「よかった、無事だったのね!」
「リュシオル、苦しい……」
「エトワール様ぁ!」
「アルバも……うわっ」
皆が待つ部屋に戻れば、リュシオルは心配そうだった顔を明るくして私に駆け寄ってき、力の限り私を抱きしめた。それに乗っかるような形でアルバも私に抱きついてきたため、私はバランスを崩して後ろに倒れてしまった。幸い、頭をアルバが守ってくれたことで背中を強打しただけですんだが、それでも痛く、魔力がからからになった身体にはかなりのダメージが入った。
だが、それよりも、心配されていたことの喜びが、無事を祈って待っていてくれた皆の元に返ってこれたんだって喜びが増さって、痛みなんてどうでも良かった。いや、痛いけれども。
「お姉様」
「トワイライト。ごめん、心配したよね」
「……はい。ここからでも、凄い音がしましたから」
ベッドで横になっていた彼女は上半身だけ起き上がらせて、私に視線を向けた。私も、彼女を見つめ返す。すると、彼女の目からは涙が零れた。
「トワイライト!?」
私は慌てて、彼女に近づき、その頬に流れる雫を拭う。その手を、彼女が掴む。そして、泣きながら笑った。
「わーっ、泣かないで泣かないで!」
「お姉様が無事でよかったです……!」
トワイライトも本気で心配してくれていたんだと思い、私は彼女を抱きしめると安心できた。
彼女は、本来自分が行くべきだったとか、私の仕事なのにと言ったが、私だって聖女だからとトワイライトに言った。彼女も聖女で、自分なりに責任を感じているのだろうが、私だって彼女には劣ったとしてもそれなりに力を持っているんだ。だから、一人で抱えなくてもいいと言った。彼女に響いたかどうかは分からないけれど、それでも彼女は納得したようにこくりと頷いた。
トワイライトは、昨日の今日で疲れているんだし、何もしてなかった私が行くべきだったと伝えれば、トワイライトはそうですが、とまだ続けたそうに口ごもった。でも、私の意見が変わらないことを知ったのか、それ以上突っ込んでくることはなかった。
「あのね、ドラゴンすっごくおっきかったの。怖いし危ないから近くで見て欲しかったとかは全然言えないんだけどね、もしあのドラゴンが言いドラゴンだったとしたら、あの背中に乗って空を飛びたいなあって思ったの」
「そうだったんですね。ドラゴンの雄叫びがここまで聞えてくるほどですから、それはもう大きいドラゴンだったんでしょう。お姉様の言うとおり、優しいドラゴンだったら私もお姉様と一緒に空を飛びたいです」
何てトワイライトは可愛らしく笑った。彼女は、私がいった話で妄想に浸っているのか終始ニコニコとしていて、先ほどの暗くて泣いていた顔など何処かに吹き飛んでいったようだった。よかったとほっとしつつ、私はそのドラゴンを放したのは私じゃなくてブライトだと言うことを話そうとした。すると、私が口を開く前にアルバが先ほどから気になっていたんで空けどと口を開く。
「アルバ如何したの? 気になることって?」
「いや、えっと……そのエトワール様の毛先がアメジストみたいな色に染まっていて。それが、気になってまして」
「へ?」
私はアルバの言葉を聞いて、真っ先に鏡の前まで走って行った。
アルバはとても言いにくそうな、不思議そうなかおをしていたからきっと見間違いなんかじゃないと思うと私は自分の髪を見た。自分の髪を確認するなんていつぶりだろうか。いつもはリュシオルがやってくれているから何も気にしていなかったけれど、こんなに気になって確認したのはエトワールに転生して以来か。
「ほ、本当だ……」
私は右手でアメジスト色に染まった髪を左手は鏡に手をつきながらこぼす。
アルバの言ったとおり、私の毛先はアメジスト色に染まっていた。綺麗な宝石みたいに部屋の灯を受けて光っているのだ。それは、まるでブライトの瞳みたいな……
「エトワール様」
「うわっ……!」
いきなり名前を呼ばれ振返ろうとしたとき、バランスを崩し倒れそうになったところを部屋に入ってきたブライトが支えてくれた。彼は大丈夫ですか? と心配そうな顔をして、私の顔を覗いた。至近距離で、綺麗な顔に見つめられたため私はかっと顔に熱が集まるのを感じて、大丈夫と両手で顔を覆った。
そんな私をみて、ブライトはくすりと笑い、私の髪の毛を掬い上げる。
その行動に、私は心臓が飛び跳ねた。そして、そのまま彼の手は私の頭に移動し、撫でられる。私は彼に何をされるんだろうとドキドキしながら身構えた。だが、その後別に対して何も起きず、私の勘違いだったと言うことが分かった。
(そうだよ、ブライトはそういうことする人じゃないもん……リースとかアルベドとか、グランツとか……と違うんだよね。紳士的な部分はきっとブライトが一番)
なんか変な期待していた自分がいたことをごまかすために心の中は滅茶苦茶に煩かったが、ブライトは、もう安全だと言うことドラゴンは暴れる危険性がないことを皆に説明していた。
「エトワール様には話したのですが、今回暴れたドラゴンは僕の家で飼育しているものが負の感情の暴走によって凶暴化したものでした。それを、エトワール様が沈静化させてくれたのです」
