テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「友達って、これから上司になる人と……」
「社内恋愛は禁止ではありません。俺は友達以上の関係になりたいと思っています」
友達以上の関係って……。
どうしてこの人は私が言われたことがない言葉ばかり並べるんだろう。
「ごめんなさい。私、彼氏がいたことがないんです。恋愛経験もほぼゼロです。そもそも恋愛ってよくわからなくて」
「だったら俺と試してみたらどうですか?」
朝霧部長と友達?付き合う?
想像することができない。
「私、朝霧部長がどんな人か知らないです。だから、まずは友達で……。お願いします」
友達として仲良くなる、そうすれば彼がどんな人か知ることができるはず。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
彼が私に握手を求めてきた。
拒否せず、ギュッと手のひらを握る。
男の人の手ってこんなに大きいんだ。
「良かった。芽衣さんと友達になれて」
嬉しいと子どものように笑っている。
この人、本当に部長職ができるの?
父親が会長だからって、甘やかされて育ったんじゃ。私より年上のはずなのに、先輩のような気がしない。
「なんか安心したらお腹が減ってきました」
時計を見ると、二十時を過ぎていた。
もうこんな時間なんだ。
私は変な緊張でお腹なんか空いていないんだけれど。
部長を見ると、子犬のように
<一緒に食べませんか?>
オーラを出している。
人間関係作りが下手な自分でさえもわかる。
冷蔵庫に何か作れるもの、あったかな。
「ええっと。大した物は作れませんが、食べて行きますか?」
「はい」
これもまた即答だ。
「わかりました。準備をするんで、少し待っていてください。疲れていたら、寝ちゃっても大丈夫です」
部長のこと、何時間も雨の中で立ちっぱなしにしてしまった。疲れてるよね。
「お気遣い、ありがとうございます」
私はキッチンへ向かう。
部長の方をチラッと見たが、目を閉じている。
仮眠するのかな。
もう一度部屋へ戻り、大きめのひざ掛けを部長の肩にかけた。
「あ、芽衣さん。ありがとうございます。やっぱり、優しいんですね」
私の気配に気づいたのか、ありがとうと喜んでいる。大きな犬でも飼ったようだ。ネコも好きだけど、朝霧部長は犬ってイメージ。それも大型犬。頭の中でそんな妄想をする。
「私のせいで風邪をひいて、会社に行けなかったと言われても困りますから」
労わった言葉もかけられない、いつからそんな卑屈になったんだろう。
私が夕食を作り終え、声をかけようとすると部長は寝ていた。
そっと近づく。メガネ、とったんだ。テーブルの上に置いてある。
それにしても、こんな人のことをイケメンとかビジュアルが良いって言うんだろうな。
長い睫毛に肌も綺麗だ。
部長の顔をじっと見つめていると
「俺、顔になんかついてますか?」
朝霧部長がゆっくりと目を開けた。
えええ、本当は起きてたの?寝たふり?
オロオロしていると
「良い匂いがします。お腹、空きました」
部長がキッチンの方を見ている。
「夕ご飯ができたんで、起こそうと思ったんです。寝たふり、嘘をついていたんですね」
サッと部長の近くから逃げると
「すみません。芽衣さんがどんな風に起こしてくれるのかと思って。すみません」
朝霧部長はすぐにすみませんと謝ってくれた。
「いえ、別に怒ってはいませんから」
私は淡々と答え、夕ご飯をテーブルまで運ぼうとした。
「手伝います」
部長が立ち上がろうとしたが
「結構です。キッチン、汚れてるんで見られたくないです。座っててください」
動きを制止する。
部長に手伝ってもらうなんて、一応、彼はお客さんだ。
「わかりました」
素直に私の指示を聞いてくれ、運ぶ料理を見て「うわぁ」と部長は声を出した。
簡単だけど、ハンバーグとサラダにスープを作った。
「美味しそうです」
二人でいただきますをする。
あ、私が作った料理を誰かに食べてもらったことって、そういえばないかも。
味見をした時、私は美味しいと感じたけれど、部長はどう感じるの?
世の中、味が薄いとか濃い目が好きとか、価値観の違いがあるってよくカップルや夫婦の問題コラムに載っている。
急に不安になって、箸が止まってしまう。
朝霧部長をチラッと見ると
「美味しいです!すごく!」
彼の表情を見ている限り、大丈夫そうだ。
「良かったです」
フッと肩の力が抜けた。
「誰かに自分が作った料理を食べてもらうのってはじめてで。今になって緊張しました。口に合って良かったです」
自然と口角が上がった気がする。
それに安堵からか、普通に気持ちを伝えられた。
「料理、お世辞じゃなく、本当に美味しい。それに今の芽衣さんの顔がとても可愛くて。思わず、抱きしめたくなりました」
「えっ」
抱きしめたくなる?
そんなこと言われたら、さすがの私もドキドキする。
「変なこと言わないでください」
プイっと目線を外すと
「俺は本気です」
何も答えることができない。
夕食を食べ終えたあと、部長が片付けを手伝ってくれると言ってくれたが断わった。
夕食も食べたし、そろそろ帰ってくれるだろうと思っていたけれど、彼は何も言わない。
まさか泊まっていくつもりじゃ。
朝霧部長が何を考えているのかわからなくて、聞き出せないよ。
コメント
2件
部長さん、構ってほしさ出しててなんか可愛い🫶 作品今更読ませてもらってます!