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放課後。
教科書や筆箱をバッグに詰めて教室を出ると、1人の人影が目に入った。
「青野君。」
思わず声が出た。
昨日の話だと…確か、黄瀬戸黄喜ちゃんに呼ばれてるんだっけ。
ちょっと気になるな……
2人には悪いけど…
私は青野君についていった。
カツカツと足音の鳴る中央階段も、そろりそろりと進む。
私は屋上の入口のドアからこっそりと顔を出すと、屋上に来たばかりの青野君に駆け寄る黄喜ちゃんの姿がいた。
「で、なんだよ?」「あ、あのさ……」
その瞬間、ビビッと体の中で感じるものがあった。
黄喜ちゃんの言う事がなんとなく分かった気がした。私は2人気付かれないようにそろりと中央階段を降りて、下校した。
家に帰ると、いとこの赤井茜さんに電話した。
茜さんは私よりも3つ年上で、亡くなった姉さんと仲も良かった。そんな茜さんに聞きたいことがあった。
「も、もしもし。茜さん。」[望雲ちゃんじゃん。どうしたの?]「ごめんなさい突然。あの、姉さんって、「ピアノソナタ第11番」が好きでしたよね。」[あぁ、そうね、百々子ちゃんよく弾いてたわ〜。最後の発表会でも弾いたらしいね。]「……そうですね。」
思い出したくはなかった。
あの日あの時に来たメールは、今でもとっている。
[百々子がバイクにひかれました]
その時の会場は、家から歩いて数十分ほどのところにあったので、あの日、姉さんは母さんと歩いて会場に行った。
発表会は無事終わったそうだが、母さんは発表会に参加した人達の付き添いの人達の長い長い会話に入れられて、姉さんを先に家に帰らせたそう。近くにいた人の話によると、姉さんは小さい子供達が横断歩道を渡っている時に、バイクがなぜか信号無視で向かってきたところをかばってひかれたらしい。
即死というわけではなかったみたいだが、姉さんの体は衝撃に耐えることができなかった。
かばわれた小さい子供達は無傷だったみたいで、当然、バイクに乗っていた運転手は逮捕された。私はバイクの運転手と、その時横断歩道を渡っていた子供達を恨みに恨んだ。
「この子がかばってくれたおかげで、この子は無傷で済みました。ありがとうございます。」
子供の親は言った。
母さんや父さんはショックの上に姉への感謝を投げかけられ「いえ…」と重々しく返していた。
でも、私は心の底から怒りの炎が飛び交っていた。
「おかしいよ。」
ぼそっと出た低い声は、子供や父さん母さんの視線を私に向けた。
「そもそもなんで小さい子供を子供だけにしておくんですか?なんで保護者がついていないんですか?なんで、見ず知らずの人間はかばわれて無傷で済んで「よかった。」で姉さんが死ぬのよ。意味わかんない。」
話せば話すほど怒りの炎は大きくなっていく気がした。
「ちょっと望雲。落ち着きなさい。」
母さんが私を落ち着かせようとした。いわゆる火に水をかけるつもりだったのだろう。でも、水は油だった。
「この状態で落ち着けるやつがいたらよっぽどの超人だね。」
母さんは言葉を詰まらせる。
私は、親をみている子供をギッと睨んで、誰にも聞こえない低い声で子供をののしった。
「姉さんじゃなくてあんたが死ねばよかったのに。」
それからのことはピアノの練習に打ち込んだこと以外あまり覚えていない。
今でもよく姉さんのことを考えて、ぼーっとすることがあると思う。
姉さんを失ったという波紋が、今の私にも届いているのだろう。
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