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それから数日後───
図書室の暗がりに眠っていた「削られた名前」と、忌まわしい「九月十五日」の符合。
隠された血塗られた真実を知ってからというもの
ジェルの淹れてくれる紅茶の芳醇な香りでさえ、私の喉を焼く猛毒のように感じられた。
けれど、私は鏡の前で震える指先を必死に抑え込み
完璧な「王女」の仮面を被り直す。
彼を出し抜き、この美しい牢獄の鍵を奪うためには
私自身もまた、嘘という名の衣装を纏わなければならない。
「ジェル。……一つだけ、わがままを言ってもいいかしら?」
「なんだい?なんでも言ってごらん」
「なら、一度でいいの、ほんの少しの時間でいい。お城の外にある街を見てみたいわ」
豪奢な銀の燭台が揺らめく夕食の席、私は精一杯の勇気を振り絞って切り出した。
ジェルの持つ銀のナイフが、皿の上で心臓に突き刺さるような鋭い音を立てて止まる。
彼はゆっくりと顔を上げ
深い夜の底を映したような暗緑色の瞳で、私の魂を見透かすように射抜いた。
「外の世界?……それはだめだよ、シェリー。何度も言ったはずだ。君を執拗に狙う不逞の輩は、今この瞬間も街の影に潜み、君の隙を伺っている」
「君のその清らかな白銀の髪一筋さえ、外の塵に汚されるわけにはいかないんだ。すべては──君の安全のためなんだよ」
慈しむような、あまりに甘美な響き。
けれど一歩も譲らぬその拒絶。
呪文のように繰り返される「安全」という言葉が
今の私には「一生、僕の檻の中で朽ちろ」という宣告に等しく聞こえた。
やはり、正面からぶつかっても無駄なのだ。
私はテーブルの下、あらかじめ用意していた小さな琥珀色の小瓶を隠し持った手に、ぐっと力を込める。
後日
私は「いつも守ってくれる彼のために、感謝を込めてハーブティーを淹れたい」と申し出た。
ジェルは驚いたように、けれど愛おしい子供の成長を見守るような目を細めて、それを受け入れた。
私は彼のために用意された白磁のカップに、旧図書室の隠し棚の奥で見つけた
意識を朦朧とさせ、心の奥底にある本音を引き出すという秘薬『真実の雫』を数滴、密かに忍ばせた。
「どうぞ、ジェル。いつも私を支えてくれるあなたへ、私からのささやかな感謝よ」
心臓の鼓動が耳の奥で、鐘のようにうるさく鳴り響く。
ジェルは私の手からカップを受け取り、その温かな湯気を深く吸い込んだ。
「……いい香りだ。君の優しさが、僕の五臓六腑にまで染み渡るようだ」
彼は迷いなく、その琥珀色の液体を口に含んだ
……はずだった。