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ある種の宗教団体かと思うほど、熱心に祠を参拝するオカルト研究会。田辺野乃葉は祠から感じるという尊い気配とやらのことを、部員達へ語り始める。美琴にはその話し方はなんだか芝居ががかっているように見えたが、誰も指摘する人はいない。
「神の使いのような存在かしら。包み込むような優しい光が祠全体から漏れ出てるのを感じるわ」
何かの周波を計測するっぽい装置を取り出したり、スマホで祠を撮影しようとした部員へは、ゆっくり首を横に振ってから諭す。
「そんな人工的な物に閉じ込めようとしないで、自分の眼の奥にしっかり焼き付けるべきよ」
寺社仏閣に対しての礼節をこんな小さな祠で説き始める。ここが本物だと刷り込まれている部員達が、妙に納得した顔をしていたのがおかしくて堪らない。
ずっと平静を保ちつつ、一行を一歩後ろから監視していたツバキがようやく口を開く。
「こちらに詳しい方を離れの方にお呼びしておりますので、是非お会いになられませんか?」
そんな予定は無かった学生達は、少し驚いた顔を見せたが、研究会としてはより詳しい情報が得られるのならと頷き合う。
――詳しい人って、誰だろ? 祠を建てた人とかかなぁ?
ツバキからも祖母からもそんな人の話は聞いたことがない。美琴はアヤメとゴンタを見ると、二体とも事情を知った風に含み笑いを浮かべているだけで何も教えてはくれなかった。
妙に気になってしょうがない美琴は、オカルト研究会のメンバーに紛れて離れにある和室スペースへと入る。朝から他の来客は無かったと思っていたが、中では美琴もよく知った顔が真知子と向かい合ってお茶を啜っていた。
「あ、マリーさん……」
オカルト研究会に会わせるために呼んでいるというのは、タヌキ占い師のマリーのことだった。マリーはライトグレーの厚手のタートルニットで少しモコモコしていて、相変わらずスカートの裾からは太くてこげ茶色の尻尾を覗かせている。
確実に視界に入っているはずだが田辺にはやっぱりマリーの尻尾も視えていないみたいで、全く反応を示してない。ただ、オカルト好きと占いは通ずるものがあるのか、人気占い師のことは知っていたみたいで顔を高揚させながら驚きの声を出していた。
「マ、マリー先生……⁉」
「あら、お会いしたことがありました?」
「はい、以前に占っていただいたことがあって――」
祠と対峙した時の嘘くさい反応とは違い、本気で目をキラキラさせて声も興奮気味に上ずらせる。そんな田辺の様子を、真知子が向かいからニヤリと小さく微笑んだのを美琴は見逃さなかった。あれは何かを企んでいる時の顔だ。だって、家の祠の専門家がタヌキ占い師な訳がない。マリーとはつい最近知り合ったばかりなのだから。
ゆっくりと腰を上げながら、真知子はマリーと小さく目配せしてから言う。
「それじゃあ、知りたいことがあればマリー先生とやらへ、好きに尋ねるといい」
「お任せください」というように、化けタヌキは微笑みつつ頷き返している。既にいろいろと打ち合わせ済みみたいだ。
遠慮がちに和室スペースへ上がった学生達は、占い師を取り囲むように座っていく。マリーの真正面に座った田辺は、占い師と祠がどう関係しているのかとやや困惑している風でもあった。
「祠のことをお話する前に、少し気になることがあるんです」
そう言ってから、オカルト研究会の部員達のことをマリーはしばらく黙って見つめ、様子を伺っていた。多分、オーラを見ているフリをしながら彼らの匂いを嗅いでいるのだ。美琴は一緒に嗅がれないよう、密かに一歩だけ退く。
「……あなた、今とても大きなことを抱えているわね」
マリーは真剣な表情を作りながら、田辺のことをじっと見据える。そして、わざとらしいほど大袈裟に、困惑した顔をしてみせる。いきなりそんな表情を信じている占い師から突きつけられて、田辺が一気に不安を露わにする。
「このままでは、あなたの将来をダメにしてしまうわ。周りに正直であろうとしなさい。そうでないと、嘘偽りのない世界から、あなただけが放り出されてしまう」
「え、そんな……」
「でも、大丈夫。今ならまだ、あなたの居場所はちゃんとあるわ。本当のあなたのことを認めてくれる人は必ずいるのだから信じて」
噓偽りのない世界から放り出されてしまう。つまり、虚言を止めて本当のことを言いなさいというマリーの言葉に、田辺は正座したまま俯いて小刻みに震え出す。視えないものを視えると言い張って、部員達どころか世間まで振り回し始めている自覚はあるみたいだ。もう後戻りできないところまで近付いていると脅され、一気に恐怖に襲われ始めたようだ。
部長の様子が急に変わったことに、部員達がオロオロし始める。
「……ごめんなさい。さっきの祠の話は全部ウソ。霊視なんてできないし、卑弥呼の生まれ変わりっていうのも、全部……」
顔は上げず涙声での告白に、学生達は互いの顔を見合わせながら動揺している。信じていたことが嘘だったということよりは、どちらかというと目の前で女子が泣いていることに慌てている風に見える。あまり異性の扱いには慣れていない集団だったみたいだ。
「学部棟の非常階段だって、本当は何も感じなかったし……結城君の背後霊とか、聞かれても分かんないし。適当にお婆ちゃんって言っただけで……」
しばらくは、田辺が彼らに付いてきた嘘をぽつりぽつりと順に小声で打ち消していくのを、静かに聞くだけの時間が過ぎる。マリーはそんな彼女の姿を穏やかな笑顔を浮かべながら黙って見守っていた。
別に、田辺野乃葉のことを批難しようとする人は誰もいない。
「まあ、オカルトなんてのは、大抵がそういうものっすよね。誰かの嘘とか、大袈裟に言ったこととかが出回って、広がってって」
「基本的に俺ら、そういうのを解明するのが好きなヤツの集まりっすからね。自分からネタを提供したがる気持ちも分かるっていうか」
「そうそう」と頷き合っているオカルト研究会の中には、まだ田辺の居場所はちゃんとあるようだ。「ごめんなさい」と泣きじゃくっていた田辺は、どこかすっきりした顔を上げた後、不器用な笑顔を部員達へと見せた。
そんな彼らの様子を一緒に覗き見していたアヤメが、少し呆れた風に呟いた。
「イカサマにはイカサマを、っていうことや。真っ向から正論をぶつけたって勝負にならへんもんな」
当然、マリーが占ったことは全てデタラメだ。嘘にはそれを上回る嘘を。