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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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期末テストの日、私の隣には誰もおらず、今日は欠席のようだった。真面目な彼女にしては珍しい。

窓の外にはチラチラと雪が降り始めて、校庭を白く染め上げる。それが今年の初雪だった。

テストが終わり、雨でビチャビチャになった落ち葉を踏み締めるような憂鬱とした気持ちで私は家に帰る。やらなきゃいけないことが山ほど残っていたからだ。

ふとスマホがメールの受信を報せる。知らないアドレスからだった。私は少し迷った後、それを開く。

雪が降っていた。校庭を白く染め上げて降っていた。私の頭の中にも、雪が降り積もるような衝撃が訪れる。

その日、飯島由乃よしのが自宅マンションのベランダから飛び降りた。白い地面を真っ赤に塗り替えて。彼女のスマホには、メールの送信履歴が何件も残っている。”たすけて”と。


村島あつしは白髪交じりの頭をした中年の男である。普段は生徒に”あっちゃん”なんて呼ばれ方をして豪快に笑うのだが、今日は違った。

今にも雪が降りそうなこの空のように、暗い表情で淳は教室に入ってくる。ただならないその様子に教室は一瞬で静まり返った。

いつもより数分ほど開始が遅れたホームルームで、淳は言う。

「昨日の夜中、由乃が亡くなった。高所からの転落だそうだ」

凪いだ水面に波紋が広がっていくように、じわじわと、喧騒が教室に湧き起こる。それと同時に、皆の視線が私の隣へと注がれていた。

私の隣は空席だった。そして、そこに座るはずの人は、もうこの世にいないらしい。

飯島由乃は、真面目な子だった。わからないところがあれば先生に質問をするし、授業が終われば日直でもないのに黒板を消す、そんな人だ。

その上、彼女は優しい性格の持ち主だった。困っている人を捨ておけない子であったため、いつも周りに誰かがいて彼女を頼る、そんな人気者であった。私も同じように、由乃を慕い、頼る一人だ。そういえば、つい昨日もメールでやり取りしたばっかりなことを思い出す。 それを確認しようと私は淳にバレないよう、コッソリとスマホを開く。昨日の夜から触っていないスマホには、一件のメールが届いていた。時刻は深夜零時、差出人は由乃だった。

記憶にないメールに面食らった私は、思わずスマホを床に落としてしまう。その音は喧騒の中で一層確かに響いた。淳と目が合う。

彼は苛立ちを隠そうともせずにこちらへ来ると、スマホを拾い上げた。

「没収だ。放課後、職員室まで取りに来い」

しわがれた低い声でそう言うと、淳は教室を後にする。取り残された私たちは、チャイムの音がなってからゆっくりと動き始めた。


「ねぇ菊川さん。ちょっと良い?」

メールが気になって何も身が入らないまま、白く濁った空を見ていた。そんな私を呼ぶ声が聞こえて後ろを振り向く。声の主はクラスメイトの栄真澄ますみだった。

栄真澄は、いわゆる秀才だ。運動能力があるわけではないが、勉強においては他を圧倒する能力を持っているクールな男だ。

いつも涼しい顔で難問を解く彼が、やけに青ざめた顔をしている。

「もしかして、菊川さんにも来てたの? あのメール」

震える声で真澄は言った。その手にはスマホが握られている。画面に映し出されていたのは一件のメールだ。

私はその内容を見て息を呑む。”たすけて” 差出人は飯島由乃だった。

真面目な彼女らしくない文章がそこにはあった。真澄は電源を切ると私を見つめる。

「飯島さんは、”落ちた”んじゃなくて、”落とされた”んじゃないかな」

冷たい汗が頬を伝い落ちる。もう十二月の終わりというのに、体にはじんわりと嫌な汗をかいていた。

「殺された……って言いたいの?」

何も言わずに彼は頷く。風が窓を叩く音がやけに大きく聞こえていた。

「僕は、飯島さんに助けを求められた。なのに、助けてあげられなかった」

真澄は唇を強く噛み締める。手のひらを固く握り込んでいて、その腕は小さく震えていた。

「もしも、飯島さんが誰かに殺されたのなら、僕は犯人を許せない」

冷たい声だった。クールと言うより、キンキンに冷えた冬場の金属のような無機質な声だ。俯いた顔からは、彼の表情が窺えない。しかし、真澄はきっといつもは涼しげな顔をくしゃくしゃにして憤っているのだろう。そんな気がした。


