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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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ディスカッションを免除された翌日。

俺はふかふかのベッドから起き上がった。


どんなに立派なベッドで眠っていてもよく寝られたとは言えない。


昨日のどんでん返しのディスカッションは信じられないものだった。


あんな討論が存在するなんて……。


自分がもし同じような状況になったら……そう考えるだけで背筋が凍る。



でも瑛人はあまり驚いた顔をしてなかったな。


手を顎にやり、うんと2回ほど頷くと、興味を持つような視線を藤崎に向けた。


そして最後に漏らした言葉。それも引っかかった。


『面白いな……』


それはどういう意味で言ったんだろう。


ゲームが面白いと思った?

それとも藤崎という人間が?


少し口角が上がっていたような気さえする。


どちらにしても共感は出来ない。


瑛人はそんなタイプではないと思いたいけど疑ってしまう。

ディスカッションを楽しんでいるのではないかと。


今までずっと考えてこなかったが、このディスカッションに疑問を感じていないヤツもいるんだよな。


まるでゲームかのように、楽しんでいるようなヤツ。


瑛人はそんなやつじゃないと信じたいが……。


けっきょく部屋を出た後、瑛人は自分の部屋には戻らず「少し周りを見てくる」なんて言って去ってしまった。


何かあったら危ないと止めたけど、ルールさえ守れば大丈夫なんて呑気なことを言って、走っていった瑛人。


あの後ちゃんと部屋に戻ったのかな。


そんなことを考えながら、俺は用意された朝ごはんを食べた。


相変わらずVIPルームは豪華で朝からコース料理がふるまわれた。



部屋にはドライヤーが備え付けられていて、髪のセットも出来るように、ご丁寧にワックスなんかも備え付けられている。


何もないあの部屋とはまるで違う対応だった。


しかし、忘れてはいけないことがある。



それは、ディスカッションの免除は1回のみということ。


今日からは俺たちも参加しなくてはいけない。


気持ちはついていかないが、こうやってしっかりと食べられる分、自分の精神を安定させることにもなるだろう。


そのことを考えれば、今日のディスカッションは他の人と比べて有利だ。


人よりも休むことが出来たのだから。


「頑張るしか……ねぇよな」


俺はそんな甘いことを考えながら食事を終えたのだった。



後からその考えが間違いだと思うことも知らずに――。



**



全てを済ませ、部屋を出ると、時計のボタンを押して指定の部屋に向かった。



今日の部屋番号は【12】番。

いつも通り早めに部屋に向かうと、中には人がひとりだけいた。



ずいぶん早いな……。

雰囲気を作るところからディスカッションが始まっていると、相手も思っているのなら厄介な相手になりそうだ。


「こんにちは」


俺が部屋に入ると同時。

そう声をかけた人を見て、思わず声が出そうになった。


「……っ、」


嘘だろ……。

目を見開いて映した人物は昨日、しっかりと目に焼き付けたアイツ、藤崎だった。


おいおい、さっそくかよ。

一緒になりたくないと思えば思うほど、当たってしまう。


冷や汗が垂れる。


「こんにちは。キミは何君?」


昨日見られていたというとも知らず、藤崎は笑顔で聞いて来た。


「俺は朝井良樹。よろしく」


「藤崎優馬です。よろしく」


この笑顔の裏ににやりと笑う顔が隠されているかと思うと背筋が凍る。


俺は、昨日モニターからディスカッションを見ていたこと、VIPルームでディスカッションが免除されていたことを悟られない方がいいと思い、当たり障りない話をして過ごした。


