テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ちろりーぬ
164
なーさん。です
200
ストーカー
「結城さん、なんか元気ないね。悩み事?」
朝の保育ルームを後にしたベビーシッター部の3人。竜一が指摘した通り、咲茉が浮かない顔をしていたのだ。
『…ん……。ちょっとね……』
歯切れ悪く答える咲茉。
「悩みがあるなら聞くよ。でも俺たちには話しづらい?」
『ううん、全然そんなことないよ』
少しの間を置いて、咲茉が口を開いた。
『バイト先にね、ちょっと苦手なお客様がいて』
「苦手な客?」
「何かされたの?」
『連絡先を聞いてきたり、私が勤務終わるまでお店に居座ったりするの』
「えっ」
「それストーカーじゃねえのか?」
思い掛けない咲茉の悩みの内容に竜一も隼も眉を寄せる。
「同じお店の人に相談は?」
『一応してあるよ。バイト仲間曰く、私がシフト入ってない時も来て、次いつ私が出勤かしつこく聞いてきたりしたみたい。だから他の人たちも注意深く様子を見てくれてるんだけど 』
「出禁にしたりできねえのか?」
『明らかに“何かをされた”事実がないからそこまではできなくて』
「その人は元々の知り合いの人?常連さんとか」
『知り合いではないけど、時々お店に来てはいたかも。……この前の…、鹿島くんたちが4人で来てくれた日にもいたんだって』
咲茉が迷惑客をひっくり返したあの日だ。
『あの時の一部始終を見てたらしくて、私のファンになったって言ってきたの』
「うーん…。確かにあの時の結城さん格好よかったけど……」
竜一も困り顔だ。
更に続けた咲茉の口から恐ろしい内容が打ち明けられた。
『……今朝、マンションを出たすぐのところにその人がいたの』
「え!?」「は!?」
相手は爽やかに声を掛けてきたらしい。驚いた咲茉は軽く挨拶をして、部活があるからと言って走って学校まで来たのだそうだ。
「それ、やっぱりストーカーだよ」
「俺もそう思う」
『制服も着てるから、きっとどこの学校かも分かっちゃったよね。なんで私の家知ってたのかなって考えたら、ちょっと怖くて』
「ちょっとどころか大分怖えだろそれ」
話を聞いているだけでも背筋がぞっとする。
「結城さん、ひとり暮らしだったよね。大丈夫?」
『うーん……。郵便受けは名前書いてないし、部屋番号まではバレてないと思うんだけど。エントランスにもエレベーターにも防犯カメラは付いてるし、家の鍵はオートロックだから安心かなとは思う…』
「それでも不安だよね…。……あ!」
何かを閃いたような表情の竜一。
「少しの間、うちに来る?おばあさんと犀川さんには俺から事情を説明するから」
『えっ、でも…』
「それがいいんじゃね?可能ならその間バイトも休ませてもらえればより安心だと思うぞ」
隼も竜一の考えに賛成する。
『でも…、ご迷惑じゃ……。申し訳ないよ』
「迷惑じゃないよ!」
「お前は気にし過ぎだ。甘えられる時は甘えとけ。何かあってからじゃ遅えんだぞ」
『…うん。分かった。ありがとう…』
2人の説得に咲茉は渋々頷いた。
昼休み。保育ルームに向かう為教室から出てきた咲茉に、竜一が笑顔で声を掛けた。
「結城さん!おばあさんがしばらくうちに来てもらっていいって言ってくれたよ。今日からおいでって」
『もう早速聞いてくれたんだ…。鹿島くん、ありがとう』
「これで少しは安心だな」
『ありがたいね。でも着替えとか教科書とか取りに行かなくちゃ』
「あっ、そうだよね。心配だから俺でよければ一緒に行くよ」
「俺も行く。荷物も多くなるだろ」
『いいの?』
