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放課後の教室。窓の外は、春の夕日でほんのり茜色に染まっていた。
「澪さん、進路希望調査票、まだ出してないよね?
もし、決まってないなら一緒に決めようか?」
担任の先生が、優しく声をかけてくる。
「進学か就職か、そろそろ考えておかないと。推薦の話もあるし⋯⋯」
「⋯⋯はい」
澪は用紙を受け取りながら、胸の奥がざわつくのを感じた。
(⋯⋯進路⋯⋯未来⋯⋯)
(私の未来って、どこにあるんだろう──)
その夜。澪は進路希望調査票を手に、縁側でぼんやりと月を見上げていた。
「澪さん」
朧が隣りに座り、そっと視線を合わせてくる。
「⋯⋯学校で、進路の話があって」
「⋯⋯そうですか」
「私⋯⋯どうしたらいいのか、わからなくて⋯⋯」
朧はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「澪さん。私たちは⋯⋯生きる時間が違います」
「⋯⋯え?」
「私は”妖”です。あなたが歳を重ねても、私は⋯⋯ほとんど変わらない」
「⋯⋯」
「あなたが年老いても、私は⋯⋯そのまま、あなたの隣にいる」
澪は言葉を失った。
(⋯⋯そんなこと、考えたことなかった)
「それでも⋯⋯」
澪はゆっくりと朧の手を取った。
「私は⋯⋯朧さんと生きたい⋯⋯。
朧さんが、私と一緒に年を取れなくても⋯⋯いつまでも」
「澪さん⋯⋯」
「未来のことなんて、まだわからないけど⋯⋯でも、今の気持ちは本物です」
「⋯⋯」
「だから、私は⋯⋯朧さんと⋯⋯”あなたと生きる未来”を選びたい」
朧の瞳が、静かに揺れた。
「⋯⋯その言葉が、どれほど私を救うか⋯⋯あなたには、わからないでしょうね」
朧は澪の手をそっと引き寄せ、その指に唇を落とした。
「私は⋯⋯あなたの選択を、誇りに思います」
夜になり、ふたりは、並んで月を見上げていた。
「澪さん。あなたが望む未来を、私は支えます」
「⋯⋯ありがとう、朧さん」
「けれど、もし⋯⋯
私と生きることであなたが何かを失うのなら──」
「そんなこと絶対にないです」
澪はきっぱりと言った。
「私は、何も失ってなんかいません。これからもです。
むしろ⋯⋯たくさんもらってばかりです」
朧は目を細め、澪の頬に手を添えた。
「⋯⋯あなたのような人に出会えたことが、私の奇跡です」
「⋯⋯私も、そう思ってます」
ふたりは、そっと額を寄せ合い、静かに目を閉じた。
その夜、ふたりは初めて”未来”という言葉を、同じ温度で口にした。