しばらく話しているうちに、ぞくぞくと人が入って来て、自然と会話は途切れた。


俺は自分の名前が書かれている席に座る。


藤崎とは対面の席だ。

どうするべきか今のうちに考えなくてはいけない。


もし藤崎が昨日の作戦通りやろうとするなら、俺達は皆殺しだ。


どうにか阻止しなければならない。

だけどアイツを敵にして勝てるとは思えない。


クッソ……どうする。

ぐるぐると考えていた時、ブザーが鳴った。



「制限時間になりました」


「今現在、部屋に入っていない人を射殺します。射殺の対象者は2名です」


2名……。

俺はごくりと唾をのんだ。


直近のディスカッションではいなかったのに。

そう思ってモニターを見つめると、モニターは2分割にされ、銃を持った覆面の男をそれぞれ映した。


そして一人の覆面と、もう一人の覆面は別々のある部屋へと入って行く。


「……っ、ウソだろ」


それは俺も見慣れた部屋だった。


豪華に飾られた部屋。

整った装備。豪華な食事。


食事が置かれているのにも関わらず、それを口にした様子はない。


どちらの画面も部屋は違えど、同じ様子を映している。


マズいことになったな……。


そして朝、俺も寝ていたふかふかのベッドが映される。


そこで寝ていたのは、一昨日ディスカッションで同じグループだったヤツらだった。


バンっと大きな音がする前に目をつぶる。

俺はモニターの電源が切れる音がするまで目をつぶっていた。


モニターに映った様子は同じ。

どちらもベッドで寝ていた。


要はVIPの部屋を与えられた人達がディスカッションに寝坊したのだ。


ぱっと顔を見た限り、昨日のディスカッション見学には来ていないヤツだったと思う。


すると俺の隣に座っているヤツがポツリとつぶやいた。


「いい様だな。VIPルームを与えられて調子に乗っているからそうなるんだ」


どきり、と心臓が鳴る。

恐る恐る顔を見れば、ガタイのいい男が座っていた。


バクバクと心臓が絶えずなり続ける。


ここではVIPルームだったというだけでディスカッションが不利になる気がする。


俺は自分もVIPルームだったことを悟られないよう自分に落ち着けと言い聞かせた。


大丈夫だ。

言わなければバレたりしない。



「それではゲームを開始します。議論の時間は50分。議論のテーマは〝幸せを定義せよ”です。話し合いを始めてください」



幸せを定義……。

また難しいお題持ってきやがって……どうやってそんなもんに答えを出してけって言うんだよ。


議論がスタートすると、さっそく自己紹介が始められた。


今回は男子3人、女子4人の7名。


俺の左隣に座るのがガタイのいい男、新庄あきら。

右隣に座るのは黒髪でショートカットの佐山りん。


その隣がうつむいていて大人しそうな江川ちひろ、そして藤崎。


藤崎の隣は篠山冷夏。

この子は語尾が強く、気が強そうな印象を受けた。


そしてその隣が福山美優。

彼女は親指を噛みながら自己紹介をする特殊なタイプだった。


まだ名乗っただけでは分からないが、今回も厳しいディスカッションになりそうだ。


「それじゃあ幸せを定義していきましょう」


案の定、最初に言葉を発したのは藤崎ではなく気の強そうな【篠山冷夏】だった。


藤崎はしばらく黙っているだろうな。


恐らく、この間と同じように自分の経った一言にインパクトを持たすために。


どうする……。

どうやって進めるべきだ。


ディスカッションは初めに話し始めた【篠山冷夏】が司会として議論が進んでいき、みんなそれぞれが思う「幸せについて」を発表し始めた。


発言は、皆ここまで勝ち上がって来ただけあり、かなりしっかりとした意見だった。


みんな自分が思う幸せについて述べ、その後に理由。

そう思ったエピソードまでつけて話している。


ディスカッションの質は高いと思うが、今回はそれじゃダメだ。


藤崎がいる限り、ヤツが何をしようとしているのかを理解して、止めなければどんなにいい発言をしてもひっくり返されてしまう。


そうなれば皆殺しだ。


どうしたらいいんだ……。

俺は議論に集中することが出来なかった。


何度も昨日見たどんでん返し議論が思い出される。


クッソ……。

幸せについてそれぞれ意見を出したが、藤崎だけは意見を述べていない。


挙手制にしたのはまずかったかもしれない。


せめて順番だったら、話さざる負えない状況に持ち込めたのに。


もしかして俺はもうすでに重大なミスをおかしたんじゃないか?


自分が司会をやれば思うように議論を進められたのに、それをしなかった。


藤崎がどんなことをするヤツか知らない人は対策なんて練らず、コツコツと意見を集めて進めていくに決まっているのに。


クッソ……。

やっちまったかもしれねぇ。


俺が頭を抱えた時、突然藤崎が話はじめた。


「色んな意見がありますね。人間みんな人それぞれなので、幸せの形が色々あって面白い」



ひとり場違いな物言いに何か企んでいることはすぐに分かった。


これが昨日見た、最後に議論をひっくり返すための一言であることは確かだ。


だけど、どうやって誘導しようとしてる?


