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後ろから急に手首を掴まれバランスを崩す。
驚いて後ろを振り返ると、樹が何も言わず私を見つめたまま手首を握り締めて いた。
その瞬間と同時に樹がドアを閉めるボタンを押して気付けばエレベーターはそのまま上の階へと動きだしていく。
「ちょっ・・!何してんの!?」
「何って。降りようとしたの引き止めただけ」
「引き止めたって・・・。他の人にバレたらどうすんの!?」
「別に。オレはバレても全然構わないけど」
樹は動揺もせず何でもないかのように平気でそんな言葉を返す。
嘘つき。
婚約するくせに・・・。
私の存在バレたら都合悪いのそっちじゃん・・・。
「昨日・・なんで電話でなかったの?」
あっ・・・そうだった。
夜中、樹から電話あったんだった・・・。
「もう・・寝ちゃってたから。折り返すタイミングなかっただけ」
気持ちがバレないように当たり障りのない言葉で誤魔化す。
そしてエレベーターが最上階に到着。
「ホラ。樹エレベーター着いたよ。手放して。私また自分の階まで降りなきゃ」
「話まだ終わってない」
「話って・・別に何もそれ以上ないし」
「とりあえず話しよ。一緒に来て」
そう言われて掴まれた手を放してくれないまま、そのまま引っ張られて一緒にエレベーターを降りる。
「ちょっ!何考えてんの!私これから仕事なんだけど!」
「まだ時間早いでしょ。まだ出勤時間まで随分時間ある。ってか今一番会社で決定権があるオレがいいって言ってんだから」
それを言われると何も言い返せない。
とりあえずそのまま引っ張られて社長室に一緒に入った。
「ねぇ。とりあえず手放して・・」
樹がようやくゆっくり手を放す。
ケンカもしてないのに、なぜお互いこんな雰囲気になってしまってるんだろう。
「どしたの・・・?樹・・」
「そっちこそ・・・。オレに話あるんじゃない?」
やっぱり・・樹も多分私と同じ何かを気にしてる。
「何が?何もないよ。変なの。せっかく久々に会えたのに、やだな~。こんな雰囲気」
私はまだ自分から聞く勇気が出なくて、咄嗟に誤魔化して結局逃げる選択をしてしまう。
そして樹にその気持ちが伝わらないように、あえて明るく接する。
「透子、いいよ。無理しないで」
だけど樹はやっぱり何かを勘付いていて、誤魔化す私の嘘もすぐに見抜く。
「何、が? 別に全然無理なんてしてないよ?」
今忙しい樹に自分の気持ちだけを押しつけたくない。
「聞いたんでしょ?」
「なんの、こと?」
この流れ、もしかして樹から今話してくるつもり?
「昨日、修さんから電話もらって話聞いた」
修ちゃん・・樹に話したんだ・・・。
「そっか。修ちゃんから聞いたんだ」
だけど樹を困らせたくなくて明るく振る舞う。
「だから、昨日それ聞いて夜中だけど、いてもたってもいられなくてすぐ電話した」
だから、あの時間か・・・。
私帰ってから修ちゃん電話したんだ。
それで樹その話聞いてから電話して来たってことか・・。
「おめ、でとう! 婚約なんて全然知らなかったからビックリしちゃった!それならそうで言ってくれたら、最初から邪魔したりなんてしないのに~」
そんなこと全然思ってもいないくせに。
おめでとう、だなんてホントは言いたくない。
だけど今の自分は現実を認めたくなくて、惨めになりたくなくて、そんな言葉を告げるしかなくて。
泣いてすがって気持ちぶつけたり罵ることが出来たなら、ホントはきっとそっちの方が楽かもしれないのに。
だけど、やっぱりまだ私は樹に嫌われたくなくて、この関係をまだ終わらせたくなくて、理解あるフリをする。
「それ本気で言ってんの・・?」
少し呆れているのか怒っているのか冷たく樹が言い放つ。
「だって、私邪魔でしょ・・・。誰がどこから聞いても私の存在そもそもおかしいし。婚約者がいるなら付き合ったりなんてしなかったよ・・・」
せっかく理解ある大人な余裕な女でいようと思ったのに。
気付けばやっぱり本音が口から出てしまっていた。
「邪魔なワケないし。オレが好きになって透子が付き合ってくれた、ただそれだけ」
「それだけなワケないじゃん・・。てか、なんでそのこと言ってくれなかったの・・?」
それを言わなかった樹がズルい。
それをちゃんと知っていたら、きっとこの関係も始まらなかった。
「言う必要ないって思ったから」
「は・・? 何それ?ズルくない? 結婚するまでの都合いい関係ってやつ? それ酷過ぎるよ・・・」
「なんでそうなんの? オレそんなこと一言も言ってないよね?透子とのことそんな風に一度も思ったことない」
「どうだか・・・」
ダメだ。
どんどん嫌な女になっていってしまう。
もうこれ以上話したくない。
「言う必要ないって思ったのは、透子に余計な心配かけたくなかったから」
「余計な心配って、婚約するのにそれ矛盾してない!?」
「結婚はしない。だから婚約もしない」
「・・・え?どういうこと?」
ちょっと待って。
樹の言ってる意味が理解出来ない。