鈴の音が鳴る。優しく、耳に心地いいリズムでチリン、チリンと鳴らされる。暗闇の中鳴るその音を頼りに、重い足を進めていく。
待って!
視界が一気に白くなる。頬を何か柔らかく小さな湿ったものが撫でる。
重い瞼をゆっくりと開けていく。体は鉛のように重くて動かせない。視界が徐々にピントが合っていく。
「ぁ……ね、こちゃん……」
にゃーと鳴いた黒猫は元気そうにひと鳴きすると知里の手に擦り寄る。ゴロゴロと喉を鳴らすその愛くるしい姿に頬を緩ませるも直ぐに重い体に力を入れて上体を起こす。
「ここ、は……」
知里が倒れていたのは路地だった。ゴミ箱に溢れかえったゴミが辺りに散乱し、壁に通ったパイプから水がぴちょんぴちょんと一定のリズムで地面を濡らし、閑散とした路地の奥には大通りらしき通りが見えた。
「さっき、まで家の前にいた、はず……」
とにかく大通りに出て人にここがどこか聞いてみよう
そう思い、足を大通りへと進めていくと目に一気に光が入ったことで眩しさから手を覆う。やがて、目が光に慣れ始めるとそこに広がる光景に知里は息を飲んだ。ガラスは割られ辺りに散乱し、お店の看板はボロボロとなりつられているのもやっとの状態となっている。さらに、複数の車は追突したままの状態で放置され何年経ったのかツルでおおわれ使えるようなものではなくなっており、地面には血痕らしき赤黒いシミが付き知里の周りには人の服や靴の片方などが所々に散乱している。
とてもでは無いが人が住んでいる、とは言えない光景に目を疑った。
「ここ、ほんとうに……どこなの……」
震えが止まらない。なにかテロでもあったのだろうか、それとも自分は日本では無いどこかへ連れ去られたのだろうか。
そう考えている拍子に、ハッと黒猫の姿を見ようと振り向くと黒猫の姿はなく、地面にはひび割れた懐中時計のみが落ちていた。アンティークな古びた時計で時間は、0時で止まっている。おそるおそる拾うと鈍くカラと音が鳴り、見れば懐中時計には時計とは正反対に真新しい宝来鈴が着いていた。
「綺麗な鈴……さっきは落ちていなかったのに……なんで」
さっきの黒猫と関係しているのかな
わからない事ばかりに悶々と考えていると背後からガラスが割れる音がした。
もしかして、人!?こんな所にいるとは思えないけれど、ここがどこなのかなんでここがこうなっているのか聞けるチャンス!
そう思ってたのに……知里の目の前に立つのは人とは思えない存在だった。
人、では無いそれは直ぐに分かった。四肢はあらぬ方向に曲がっており感覚がないのか引きずり、頭には鉄パイプが刺さっている。目は血走り、口からは血まみれの歯をむき出しに不気味な笑みをこぼすソレ。
「え……あ……」
「……ガ、ぁ……ぐ……」
知里はソレに言葉が出ず、ただ後ずさることしか出来なかった。ソレを見たのは初めてで、映画や漫画などの創作の世界でだけの存在だと思っていたから。だから、今ここにソレに抱くは恐怖だった。
逃げろ、そう脳が警鐘を鳴らしている。
彼女の脳がそう言っている時には体ば走り出していた。恐怖から転けそうになりながらも走る。止まったら死ぬ、そんな予感が知里の足を動かしていた。後ろからはソレの息が聞こえ、追われていると実感する。
角を曲がったら建物内に逃げ込んで身を隠そう!
そう思い、角を曲がった瞬間地面の水溜まりに足を取られそのまま地面に倒れる。
「ぅっ……」
早く逃げないと……早く……早く……!ハッと横に割れたガラスの破片が散乱していることに気づいた知里は、破片を握りしめてこちらに近づいてくるソレ言わば『ゾンビ』に向かって腕を振るう。怯んだ一瞬を付いて立ち上がり、近くの本屋へと駆け込む。
「はぁ……はぁ……あれは、いったい……」
突然訳の分からない世界に迷い込み、訳の分からない存在に追われることが夢なのではないかと錯覚してしまうほどであった。だが、破片を握ったことによって切った手のひらの痛覚は本物で、首にかけた懐中時計を触ればその無機質な感触にこれは夢ではないと知里に教える。そんな中、追ってきたゾンビが本屋の入口へと入ってくるのわ本棚の隙間から見えた。
どうする……このままだといずれ、襲われる。フィクションでしか見なかったゾンビがいま自分を襲ってきている。それがこんなにも怖い。震えが止まらず、ガラスの破片をお守りのように握り込む。それによってさらに血が地面に滴り落ちる。
「ぐぁ……ぁ……が……ぁ゛……」
どうする、どうする、周りを見渡す。なにか、使えるものを……なにか……ゾンビとの距離はもう10mあるかないかだ。ゾンビはそのまま知里がいる本棚の裏側を歩いていく。
こうなったら…
知里は立ち上がると静かに本棚から距離を取ると勢いよく本棚へと突進する。本棚は古びていたこともあり知里の突進ですぐさまゾンビの方へと倒れていき、下敷きにした。
「やった……!」
すぐさま本屋を出ると通りを走っていく。が、ふと視界の端に血だらけの手がこちらへと伸びるのが見えた。
「……え?」
先程下敷きにしたのに……
横を向くとすぐに分かった。先程自身を追っていたゾンビとはまた別のゾンビであった。飛び退いた知里のいた場所を空気を掴むかのように伸ばされたゾンビはそのまま知里へと襲いかかる。
「来ないで!」
ガラスの破片を伸ばしてくる手を切りながら後ずさるも、背後にある瓦礫に足を取られ転倒する。
あ……終わった……
ゾンビの伸びてくる手に精一杯拒絶するも、知里の抵抗は無に等しいかのようにゾンビはお構い無しに彼女の首目掛けて歯をむき出しにする。
夢なら……覚めて……
痛みを覚悟し、目をつぶった時だった。
「蜂楽!」
「あいよ!」