俺がそれを考えていた時、俺の左隣にいた【新庄あきら】が野太い声で言った。


「おい、意見に水を差すようなことはやめろ。俺達は命をかけてディスカッションをしてるんだぞ」


新庄あきら。

コイツも自分の意見はしっかり言ってくるタイプだった。


自分の芯を持っている。


恐らく作戦に気づいているわけではないと思うが……藤崎の反応はどうだ?


ちらっと横目で見てみるが、特に焦る様子もなくへらへらしながら言った。



「ごめんごめん。この議題定義が難しいものだからつい……。命はかかってるけど、気を張っていたら疲れちゃうよ。気楽に行こうよ。ねっ?」


「ちっ、キチガイか……面倒くせぇ」



新庄は舌打ちをすると、目を付けられることを避けてかすぐにディスカッションに戻った。



藤崎のさっきの言葉、意味は未だに分からないまま。


瑛人がいれば、すぐに分かったかもしれないのに。



俺の頭じゃ限界なのか。

そう思って手を強く握りしめた時、今まで発言をしていなかった大人しそうな【江川ちひろ】が手をあげた。



「江川さん、どうぞ」


そして彼女はおずおずとしながら言う。



「あ、あの……そもそも幸せって定義出来るものなんでしょうか?」


「え?」


「幸せって人それぞれだと思うんです。人間みんなそれぞれ違う性格をして、違う場所で違う人生を送っています。それなのに定義つけって出来るものなんでしょうか?」



意外だな。

まさかこういうタイプがまとまっていた意見を壊してくるなんて。


「なにそれ、アンタだって幸せについて話してたじゃん」


しかしすぐに問いつめたのは、親指を噛みながら話す【福山美優】だった。


江川も負けじと言い返す。


「それは……私の幸せです。皆さんもそうでしょ?誰一人、幸せについて話した時に意見が被らなかった。それはみんなそれぞれ違うからです。幸せも人それぞれ違うはず。だったら幸せの定義つけなんて出来ないと思います」


この前のディスカッションと同じになろうとしている。


俺はそれに気がついて焦った。


この間のディスカッションは意見がぶつかり合い、まとまらず時間が来るギリギリで藤崎がさもそれが答えだというものを出して来た。


このまま言い合いを続けていたら、同じことになってしまう。


焦った俺が意見を言おうとした時、黒髪でショートカットの【佐山りん】が言った。


「でも確かにそうかもしれない。けっきょく意見がまとまらなかったし。それぞれ違う幸せがあるっていうのは事実だし」


すると、新庄もその意見に賛同する。


「まぁな、人生のことだからな。定義つけするのは難しい」


傾いてる。

藤崎はまた何か言うか?


じっと藤崎を見るが何も言わない。


気をよくした【江川ちひろ】が「では定義付けは出来ないということを答えにして、その理由をしっかりとつくっていきましょう」


そうやって仕切り始めた。


これはラッキーだったかもしれない。


意見が幸せの定義付けは出来ないという側に傾いた。


まだ時間もある。

俺はほっとした。


これなら前と同じ展開には持っていけないだろう。


意見がしっかりと出来上がっているのに、発言すれば、逆に討論を乱すものと判断される可能性もある。


よし、これなら大丈夫だ。

俺たちの討論は幸せの定義つけ出来ない理由を考えることに変わり、どんどん進んでいった。


残り時間は5分。

しかし藤崎は一向に発言をしようとしなかった。


作戦は失敗だろう?

