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目を覚ますと、豪華だが冷たい調度品に囲まれた寝室だった。壁にかけられた大きな鏡に映るのは、確かに俺だ。だがその姿は、かつてスマホ画面越しに見たあの『冷酷非道な暴君・レオナルド』そのものだった。
黒髪赤眼。鍛え上げられた肉体は剣士のそれでありながら、どこか危険な獣じみた気配を纏っていた。肌に触れると感じる。全身の細胞が違う。俺の中の魂だけが異物なのだ。
(マジで……転生しちまったんだな)
頭痛と共に蘇る断片的な記憶。大学帰り、交差点でトラックに跳ねられた瞬間。そして意識を取り戻すと同時に洪水のように押し寄せてきた、この身体、レオナルドの過去の記憶。
母なる女王が魔族によって惨殺された夜の悲鳴。「お前だけでも逃げろ」と叫ぶ衛兵たちの顔。王都ゼノンを追われ、森で彷徨った十日間。そして出会った老人と契約したあの儀式。
(くそっ……まただ)
右腕が勝手に痙攣する。内側から熱いものが脈打っている感覚。闇の力が蠢いているのだ。喉が渇く。血が……魔族の血が欲しいという誘惑が、粘つく毒蛇のように這い上がってくる。
コンコンッ
「陛下?起きていらっしゃいますか」
ドアの外からの若い男の声。この口調とタイミング……そうだ、「近衛騎士団長アルバート」だ。ゲーム序盤から付き従う忠臣であり、後に裏切られて殺される運命の人物。レオナルドの記憶がそう告げていた。
「……入れ」
返事をすると、金髪碧眼の青年が恭しく入室してきた。鎧姿だが、腰には既に帯刀していない。これが普通なのだ。彼はすでに私の剣となるべく忠誠を誓っている。
「おはようございます、陛下。朝食の用意ができております」
「……魔族どもはどうしている?」
「斥候隊より報告がありました。東部国境に小規模集落を形成中とのこと。推定五十名前後です」
ゴクリと唾を飲む音がした。自分の喉からだ。東方の小規模集落攻略……これはゲーム序盤のチュートリアルダンジョンに当たるイベントではないか?
(ここで間違いなく”初陣”を迎える。ルークと初めて対峙するのはまだ先のはずだ……)
「よし。出撃する」
「今すぐですか!?しかし陛下のお体はまだ……」
「問題ない。私が直接指揮を執る必要がある」
内心の激しい葛藤があった。ゲーム知識を持つ転生者の優位性を活かすべきか。それともゲーム通りに進めるべきか。いや、そもそもルーク=光の騎士としてこの世に誕生しているのか?
だがそれ以上に強い衝動があった。レオナルドの奥底に眠る原初的な怒り。母親を殺された少年時代の憎悪が、俺の理性を凌駕しようとしている。
(落ち着け……まずは確認だ)
「魔族の集落には何があると報告されている?」
「主に食料庫と武器製造所の痕跡あり。ですが最も重要視すべきは……奴らの呪術師が何かを呼び寄せているという未確認情報です」
(呪術師だと?)
ゲーム本編にはそんな設定はなかったはずだ。シナリオ改変?あるいは俺の存在が引き起こしたバタフライエフェクトなのか?いずれにせよ確かめる必要がある。
「ならばなおさら急ぐ必要がある。三十分以内に出発する」
「御意!」アルバートが一礼して退出すると同時に、俺は窓辺に歩み寄った。
眼下に広がる漆黒の要塞都市ルミナーガ。ゲーム上で何度も破壊した舞台が、今は我が玉座となった。ふと右手を見れば、そこにはもう一つの視界があった。
【闇の刻印LV8】
・現在HP: 487⁄621
・MP: 0/∞(常時回復)
・装備:漆黒の魔剣(魔属性ダメージ+20%)
・スキル:<闇裂刃><死霊召喚Lv3><影渡り>
(やっぱり……ステータスウインドウが見える)
まさにゲーム仕様だ。しかも今のレベルは思ったよりも高い。ルークとの初期レベル差を埋められそうな予感がした。しかしそれ以上に恐ろしいのが「MP」欄だった。
(無限……ってことは魔力切れなしってことか。まさにラスボス級じゃねぇかよ)
しかし数字の上昇に比例して、心臓の鼓動が速くなる。闇の力が活性化すればするほど、魔族に対する殺意も膨れ上がるのだ。まるで中毒患者が禁断症状に耐えきれなくなるように。
「おい」
誰もいない空間に向かって低い声を投げる。
『なんだ?』
脳内で直接響く嗄れた声。ゲーム内では「闇の眷属」と呼ばれている意思だ。プレイヤーであるルーク達にとっては最後まで倒すべき敵であった。
「本当に母上の仇を討てるのか?」
『愚問だな、レオナルド。お前の闇は純粋な怒りの結晶だ。血を捧げ続ければ我々の主神アズモデウス様も必ず応えてくださるだろう』
不気味な笑い声が共鳴する。嫌悪感が胃を締め付けた。こいつらを利用しなくてはならない。でも絶対に飲み込まれてはいけない。
「ならば証明してもらおう。俺が一番望む形でな」