな」
(喋ったら声でバレるから黙ってただけだよ! 信頼もクソもねぇよ! あと地味って言うな!)
「……それで、副長。その退子さんとどうなりたいんですか?」
「どうなりたい、だと? ……決まってる。俺は、あの方を真選組の……いや、俺個人の専属密偵……じゃねぇ、とにかく、一生守り抜くと決めた。昨夜は一睡もできずに、退子さんには何をプレゼントすれば喜んでもらえるかを考えていたんだ。」
「副長!ちゃんと仕事してくださいよ!」
山崎のツッコミも虚しく、土方は
「退子さんの、あの少し震えていた指先……あれは俺への武者震いか、それとも恋の予感か……」
と、完全に自分勝手な解釈でガチ恋の深淵へと突き進んでいきます。
昼間の自分が、上司から、夜の自分への愛の告白を延々と聞かされる。
これ以上の精神修行があるだろうか。
「山崎、お前も密偵なら、女の扱いには詳しいだろ? 退子さんが喜ぶような、地味で、目立たなくて、けれど心のこもった贈り物……何がいいと思う?」
(……あ、ミントンのラケットって言ったら即バレるんだろうな……)
山崎は、目の前の恋する暴君を眺めながら、自分のアイデンティティが音を立てて崩れていくのを感じていました。
コメント
1件
あらら…これはまた絶妙な地獄ですね(苦笑)。山崎さんの「目の前の女装した自分にガチ恋される」という拷問じみた状況、最高にシュールで笑ってしまいました。土方副長の「退子様」呼びとか、一睡もせずプレゼントを考える純情さが逆に怖い。アイデンティティが崩れる感覚、すごく伝わってきます。続きが気になります!