それなのにいつまでも黙っていたら、0点がつけられる。


今までの藤崎の発言回数は1回。


それも重要な意見ではない。


なんで何も言おうとしないんだ。

不安がよぎる。


藤崎レベルの頭なら、今自分の置かれた状況はマズいことくらい気づくはずなのに、どうして……。


もしかしてまだ……。


「……っ!」


まてよ、おかしい。

そうじゃない。


俺は自分の置かれている立場に気がついた。


藤崎が使う作戦。

それはすべての意見をひっくり返すこと。


今回の狙いは意見をふたつに分けて答えを出さないことじゃない。


マズい。

そうだよ、なんで気づかなかったんだ。


彼は概念ごとひっくり返し、さも自分の意見を正しいものするヤツだ。


全てヤツのシナリオ通りに動かされてんじゃねーか。


この展開は全部、藤崎が仕組んだもの。

それぞれの幸せを言わせるところから、定義はないという意見に決まるまで全部、藤崎が仕組んだものだ。


止めなくては、早く。

俺はとっさに手を挙げて言った。


「待って下さい!お題は幸せを定義せよというものです。なので、定義出来ないという答えは答えにならないんじゃないでしょうか?」


「は?何言ってんだよ、突然」


「そうよ、あなただって同意してたでしょ?」


「お前もキチガイか?残り時間僅かで何を言ってるんだよ」


俺は一斉に批判を浴びる。


違うんだ、そうじゃないんだ。


藤崎がやりたかったこと……それは……。



「僕は朝井くんの意見に賛成です。皆さんよく考えてみて下さいよ。1+1=の答えを出してくださいという問題がありますね。あれは数学的に答えれば、答えは、2ですが、クイズであれば田んぼの田。1人と1人がくっついて子が生まれ、1+1=3。なんて答えも存在します。たくさん存在しますが、皆さんはたくさん存在するので答えられません、と言いますか?」


それは、〝幸せは定義出来ない“という答えを出させておいて、最後にそれを否定すること。


想像していた展開はぴたりと、どこも外れることなく訪れてしまった。


「問題を出されているのに?それを放棄するんですか?」


「だって……こういうのは人それぞれだから……」


【江川ちひろ】が小さな声で言う。


「だから〝自分の幸せ“とするのではなく、どんな時に幸せを感じるかというのを皆さんで話し合えば良かったんですよ」



恐らく、最初の藤崎の言葉は誘導の言葉。



『色んな意見がありますね。人間みんな人それぞれなので、幸せの形が色々あって面白い』



それに江川ちひろが誘導されて引っかかったということだ。



誰も話すことが出来なくなった時、彼は最後の言葉を言い放った。



「答えを出してくださいの回答に答えることは絶対。出来ないは論外だと、僕は思います」



そしてまた、彼の答えで討論をしめるかのようにブザーは鳴った。


ブーー!


「制限時間になりました」



また同じ。


昨日と同じ衝撃が走る。

周りはしまったという顔をしていた。



「議論の答えが出ていないようなので、12班の皆さんは今回発表できません」



全く同じじゃねぇか。

防げたと思って安心して、それが藤崎のやり方だということにも気がつかないで。


何をやってるんだ俺は……。

周りがざわつく中、俺はひとりうつむいていた。



もうダメだ。

ここで俺は終わってしまった。



クッソ、どうして見ていたのに気づけなかったんだ。



「このまま集計にうつらせ頂きます」



もう結果は見えている。

恐らく昨日とまるで同じだろう。


「5点満点の評価です。点数は、目の前のモニターに発表されます」



俺が覚悟を決めた時、モニターに全員の点数表が表示された。




【藤崎斗真 4点】

【朝井良樹 1点】

――――――――――――

【江川ちひろ 0点】

【佐山りん 0点】

【福山美優 0点】

【新庄あきら 0点】

【篠山冷夏 0点】




「……っ!」


俺の名前の横には1点が付けられていた。



なんで俺に1点?

0点だと思っていた俺は1点付けられた理由を探す。


すると思い当たることがひとつあった。


『待って下さい!お題は幸せを定義せよというものです。なので、定義出来ないという答えは答えにならないんじゃないでしょうか?』



ああ、そうか。

最後の言葉か。


とっさに藤崎の狙いに気づいて止めようとしたあの言葉。


それは遅く失敗に終わってしまったが、俺の意見に藤崎が同意したからため俺にも1点がつけられたということか?



