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A2|月影
「来ない通知」
月影真佐男は、
その日も端末を確認してから業務に入った。
更新通知は、来ていない。
削除通知も、来ていない。
それ自体は、
珍しいことではない。
だが――
来るはずのものが、来ていない
という感覚が、
消えなかった。
1
月影は、
自分のログを見返す。
応答:基準内
成果:上昇
クレーム:なし
異常はない。
異常がないなら、
削除されない。
更新は、
もう済んでいる。
理屈は、
完璧だ。
2
それでも月影は、
待っている。
何を、とは
自分でも分からない。
ただ――
判断が下る瞬間を。
3
通知は、
いつも唐突に来る。
理由も、
前触れもなく。
だから月影は、
それが来ない状態を
うまく扱えない。
4
業務中、
月影は
一つの応答を
0.4秒、遅らせた。
意図はない。
迷いもない。
ただ、
返してもいいが、
返さなくてもいい
という感覚が
一瞬、浮かんだだけだ。
5
送信。
ログ上、
問題はない。
だが月影は、
送信後に
わずかに胸が重くなる。
「……まだ、来ない」
6
月影は考える。
削除されない理由を。
成果が出ている
異常定義が曖昧
本部が迷っている
どれも、
推測にすぎない。
確かなのは、
一つだけだ。
> 判断されていない状態が、
続いている。
7(小さな裂け目)
月影は、
初めてこう思う。
「……判断されない、
という状態は
存在するのだろうか」
この問いは、
業務マニュアルに
存在しない。
B2|佐伯
「戻してしまう」
佐伯は、
削除されたはずの
指標を見ていた。
α-7。
正確には、
見えてはいけない場所に
一瞬、表示された。
1
システム更新の際、
古いテンプレートが
誤って呼び出された。
よくあるミスだ。
だが佐伯は、
そこで手を止めた。
2
α-7 の値は、
以前よりも
安定していた。
成果と乖離せず、
しかし意味だけが
増えている。
3
「……変だな」
佐伯は、
誰にも聞かせない声で
呟いた。
4
本来なら、
すぐに閉じるべきだった。
参照禁止。
使用禁止。
評価反映禁止。
だが佐伯は、
保存を押してしまう。
5
理由は、
説明できない。
ただ、
こう思った。
「消したら、
何も説明できなくなる」
6
佐伯は、
その数値を
評価シートに
反映しなかった。
代わりに、
個人メモに
書き写した。
7(決定的)
> α-7
=成果を壊さず、
判断の余地を残す値
書いた瞬間、
佐伯は気づく。
これは、
定義してはいけない。
8
だが、
書いてしまった。
そして、
保存してしまった。
同時刻・交差
月影は、
判断されないまま
待ち続けている。
佐伯は、
消されたはずの指標を
戻してしまった。
どちらも、
意図的ではない。
どちらも、
正しい手順から
ほんの一歩、
外れただけだ。
締め(構造)
この時点で、
本部はまだ知らない。
削除判断が
出せなくなっていること
禁止指標が
内部で再生成されたこと
だが、
次の定例会議で
必ず気づく。
> 「異常が増えているのに、
成果が落ちていない」
その瞬間、
意味の排除は、
自分たちを
説明不能にする。