「ちょ、ちょ、ブライト違うって! 皆違うから、ブライトが、ブライトがね!」
私は、ブライトが事実とは異なることを言い出したので、訂正しようと言葉を並べたが、ブライトはエトワール様の力がなければなしえなかったことです。と、一人の力ではどうにもならなかったんだと強調して、私の言葉を聞き入れてくれなかった。
私はその言葉を否定しようと必死だったが、ブライトがあまりにも真剣に言うものだから、反論できなかった。
そして、私が口を閉ざすと、部屋の中に沈黙が訪れた。その空気に耐えられなかったのか、リュシオルが小さく咳払いをする。
「そうですよね。エトワール様は、それはもう素晴らしい聖女様ですから。ね、エトワール様」
「りゅ、リュシオルまで……」
彼女の目が、そういうことにしておきましょうと言っているようで私はさらに反論できなくなった。褒めて貰えること、賞賛して貰えることは嬉しいし、ありがたいことなんだろうけど、あまり目立ちたくないというのが本音だ。別に目立ちたくて助けに云ったとか、汚名返上のために助けに云ったとかではなかったから。ただ純粋に力になりたいと。
私がそんな風に黙っていると、エトワール様が素晴らしくて格好良くて可愛いのは今に始まったことではありませんが、とアルバがややオーバーに言いながら話を戻した。
「それって、つまりブリリアント家に裏切り者がいるって事ですか? ブリリアント卿」
アルバの一言で、また部屋の空気が固まった。
リュシオルは災厄の影響が関わっているのだろうと言った、ブライトも負の感情の暴走といった。でも、負の感情の暴走というのは個人的に起きるものもあるが、それを増幅させる何か、引き金があるはずなのだ。あの調査の時だって、負の感情を増幅させられてあんな形になってしまったとも言っていたから。だから、アルバの言っていることは当をえているような気がした。幾ら魔法の研究をしている家門とは言え、ドラゴンに非人道的な実験は強いていないだろう。それに、ブライトの口ぶりからすれば、ドラゴンを飼育していたらしいから、ドラゴンもそこまで人間に対して恨みの感情を持っていなかっただろう。これは、ただの想像であるが。
だから、誰が意図的に暴走させたに違いないと。
それは、外部からではなく内部だとアルバは言ったのだ。私も先ほど思ったことで、思い出したかのように私も頭を悩ました。
アルバの言うとおり、それはつまりブリリアント家にヘウンデウン教の回し者か、裏切り者がいると言うことになる。
ブライトは少し黙っていると、子供を宥めるように、また何かを隠すように、大丈夫です。と笑顔を浮べていた。でも、その笑顔はぎこちない。
「その件についてはこちらで調査しますから。ご心配なさらず」
「……ですが。確かに、他の家のことに突っ込むのは無礼だと分かっていますが、このご時世……それは、不味いことだと思います。ブリリアント卿」
「アルバ……」
アルバは、ブライトのその態度に違和感を感じたのだろう。彼女は、その違和感を追及するようにブライトに詰め寄っていた。リュシオルが止めに入ろうとしたが、ブライトはそれを手で制した。そして、ブライトは一つため息を吐くと、困った顔をしながら言った。
「分かっています。アルバ嬢が言いたいのは、このことが外部に漏れることでしょう。それは僕も分かっています。ブリリアント家から裏切り者が、それがもしヘウンデウン教が関わっていたとしたら、それを知られれば、ブリリアント家の家門に傷がつくどころの騒ぎではありませんし、また国民の不安を煽ることになります」
と、ブライトは言い終えると、頭が痛そうに額を抑えた。
でも、私にはそれよりもブライトが何かを隠していることに違和感を覚えずにはいられず、きっとその裏切り者が誰なのか分かっていて、わざと私達に隠しているようにも思えた。何か言えない事情があるのだろうと、私は突っ込まなかったが、アルバも、そうです。と言ったっきり口を閉ざした。
「本当にこの件に関してはご心配なさらず。こちらで対処しますから」
「それって、もう裏切り者の目星がついているって事?」
私は、結局我慢できずブライトに投げかけた。
ブライトは一瞬目を丸くしたが、そうですね。と低い声で呟くと、顎に手を当てたのち、またごまかすように笑った。
「エトワール様が心配することではないので。これは、僕の家の問題ですから」
「そう、そうだよね。ごめんね! えっと、その、頑張ってね!」
何をどう頑張るのかと自分でもいいたいぐらいだったが、私はグッと突っ込まずに堪えて彼と同じように笑った。ブライトは微笑み返してくれたが、内心気が気でなかったんじゃないかと思ってしまった。家の中に裏切り者がいるって事、きっと不安だろうし、皆も不安になると思うから。
そんな風に一人思っていると、ブライトは数歩歩き、とある人物の前で止るとその人の名前を呼んだ。
「グランツ・グロリアスさん」
それは、グランツの名前で、彼は何故自分の名前が呼ばれたのか分からないと言ったオーラを醸し出しながらも無表情で、空虚な翡翠の瞳をブライトに向けていた。
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