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謎の隣人×サラリーマン
桃さん
:黄家のお隣に引っ越して来た。
自由業で一人暮らし。
黄さん :実家暮らしのサラリーマン。 母親と二人暮らし。
!以前書いていたもののハイブリッドリサイクル。
知り合い以上友達未満で突然転がり込んできた桃さんと転がり込まれた黄さんの四泊五日のあいだのおはなし(謎)
一泊目。
午後10時25分。今日も今日とてお得意様との付き合いを終わらせ、くたくたになりながら自宅へ帰り着く。
「ただいまぁ〜」
「おかえりぃ〜」
「………………!?」
母さんに向かって言ったはずが、帰ってきたのは聞きなれない男の声。
思ってもみなかった事態に、俺は靴を片方脱ぎ掛けたままカチンと動きを止める。
……いやいやいや、何ださっきの声。
ここ俺と母さんの二人暮らしだよな。なんだ母さん男でも連れ込んでんのか、それもそれで怖いけども。
色々と物騒な考えは過るが、男たるもの逃げ出すわけには行かない。しかし、念のためいつでも外へは出れるように靴を履き直す。どうかお化けとか、幽霊とかだけは勘弁して下さいと心の底から祈りながら、覚悟を決めて恐る恐るリビングの方へ視線を向けると、
「ん、どしたん?」
するとそこには、強盗でもお化けでもなく、一応顔見知りの、そう言えば今日の朝にも見た顔が、ソファに横になった格好できょとんとこちらを眺めていた。
「………いや、なにナチュラルに人ん家のソファ寝っ転がってテレビ見てんだよ。」
「え〜?だって、お母さん自由に使っていいよーって言ってくれたけど?」
飄々と返すそいつは、先々月隣に引っ越してきた佐野という男。それからというもの、彼は事あるごとにうちに遊びにきては、母さんと親睦を深めるだけ深めて、最近ではとうとう本当の息子である俺よりも可愛がられている始末だ。
「…マジであの人、どんだけイケメンに弱いんだよ」
「え、仁ちゃん俺のことイケメンって思ってくれてんの?」
寝転がっていたソファからがばりと身を起こし、キラキラした瞳でこちらを見る佐野さんを、うんざりしながら適当にあしらう。
「あぁもうそうですねはいはいいけめんいけめん」
「んだよぉ、そんな雑にあしらうなや」
唇を尖らせる佐野さんをスルーして、改めて靴を脱ぎ、家の中へ入って室内を見渡す。
「てゆうか、その母さんは?」
「あぁ、お母さんなら習い事のお友達と温泉旅行行くって、昼出てった」
「…俺、聞いてないんだけど?」
「うん。だから仁人帰って来たら伝えといてって伝言頼まれた。えー…『仁人へ。お母さん言うの忘れてたけど、四泊五日で日光・鬼怒川温泉巡りに行って来ます。ご飯はなんか適当に食べといてください。by母』」
佐野さんが読み上げるメッセージを聴きながら、何だか脱力感が込み上げる。四泊五日て、なかなかな長旅やないかおい。
「我が母親ながら自由すぎんだろ…」
「『P.S. なんか朝佐野くんに会って、お家大変って聞いたから、うち自由に使っていいって言っておきました。若いお2人で仲良く過ごして下さい。お土産楽しみにしててね』」
「はぁ………って、はあぁ!?」
脱力感で危うく聞き流すところだったが、P.S.の内容が意味不明過ぎて堪らず大声が出る。
「お前のお母さんマジおもろいよな」
母さんが書いたんであろうメモ書きをひらひらと振る佐野さんに向かって、俺は慌てて問いただす。
「いやいやちょっと待ってよ、一体どう言うこと?!」
「どう言うことって…」
佐野さんは首を傾げると、ソファの上でもそもそと正座になってから、ぺこりと頭を下げた。
「末長くよろしくお願いします?」
「バカじゃねぇの?!」
電光石火で近づきその頭をバシンとド突いてから、俺は仁王立ちで佐野さんを睨み付ける。
「で?どう言う事だって聞いてんだけど?」
「…いや、これには深い訳があって…」
叩かれた頭をさすりながら発せられた佐野さんの声が、思いの外暗く沈んだものだったから、少しだけたじろぐ。
「…なんか、そんな深刻な理由が…」
「ちょーっと払い込み行かないうちに、電気と水道とガス止められたんだよねぇ」
「それ完全に自業自得だろ!」
馬鹿馬鹿しすぎる理由に、俺は佐野さんの頭へもう一発左手を叩き込む。それにもめげず、佐野さんはライフラインを止められていかにショックだったかを滔々と語り出した。
「お前に分かる?!あの、帰って来たら電気付かねぇ上にトイレまで流れなかった時の絶望感!俺、膝から崩れ落ちたんだけど!」
「知りませんけど。てかんなもん、払い込んだら一発で解決すんじゃないの?」
「払い込み票どこ行ったかわかんねぇ…」
「ズボラ過ぎんだろお前!」
呆れてものも言えないとはこう言うことかと、確か2個上だったはずの整った顔を見下ろして、初めて実感する。
「とりあえず、電気とガスと水道会社に連絡して、払い込み票もっかい送ってくれるよう頼んではあるから。だからお願いっ!払い込み票届くまでここに置いてくださいっ!」
ソファの上で両手を合わせて頼み込む佐野さんに、俺は苦い顔で断固拒否する。
「ごめんなさいすごく嫌です。」
確かに、ちょいちょいというか、頻繁に家へやって来ていたから敬語からタメ口で話すようにはなったものの、現状知り合い以上友達未満な佐野さんをハイそうですかで泊めるのはいかがなものか。というか、
「友達んとこ泊めてもらったらいいじゃん」
「引っ越したばっかだから無理!てゆうか、そもそも友達なんていねぇし」
「そんな悲しいカミングアウトされましても」
「ほんとなんだからしゃーねぇだろ!だからもう頼れんの仁ちゃんしかいねぇんだよ。なっ?だからお願いっ!」
「嫌だって言って…」
「お願いお願いお願いお願いお願いっ!」
お願いを大声で連呼して、諦め悪くじりじりとにじり寄ってくる佐野さんに、とうとう根負けして頷く。つかめっちゃうるさいわこいつ今何時だと思ってんだよ!
「あーあー!もう分かった分かった!分かったから大声で騒がないでください!」
「マジで?!やった助かったーー!」
子どものようにガッツポーズして喜ぶ佐野さんを前に、俺は深い深いため息をつきながら、がっくりと肩を落とす。
こうして不本意ながら。
ズボラな隣人、佐野さんとの四泊五日の共同生活がスタートしたのだった。
next.
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