「うん!」「ああ」
『2人とも、ありがとう 』
少し青ざめていた咲茉の顔に赤みが戻った。
その日の放課後。弟たちを兎田と応援に来た犀川に任せて、竜一と隼は咲茉と共に彼女のマンションへ向かった。
エントランスの中に入り、談話スペースの椅子で咲茉を待つ。
15分程して、咲茉が大きめのバッグを2つ抱えて下りてきた。
『待たせてごめんね』
「全然!寧ろ早かったって感じたよ」
「もう少し掛かると思ってたくらいだから気にすんな」
『ありがとう』
1つは自分で持つと言い張る咲茉を制し、隼が両方とも荷物を持ってやる。再び3人で学校に戻った。
母親が最後の子どもを迎えに来たので今日の部活は終了だ。理事長が手配したらしく、学校から森ノ宮邸に帰る時には犀川が竜一、虎太郎、咲茉を車で迎えに来てくれた。
その日から咲茉は森ノ宮邸で過ごすことになった。突然滞在することになって申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、自分の後見人でもある理事長は気にせずゆっくり過ごすよう言ってくれた。犀川が作ってくれる食事の美味しさに顔を綻ばせる咲茉を見て、理事長の有能な秘書は嬉しそうに微笑んでいた。
竜一と咲茉は一緒に課題に取り組み、分からない箇所を教え合って普段より捗った。虎太郎は保育ルームだけでなく家に帰ってからも咲茉と遊べるのが余程嬉しかったようで、絵本を何冊も持ってきて読んでもらっていた。
咲茉が森ノ宮邸に滞在している間、犀川は毎日彼女のマンションに赴き、郵便受けをチェックして届いているものがあるとその都度持って帰ってきてくれた。郵便物が溜まるとその家が不在ということが周囲に知られてしまうからだ。
咲茉のバイトは事情を説明し、人数が足りている日は休ませてもらうことにして、どうしても人手が足りなくて休めない日のみシフトに入ることになった。その時は犀川か、彼が忙しい場合は竜一と隼が咲茉を迎えに行くことになっていた。
森ノ宮邸に滞在して2週間が経った。
そろそろ咲茉の勤務が終わる時間なので弟たちを理事長や母親に任せてバイト先に向かう竜一と隼。
いつも迎えに行く従業員通用口のほうから、咲茉と、男の声が聞こえた。
「最近俺のこと避けてるんでしょう!?どうして!?シフトにもたまにしか入ってないし、家にも帰ってない!どこにいるの!?誰の家に泊まってるんだよ!?」
『私が家に帰ってないって、どうしてそんなことが分かるんですか?学生なんだからバイトより学校を優先するのは当たり前でしょ?私がいつどこにいて何をしてるかなんて、あなたに教える必要はありません!避けられてるって思うのは、自分で思い当たる節があるってことじゃないんですか?』
咲茉が話す相手の声の主は例の男だろう。竜一と隼は無言で頷き二手に分かれた。
「だって、俺はエマちゃんのファンなんだよ!君がシフトに入ってない時、会えない時、どれだけ寂しい思いをしてるか!大好きなエマちゃんとはずっと一緒にいたいと思ってるんだから!気のないフリして、ほんとは俺のこと誘ってたんだろ!?連絡先を教えてくれないのだって、焦らして焦らして俺を更に夢中にさせようとしてるって分かってるんだ!」
『あなたはお客様で、私はここの従業員です!それ以上でもそれ以下でもない!そんな相手に連絡先なんて教えなくて当然でしょ?』
「こんなに想ってるのに!なんで振り向いてくれないんだ!!」
男が拳を振り上げた。咲茉は咄嗟に相手の攻撃を受け流そうと構える。
「おい」
低い声と共に、隼が後ろから男の腕を掴んでいた。
「お前いい加減にしろよ」
鋭い目つきで男を睨む。
