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ステーキを半分食べ終わったところで、ピンポーンとベルが鳴り、ドンドンドンドンっと勢いよくドアを叩く音がした。

 

「未央さん? 未央さん! 大丈夫ですか?」

 

亮介はひどく慌てている様子だ。未央がスマホの電源を切ったので、何事かと思っているのだろう。

 

未央は出る気にもなれず、玄関の方を見つめていた。しばらくすると、音は止んで、亮介は自分の部屋へ戻ったようだった。亮介の部屋から、ドカドカ走る音がする。しまった、亮介が縁側に出てきたら鉢合わせてしまう。こんな顔、見られたくない。

 

未央は急いで雨戸を閉め始めたが、最近立て付けが悪いので手間どる。やっとのことで閉め終わりそうになったその時、雨戸にがっと手がかかり、亮介の色白の手が閉めるのを拒んだ。

 

亮介の手があるのでこれ以上閉められない。未央はあきらめてその場に座りこむ。

 

亮介は、抵抗力のなくなった雨戸をガラガラと開けた。

 

「未央さん、調子どうですか? 連絡取れないから心配で……」

 

亮介の言葉が、悲しく聞こえてくる。顔なんかもちろん見れない。

彼女はどうした? もっとゆっくりしてこなくてよかったの?

 

「うん、大丈夫だよ。きょう、なんだか疲れちゃって。もう寝るね。雨戸閉めていい?」

 

亮介は黙っていた。未央が顔を上げないので、不思議に思っているのだろう。

それに食べかけのステーキに、飲みかけのワイン。病気じゃないのもバレバレだ。

 

「だめ」

 

未央はそう言われても、反応できなかった。

 

「ごめん、お祝いまたやろう? 郡司くんのおかげでヤンニョムチキン、採用されたから。またお礼させ──」

 

そう言い終わらないうちに、亮介はしゃがんで目線を未央の顔の位置まで下ろすと、ほっぺをつかんで顔をぐいっと上げた。

 

「未央さんが悲しんでるのに、のこのこ部屋になんか帰れない。何があったんですか?」目はボンボンに腫れあがり、涙も鼻水も一緒になっているぐしゃぐしゃの顔を見られた。ほっぺに手は添えられているが、驚いたのか亮介の手の力がシュッと抜ける。

 

未央は亮介の手を取って下に降ろした。もうだめだ。なんとか言葉を絞り出す。

 

「ごめ……、郡司くん。雨戸……閉めて?」

 

亮介はなかなか動かない。しーんとした部屋に風の音だけがヒューヒューとさみしく鳴っている。

 

「橋本が何かした?」

 

未央はバッと亮介の顔を見た。亮介はしまったという顔をして、口を押さえている。未央はニコニコ愛想笑いを繰り出して、話し始めた。

 

「橋本先生、何もしてないよ。私に、レシピ開発部に異動しないかって打診してくれたの。うれしかったよ」

 

「そう……」

 

もう、亮介と話すことは何もない。自分で雨戸を閉めようと手をかけた。

 

「未央さん、あのさっ……」

 

「……なに?」

 

「あの、橋本っての……僕の兄なんだ」

 

「……へ? あ……兄?」

 

未央はあまりのことに、理解ができなかった。橋本先生が《《兄》》?

 

「10年前くらいに女性になったんだ。結婚したから名前は違うけど……。黙ってて、ごめんなさい」

 

ちょっと待った、橋本先生はきれいで、すてきな、38歳。ハスキーボイスがみんなに人気のエリアマネージャー……

 

「ええええーーーーーーーっ!!」

 

部屋中に響き渡るほど、大きな声だった。未央はぐしゃぐしゃになった顔だけ洗って、Tシャツに着替えると脱衣所から出た。

 

亮介はバツが悪そうにちゃぶ台の前に座って、膝の上でサクラをなでている。

 

「お茶……のむ?」

 

「未央さん、いいから座って。話そう」

 

「……」

 

未央はそう促されて、亮介のとなりに腰を下ろした。

 

──橋本は、俺の兄貴。10年くらい前に女性になったんだ。

 

にわかに信じがたいその発言を、未央はまだ飲み込めないでいた。

 

「きょう、電車の中で郡司くんと橋本先生が一緒にいるのを見かけたの。立ってるだけで絵になるくらいきれいで、恋人同士みたいだった」

 

「……ほんと、すみません。あいつすぐベタベタするんでよく勘違いされます。お見苦しいところをお見せして……」

 

「じゃあ、ほんとに橋本先生は……」

すき、ぜんぶ好き。

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