「0点の皆さまを処刑します」


「や……っ!やめて!」


「おい、こんなのズルだろ!?ふざけんな!!」



0点が付けられた人達が騒ぐ中、その声は一瞬にして静かになった。



――グサッ。



鈍い音を響かせ、吹き出る血が部屋を真っ赤に染める。




「ひっ……!」



俺は声にならならい声を発した。


今回の処刑は針により串刺しだった。



座っているイスからも机からも無数の針が飛び出していて、0点のつけられたものの身体を串刺しにしている。



何本もの針が一気に突き刺され、誰もぴくりと動くことは無かった。



「これにて、本日のディスカッションを終了します。皆さんは10分以内に、自分の部屋に戻って下さい。明日のゲームは夜19時から開始します」



部屋のロックが解除される。

イスから軽快に立ち上がったのは藤崎だった。



俺は力が入らず身体を起き上がらせることが出来ない。


すると藤崎が小さな声でつぶやいた。



「けっきょく最終的な答えは出来てないから5点はもらえなかったか」



コイツ……。

本当にこの議論を楽しんでやがるのか……。



人の死をものともしない。



「しかも変なものまで釣れちゃったしなあ」



そう言ってちらっと俺に視線を送る藤崎。


俺のことを言っているんだろう。

俺も負けてたまるかと、頑張って身体の神経を集中させて立ち上がった。


そして鋭い目で睨み返す。


すると藤崎はそんな俺の視線を物ともせずに言った。



「まあ、そんな顔するなよ。生き残れたんだしさ」



俺が藤崎の顔を見たまま黙っていると、彼は続ける。



「それよりさ……見てただろ?」


「は……?」



「昨日の俺らのディスカッション、見てたでしょ?」


「……っ、な!」


「お前、VIPルーム組だろ?」



核心をついたようにそんなことを言う藤崎。



「知ってたのか?」



特別ディスカッションで1位の発表があってから、移動した時間は数分。


そのうちに1位だった班の全員の顔を覚えていたのか?


コイツ……もしかして記憶力もいいのか?



いや、でもどっちにしろそんなことしても奴にメリットなんかないはずだ。



すると藤崎はふふっと笑いながら言う。



「知ってたわけじゃないよ。僕は他人に興味がないからね。誰が勝ち上がったとか心底どうでもいい」


そしてにやっと口角を上げた藤崎は僕の顔を指さした。



「僕が気づいたのはたった今。顔色とか身なりとか、心の余裕とかね?見ていれば分かるよ。キミにはまだ余裕がある」


「……っ」


コイツ……。

頭がいいだけじゃない。


人を見る力がある。



「運悪く、スイートルームの権利は逃したけどどうだい?そっちの暮らしは」


「どう、って……」


「最高?でもうかうかしてると、次は落ちるかも。みんなの前で言わなかったこと、感謝してほしいね」


「……っ」


そうだ。

みんなの前で言われたら、俺はきっと敵に思われて……俺の発言は、ほとんど意味をなさなくなってしまっていただろう。


すると藤崎は人差し指で俺の肩をポンっと押した。


たった1本の指で押されただけなのに、踏ん張っていることが出来ずに後ろにぐらりと身体が傾いた。



「余裕は簡単に人を地に落とすよ」


はっ、と息をのむと、藤崎は楽しそうに続ける。



「昨日もディスカッションに参加した組の顔、みてごらんよ。もっと切羽詰まってる。今日はラッキーだったかもしれないけど、明日はどうなるかな?」



藤崎の言葉に俺の背筋はぞくりと音を立てた。


「じゃあ」


そして、手をひらひら振りながら帰って行く。


藤崎に言いたいことは山ほどあったはずなのに、俺は一言も言うことが出来なかった。


クッソ……。


人のこと言ってる場合じゃねぇってか。



余裕がある。

それは自分にも見えないほどの心の奥底にしまわれた余裕。


VIPルームに泊まって、いつもと変わった食事。

テレビにベッド、何もかもが揃えられた部屋。


そこで一日過ごしたことによって、俺の中に僅かな余裕が生まれてしまった。


わずかな余裕は一瞬の隙を作る。

生死をかけた争いに隙を見せることは死を意味する。


マズい。

立て直さなくては……。


俺はぎゅっと手を握りしめながらこの部屋を出た。


そしてとぼとぼと自分の部屋に向かう。

藤崎と話していたせいか、部屋に入らなくてはいけない時間のリミットは迫っていた。


そして自分の部屋まで来た時、昨日の覆面を被った男が何かをしていた。


ちらっと見てみれば、隣のドアの名札を取っている。


どういうことだ……。


「あの……どうして名札を取ってるんですか?」


俺がそう聞くと、覆面の男はひとことだけ答えた。


「この部屋を使う者はいないからだ」


この部屋を使わない……それって。



「7名分、回収が終わりました」


「こっちは2名分だ」



取られた名札は合計9人分。



9人……!?


嘘だろう……。


勝ち上がって来た人たちが今日のディスカッションで9人も死んだのか?


これもアイツの言っていた無意識の余裕……。


「キミ!何を見てるんだ。早く部屋に入りなさい!」


「はい……」


俺は部屋に入ると、ただ呆然と立ち尽くした。



頭の中では藤崎の声が巡る。


『余裕は簡単に人を地に落とすよ』


『今日はラッキーだったかもしれないけど、明日はどうなるかな?』


甘い蜜を与えられ、それにあやかっていい生活を送っていたら、駆除される。



この中にいる以上、俺達に自由なんて存在しないのだ――。





残り【173】人



――――。
























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