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やっほ!
行ってらっしゃい!
夕方の体育館は、昼間よりも音がはっきりしている。
ボールが床を打つ音。
スニーカーが擦れる音。
誰かの笑い声。
それらが重なって、ひとつの空気を作っていた。
「よし、ラスト一本な!」
あっきぃの声が響く。
「いけるで、あっきぃ!」
「決めたら今日のMVPやな!」
ぷりっつが手を叩く。
「いや、プレッシャーかけないで!」
そう言いながらも、あっきぃは一度深呼吸して、構えた。
跳ぶ。
放つ。
ボールは迷いなくリングに吸い込まれる。
「ナイスシュート!」
「うわ、きれい!」
「今日キレすぎやろ!」
ぷりっつが大げさに驚く。
あっきぃは少し照れたように笑った。
「なんかさ、今日は集中しやすいんだよね」
「ええやん。そういう日もあるわ」
「毎日そうなれたらいいんだけど」
その様子を、コートの外からちぐさは静かに見ていた。
「……すごいね」
「だな」
隣に立つらおが、短くうなずく。
「判断が早い。視野も広い」
「らおって、そういうのすぐ分かるんだ」
「癖みたいなものだ」
「それ、便利すぎない?」
ちぐさが少しだけ口元を緩める。
「ちぐちゃーん!」
あっきぃがこちらに気づいて、大きく手を振った。
「危なくないから、もうちょい近くで見ていいよ!」
「うん、ありがとう」
ちぐさが数歩近づいた瞬間。
胸の奥が、かすかに揺れた。
(……?)
音が、ずれる。
ボールの音と、足音と、
それとは別の、何か。
「……ちぐさ?」
らおが低い声で呼ぶ。
「なにか感じたか」
「……少しだけ」
ちぐさは小さく息を吸う。
「水の、音みたいな……」
「ここに水はない」
「……うん」
分かっている。
でも、確かに聞こえた。
少し離れた場所で、まぜたが腕を組んだまま、眉をひそめていた。
「……なあ」
「ん?」
ぷりっつが振り返る。
「今のプレー、なんか変じゃなかった?」
「どこが?」
「説明しづらいけど……」
まぜたは視線を落とす。
「一瞬、動きが先に見えた気がした」
「それ、集中してる証拠やろ」
ぷりっつは笑う。
「調子ええだけやって!」
「……そうか」
まぜたはそれ以上言わなかった。
あっきぃが戻ってくる。
「なになに?」
「いや、なんでもない」
まぜたは首を振る。
「気のせい」
「そっか!」
あっきぃは深く考えず、タオルで汗を拭いた。
その瞬間。
ちぐさの視界が、ふっと歪む。
体育館の音が遠のく。
——水の中。
冷たくて、静かな感触。
「……っ」
ちぐさは思わず胸元を押さえた。
「チグサ!」
らおがすぐに肩を支える。
「無理するな」
「……大丈夫」
けれど、声は少し震えていた。
ぷりっつが心配そうに顔をのぞき込む。
「顔色あんまり良くないで?」
「少し、くらっとしただけ」
「そら休も!」
ぷりっつがベンチを指さす。
「見学やし、無理せんでええ!」
座ると、呼吸が整ってくる。
「ありがとう」
その様子を、入口付近から見ていたあっとが近づいてきた。
「体調、悪い?」
「少しだけ」
ちぐさは答える。
「でも、もう平気」
「そう」
あっとは少し考えるように間を置いてから言った。
「無理はしないで。環境が変わったばかりだし」
「……うん」
けちゃも後ろから顔を出す。
「だいじょぶ~?えへ、ちょっとびっくりした」
「ありがとう」
そのとき。
窓が、かたん、と鳴った。
誰も触れていないのに。
らおが一瞬だけ視線を上げる。
(……風)
けれど、誰も深く気にしなかった。
「じゃあ今日はこの辺にしよ!」
あっきぃが明るく声を出す。
「ちぐちゃん、また来てね!」
「うん」
校舎を出ると、空は夕焼けに染まっていた。
「……この世界」
ちぐさがぽつりと言う。
「音も、光も、全部違うのに」
「?」
あっきぃが首をかしげる。
「でも、落ち着く」
「それ、いいことじゃん!」
あっきぃは笑う。
らおは、その背中を見つめながら思った。
(それでも、何かが動き始めている)
小さな違和感。
まだ名前のない気配。
それは確かに、この学校の中で――
静かに、息をしていた。
おかえり~
またね!