帰ってきたスマホには、メールの受信画面が表示されている。電源を落とすとそこには私が写り込んだ。

もし、由乃の死が殺人だとしたら、私はどうするべきなのだろう。そう問いかけてみても、画面のアナタは困った顔で黙ったままだった。

次第に強くなりつつある風が、その前髪を揺らす。天気予報によると、どうやらこれから雪が降るらしい。その前に私は、どうしても行きたい所があった。

私はスマホをポケットにしまい、マンションを見上げる。ここは、この狭い唯崎ゆいざき町にたった一つだけ建っている高層マンションだ。

私が行きたい場所というのは、この”グランドヒルズ唯崎”。飯島由乃の自宅のことだ。

オートロックのここは住民でない私が簡単に入ることはできない。しかし、私の目的はマンションに侵入することではなかった。

私はエントランスとは反対の場所へと歩みを進める。そこは、ちょうど由乃宅のベランダの下にあたる場所だった。 辺りには警察らしきスーツ姿の大人が二、三人ほど、何やら話をしている。

私は花壇の茂みに隠れると、その話に耳を傾ける。どうやら何かを探しているようだ。由乃の持っていたはずの何かが見つからない? 私はもっとよく聞こうと体を傾ける。そのときだった。

「君はいったい何をしているのかな?」

頭上から掠れた声がした。それに驚き私はバランスを崩して尻餅をつく。打ちつけた箇所をさすりながら、私は声のした方を見上げた。

長い癖っ毛を後ろで一つに結び、顎には短い髭が生えている、なんだか胡散臭い男と目が合った。

「ダメじゃないか、警察の話を盗み聞こうとするなんて。唯崎中学校の生徒さんかな?」

男は私の手を取ると優しく引っ張り起こす。茶化すような言い方だが、口元にはニヒルな笑みが浮かんでいるのが見えた。

「唯崎中の菊川です。勝手に入ってごめんなさい」

深々と頭を下げた。数秒待って顔を上げると、男と再度目が合う。彼はため息を吐いて後頭部をボリボリと掻いた。

「反省してるなら良いけどさぁ、こんな事しちゃダメだからね。ほら、雪が降る前に帰りなさい」

しっしっと追い払うように男は手を振る。バレてしまったものは仕方がない、私がおとなしく家に帰ろうとしたそのときだった。

「松浦先輩! 遺書の解読が終わったみたいです!」

晴れ間の太陽のような溌剌とした声を発しながら、一人の若い男が近づいて来た。

かなりガタイの良い男だ、身長は優に百八十を超えているだろう。隣に並ぶ胡散臭い男が小さく見えるほどだ。筋肉質な体で、サイズが合っていない防寒具が、今にも破けそうなほどだった。

「竹原さん曰く、飯島由乃は何者かに脅迫されていた疑い・・・・・・が・・・・・・」

目が合った。瞬間、彼の顔が見る見るうちに青ざめていく。潰れた耳まで見える短髪のおかげで、表情がよく見えた。対して松浦と呼ばれた男は顔を真っ赤に染めていく。

「おい石嶺、ちょっと来い」

いつのまにか胡散臭さが抜け落ち、まさに修羅の如き表情で、松浦は目の前の男の肩を叩く。石嶺というらしいその男は、まるで飼い主に叱られた大型犬のように体を小さくし、二人で建物の影へと消えていった。

“何者かに脅迫されていた”その言葉が頭の中を低回する。やはり由乃の件は殺人だった? そんな事ばかり考えながら私はフラフラとおぼつかない足取りで歩いていく。

不意に何かが足に当たった。なんだろう、そう思って私は積もった雪の中に手を差し込む。手袋越しでも凍える寒さに辟易しながら私はそれを拾い上げた。

何かが入ったジップロックのようだった。表面にこびりついた雪を払うと、中身が見えた。

スマホだった。見覚えのある可愛いスマホカバーが取り付けられたスマホ。それと一緒に一枚の紙が入っていた。

私は恐る恐るジップロックを開いて、紙を取り出す。そこには綺麗な字でこう書かれていた。

『これを見つけた誰かが真実に辿り着きますように』

雪が降り始めていた。まるで由乃の死を覆い隠すように。紙に降り落ちた雪を払いのけ、私は紙がクシャクシャになってしまうほど強く握りしめる。風の音だけが、ただそこにあった。


狭い部屋の中に、着信音がこだまする。暗い部屋は見事なまでに荒れていて、引っ張り出したノートや本の山で、足の踏み場もなかった。

一人の少年がベッドから起き上がる。どうやら、二度目の着信で、ようやく目覚めたようだった。

『もしもし栄くん、ちょっと良い?』

掛けてきたのは菊川紗世さよだ。彼女にしては珍しく、ところどころ言葉を詰まらせながら話している。

『飯島さん、栄くんの言った通り、本当に殺されたのかもしれない』

少年はその言葉で、急に冷たい水をかけられたような気持ちになった。寝ぼけ眼が一瞬のうちに覚めていく。少年は彼女の次の言葉をじっと待っていた。

『見つけちゃおう、二人で。飯島さんを殺した犯人を。きっとそれが・・・・・・』

喘ぎ喘ぎ彼女は言葉を続ける。その声は震えていて、きっと泣いているのだろう。菊川は大きく息を吸い込んだ。

『きっとそれが、飯島さんの願いだから』

気づけば雪は止んでいた。

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