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「……お母さん」
千紗がそう呼ぶと、琴葉がわずかに首を傾げる。思いのほか声が固くなってしまったことを敏感に察したらしい。琴葉は、何事だろう? という顔をしていた。
「なぁに?」
それでもほわりとした声音で問いかけてくれたのは、千紗が話しやすくするためだろう。
「――あの、お父さんは?」
「書斎だけど……呼ぶ?」
優しく問いかけてくれる。
「うん。――二人に話があるの」
千紗が頷くのを見て、琴葉は机上に置かれた呼び鈴を鳴らした。
澄んだ鈴の音に、すぐさま先ほど千紗にタオルを手渡してくれた執事がやってきて、「お呼びでしょうか、奥様」と丁寧な所作で用向きを尋ねる。
「悪いんだけど主人を呼んできてくれる? 書斎にいると思うから」
「かしこまりました」
頭を下げて出ていく執事を見送って、琴葉が言う。
「とりあえず、鞄を置いて……座ったら?」
言われて初めて、千紗は自分がギュッと鞄を握りしめたままなことに気が付いた。
やがて父・一誠がリビングへやってきて、琴葉の隣へ腰かける。
千紗と、ローテーブルを挟んで向かい合わせになる形だ。
「どうした?」
千紗を見つめる一誠の、眼鏡越しの瞳はとても穏やかで、声も柔らかい。
一誠の隣では、琴葉も優しい眼差しで千紗を見つめていた。
そんな二人のおかげで、千紗は少しだけ肩の力を抜くことが出来た。
けれど。
今から自分が口にすることで、この心地よい空気が乱されてしまうかもしれないと思うと怖かった。
「あのね、お父さん、お母さん……」
千紗は二人を真っ直ぐ見る。外で待ってくれている良介のことを思うと、瞳を逸らして誤魔化すことだけは出来ないと思った。
「私……角宮家との縁談を解消したいの」
一瞬、部屋の空気が止まったのが分かった。
琴葉の目が大きく見開かれる。
「千紗――」
「私っ」
千紗は口を挟みかけた母親の声に被せるように続けた。
逃げない。
ちゃんと、伝えないといけない。
「お付き合いしている人がいるの」
「……」
「自分で選んだ人……。私、その人と一緒にいたい」
両親が何も言ってくれないことが苦しい。
心臓がうるさいくらいにドクドクいっている。緊張で喉が渇いた。
怒られるかもしれない。
反対されるかもしれない。
そう思って、太ももに乗せた手にギュッと力がこもる。
だけど――。
「そうか」
一誠が反対するでもなく、一言、そう言った。思いのほか穏やかな声だった。
「分かった」
「……え?」
余りにあっさりと頷かれて、千紗は固まってしまう。
そんな娘を見て、琴葉が小さく微笑んだ。
「そうじゃないかな? ってお父さんもお母さんも何となく思ってたの」
「気付いてたの……?」
「バカねぇ。何年あなたの親をやってると思ってるの? ――ねぇ、あなた」
「ああ」
「……いい、の?」
「うーん。簡単に『はい、OKよ?』って言ってあげられないのは、千紗も分かってるでしょう?」
「……」
鷹槻れん

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コメント
2件
どうなるのかな。
みぅ🤍🥀です。 「逃げない。ちゃんと、伝えないといけない」──千紗ちゃんのその覚悟、すごく伝わってきました。握りしめた鞄とか、心臓の音とか、緊張の描写がリアルで、こっちまで息を止めて読んでました。それに両親が「そうじゃないかな?って思ってた」って、ちゃんと見ててくれたのが温かくて……。良介くんの待つ外の空気も含めて、この家族の距離感がすごく好きです。