コメント
2件
座敷童の供養……? 口減らしで死んだ子供の供養としても、壊した時の声は……?
やがてガキンと、固い衝撃が走る。土の中から覗く苔色の石に、息が止まりそうだった。
「できれば墓石を傷つけないように掘り出そう。この柔らかさなら、手でも掘れそうだ」
優斗の提案を受けて、俺たちは素手で掘り出しにかかる。──なにも話せなかった。この墓が怖すぎて、気づけば俺は泣きながら掘っていたからだ。
怖くて怖くてたまらないのに、墓を掘る手が止まらなかった。この前みたいに、なにかに頭を乗っ取られているような感覚はない。ただこの墓の正体を突き止めないと、俺自身になにか降りかかる気がしてならなかった。
「出た、少し雨に晒そう! たぶん土が流れてくれるから……!」
言いながら優斗は手袋をつけて、カビ取り剤をつけたスポンジで墓石をこすり始めた。できるだけ元の状態に戻して、なにか書かれていないか確かめるつもりらしい。俺も同じようにカビを撫でたけど、こすり落とせるほど、力を入れることができなかった。
それでもだんだんと、石はキレイになっていく。雨で土が流れ、苔とカビが剥がされていくと、不意に優斗が手を止めた。
「──陸、これ」
呼ばれ、恐る恐る手元を覗き込む。
そこにあったのは小さな文字だ。少なくとも、三科家という字がすぐに読めた。
「これ、墓石のてっぺん……?」
「逆だよ、墓石の一番下の部分。ほら、台座にくっついてるところ」
「ああ」
一番風雨に晒されない場所だし、普通は彫刻なんてしない場所だ。誰も見ないところに、家の名前なんて書くはずがない。
だけどこの墓は不法投棄なんかじゃなく、元々三科家のものだったことがはっきりした。
「この周辺に、他に彫刻があるかもしれない。陸、手伝って」
「うん」
震える手で、墓石を磨き続ける。なにかあるなら早く見つかってくれと心から願いながら歯を食いしばる俺の目に、やがて文字が浮かんできた。
「……明治八年、座敷わらし、供養の、標?」
三科家という文字から少し離れたところに、はっきりとそう刻まれていた。
「標ってなんだろう」
「分からない……。写真を撮って帰って、賢人さんに見せよう」
ひとまず写真を撮り、他の部分もキレイに磨く。それでも他に文字は発見できず、疲れ切ってしばらく座り込んだあと、両手を合わせて墓石をそのまま置いておくことにした。
再設置するのも、埋め戻すのも、ためらったからだ。
ただ、俺たちがこの墓を埋めたから今回の事態が起きているんじゃないかという恐怖は、より強く襲いかかった。
無言で山を下り、三科家に向かう途中、優斗は唇を噛み締めて泣きじゃくっていた。
「……優斗のせいじゃないよ」
「うん、けど」
「出発前にも言ったろ、大おじさんのせいだって。俺たちのせいじゃない」
「でも、でもさ」
「優斗」
俺は優斗を責める気はない。優斗にも、自分を責めてほしくなかった。
優斗が自分を責めたら、俺もこの事件の発端を、俺の責任だと思えてしまうからだ。
どこまでも、俺は自分勝手だった。
「──こんな所に呼んで、ごめん」
「次それ言ったら、めっちゃ痛いデコピンするからな」
ついに立ち止まってしまった優斗の手を引いて、前に進む。
三科の家は怖い。だけど、あの山も怖い。どっちも怖い俺は、それでも人が多い三科の家のほうがマシだと信じて帰路を急いだ。
この日俺は、三科家のほうがマシだと思った。マシだと思ったんだ。
二日経って書き足している俺は、この日の俺を馬鹿だと言いたい。
どっちがマシかなんて、俺なんかが分かるわけがなかったのに。
三科家に戻った俺たちは、玄関先で茜さんからこっぴどく叱られた。少し気分転換してくると言って出ていった俺たちが連絡もなく一時間以上戻らなかったばかりか、ズボンの裾まで泥だらけにして戻ってきたからだ。
どこに行ってなにをしてきたのか聞き出した茜さんは、土砂崩れに巻き込まれたらどうするのか、なぜ事前に大人を連れて行く選択をしなかったのか強く叱った。
その理由を優斗はこう語った。大人たちも充分ショックを受けていて、俺たちに構うほど精神的な余裕があるように見えなかったからだと。それでも調べるべきだと思ったから決行したと語った優斗に、茜さんは泣き出しそうな顔で俺たちを抱きしめてくれた。
「気を遣わせてごめんね。だけどお母さん、こんな状況で二人にそんなことさせたくないの。ご飯も食べさせてあげられないのは本当に申し訳ないけど、もう一日。もう一日だけ我慢してちょうだい」
何度も謝る茜さんにどう言えばいいかも分からず、俺は口を閉じているしかなかった。
だけど自分の母さんと比べてしまったのは、ここにしか書けない正直な気持ちだ。母さんがもしここにいたなら、こんな風に心配してくれただろうか。電話口であんな風に、俺の話も聞かずに放り出した母さんも、この状況を見たら心配してくれたんだろうか。
考えてもどうしようもないけど、考えてしまう。
きっと母さんは、ここが座敷わらしの家で、幸運に守られてるから心配ないと思ったんだろう。でも、まだモヤモヤは消えてくれなかった。
ズボンを脱いで母屋に上がった俺たちは、賢人さんのところへ急いだ。当然、撮ってきた写真を見せるためだ。