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「そりゃあ、おまえが悪いさ」とおれの親友はバッサリ切る。「普通に考えてさ、普通のサラリーマンがそんなにポンポン買えちまうのがおかしい。彼女が疑うのも当然だろうよ」
品川の居酒屋にて。カウンター席で親友と酒を飲む。彼、久我(くが)鍵斗(かぎと)とは中学からの同級生だ。おれの隠し持つへんてこな人格を知る数少ない理解者でもある。……何故、久我への相談が遅れたかというと。
彼には赤ちゃんがいるのだ。子どもは三人目。奥さんは働いているというから、日々どれだけ忙しくしていることか。想像に難くない。
『じゃあ、品川か東京で三時間くらいなら大丈夫だぜ』
おれの誘いに対し、おれの唯一ともいえる親友に、莉子とのあれこれを打ち明けたところ、 「おまえが悪い」の一声だ。
「女は、不安を抱きやすい性別だからな。安心させる材料を常に欲しがっている。……彼女、安心させてやれよ? プレゼントは季節の変わり目とか、誕生日。結婚記念日のときくらいにしてやれ。どのみち子どもが生まれるとイベント満載だからな。そっちに金も気も取られて、それどころではなくなる」
鍵斗の実家は金持ちで、いま住んでるマンションは全額彼の親が出してくれたそうな。おれからすれば羨ましいの一言である。流石におれとて、マンションを一括購入は……無理だ。
それでもおれが鍵斗と親友関係を続けるのは、やはり、彼が常識を教えてくれる貴重な存在だからだ。おれは自覚があるが……特に莉子の反応で痛感したが、世間ずれしたところがある。
この年でキツいことを言ってくれる友達はなかなかいない。莉子との紆余曲折を話すと、予想通り彼は莉子の味方をした。思うに、莉子との良好な関係を維持するためには、鍵斗を始めとする友達との交流が必須。でなければ常識のないおれは莉子を傷つけてしまう。
鍵斗からたっぷり、既婚者の心得のレクチャーを受け、帰宅すると、きみはもうベッドで寝ていた。
短く、キスを落とす。
「ん……遼一さん。おかえりなさい……」
「悪い。起こしちゃった?」
「ぎゅうってして……」ときみは笑う。「あなたのぬくもりに包まれるとわたし、安心して眠れるの……」
「お安いご用さ」
そして、おれはこの胸に誓う。二度と、きみを悲しませやしないと。
おれは常識を守り抜く。きみのために……狂った自分を矯正するために。
セックスなんか、なくとも幸せだ。眠るきみを抱くおれのこころは安堵に満ちていた。二度と、きみに悲しい涙なんか流させない。死ぬまで一緒だ。きみの真夏の太陽のような笑顔を守り抜く。そのためならどんな犠牲をも厭わない。
……莉子。
「愛している」
誰も聞くことのない愛の誓いは、孤独な夜の闇に溶けていった。
*