「こっちです!」
「結城くん、無事かい!?」
竜一に連れられて、店長が走ってきた。そして、咲茉を庇うように男と彼女の間に立ちはだかる。
「なっ、何だお前ら!」
「何だじゃないだろう!うちの従業員に怖い思いをさせて!いくらお客様でもやり過ぎだ!」
店長が怒鳴る。
「結城さん、こっち」
『鹿島くん…』
竜一が咲茉の手を引いて離れた所に移動する。そこに隼も合流した。
「110番通報したから、もう大丈夫だよ」
『ありがとう……』
少しして、警察が到着した。店長と揉めている男を引き離し、事情聴取を行う。そして、今日のことも含めてこれまでの咲茉への言動や行動を踏まえ、店への出禁と咲茉への接触禁止令が下された。
帰り道。ついさっきの出来事を話しながら歩く。
『鹿島くん、狼谷くん、ありがとう。2人が助けに来てくれてほんとに嬉しかった』
「無事でよかった。怪我とかしてない?」
『うん。平気』
「怖かったろ」
『うん。正直怖かった。通用口から出てきたらいるんだもん』
「ホラーだな」
竜一も隼も自分たちがあの場にいてよかったと心底思った。咲茉には合気道の経験があるとはいえ、相手はストーカーだ。何をされていたか分からない。
「接触禁止令とか出禁とか言われてたけどよ、ああいう奴は同じこと繰り返すっていうから。まだしばらく気を付けろよ」
『うん』
「今回のことがあって警察の人も頻繁にお店に巡回に来てくれるって言ってたけど、用心するに越したことはないよね」
『うん、ほんとに』
冬の空気が3人を包む。白い息が空に溶けていく。
「…てか、お前その格好何だよ」
「俺もちょっと思ってた。突っ込んでいいのか分かんなくてさ」
3人で帰る直前、咲茉はマフラーを首だけでなく耳や頭も覆って巻いていたのだ。
『これ?マチ子巻き。あったかいんだよ』
寒さに鼻の先を赤くした咲茉が笑う。
『耳が隠れるだけで全然違うの。あと首も太い血管が流れてるから両方同時に覆えてすごくあったかいんだよ。マチ子巻きおすすめ』
数十年前に流行った映画で主演の女優がしていた巻き方らしい。
「見た目ちょっと面白いけど、いいね」
『鹿島くんも一緒にマチ子巻きしよう。狼谷くんも髪が短いから、この巻き方したらあったかいと思うよ』
「俺は遠慮する」
「お、俺も。外ではいいかな」
『え〜』
男子2人の返答に少し不服そうな顔を見せる咲茉。
「結城さんって寒がり?」
「そんな面白え巻き方して周りの目は気にならないのかよ」
『うん、すごく寒がり。背に腹は代えられないの。あったかければいい』
手に握ったカイロを振りながら、咲茉がにこっと笑った。それを見て2人の胸が温かくなる。
森ノ宮邸に到着したので、隼は竜一と咲茉に見送られて帰路に着いた。
あの男…、このまま大人しくなるか?これ以上結城に近付かないといいんだが……。
言いようのない不安感を覚えながら、隼はすっかり暗くなった道を速足で歩き、母と弟の待つ家に帰っていった。
つづく
コメント
1件
うわ、これは本当に怖い話だな……。咲茉ちゃんが家の前まで特定されてて、そこから森ノ宮邸に避難する流れ、かなりリアルで背筋が冷えたよ。 竜一と隼のフォローの仕方が男前だったな。特にバイト先で隼が後ろから男の腕掴んだ場面は「きた!」ってなったわ。店長もすぐに飛んできてくれて、チームワークがいい。 最後のマチ子巻きのやり取りで一気に空気が和んだのが良かった。咲茉ちゃんの「あったかければいい」って価値観、なんか好きだわ。 ただ、隼の最後の不安感が引っかかるな。このストーカー、まだ何かやりそうで続きが気になる……。次回も楽しみにしてる🔥