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それから、俺はふっかから福利厚生がどうだとか、仕事内容はなんだとか、散々説明を受けた。ほとんど理解できなかったが、住むところと食べるものに困らないという部分に惹かれて、俺は二つ返事でこの組に入った。
「大介くんっていうんだ、かっこいい名前だね」
「っ!?ぅぁぁっ!?」
若と呼ばれていた人は、いつの間にか戻って来ていたようで、静かに俺の背後に立って、突然タオルで雨に濡れた俺の髪をわしゃわしゃと拭き始めた。
この人が、後々この組の総大将になる人、俺らが大好きなボス、親父だ。
初めて会った時から親父は優しい人で、ふっかに「こいつ、明日から幹部候補として俺が育てます」と言われた後も、ただニコニコと笑って頷いていた。
「そっか、嬉しいなぁ」
「お世話になります…」
「改めて、ようこそ。こんなところだけど、これからよろしくね」
親父に拾ってもらった恩は、一生をかけて返していくと決めた。
そんな決意と共に、俺は髪をピンク色に染めた。
親父の背中に彫ってある桜と同じ色。
いつでも俺は親父のそばにいる、そんな気持ちで屋敷の風呂場に漂うツンとした染料の匂いを嗅いでいた。
親父がどこにいてもずっと想っている、そんなことを考えながら徐々に染まっていく髪を鏡越しに眺めていた。
それから照、康二、めめの順番に仲間がどんどん増えていって、俺がこの屋敷で暮らすようになって九年経った頃、阿部ちゃんに出会った。
不安そうに大きな荷物を抱えてやって来た阿部ちゃんは、その次の日から、一日中真面目に働いていて、俺はその姿を物珍しい気持ちで見ていた。
ここには勉強するとか、真面目に椅子に座って働くとか、そういうのが得意な奴はほとんどいなかったから。
その頃、先代の組長から今の親父に代替わりして、俺たち幹部の形も固まっていった。
俺は“華”の二番手という立ち位置をふっかから与えられた。
もともとバレエとかダンスを習っていたこともあって、体を動かすのは得意だった。
喧嘩をしたことはなかったけれど、俺がこの家に世話になってからすぐに始まったふっかとの特訓で、文字通り、武道場の中を自由に飛び回る俺を見て、ふっかは俺を”華“に加えたようだった。
「攻撃とか、そんなもん必要ない。確実に急所だけ狙って、あとはお前が思う通りに、好きなように動いたらいい。奪うため、傷付けるための強さは必要ない。守るために強くなれ。」
避けて、かわして、飛び跳ねて。
逃げ回ることしかできない、用心棒なんかできないと、“華”に入ったすぐの頃にそう言って落ち込む俺に、ふっかはそう言った。
ここだけの話だけど、俺が翔太に言ったことは、ふっかからの受け売りなんだ。
あの時だけは、ふっかがすげぇでかく見えたから、真似してカッコつけてみたのだ。
実は、俺に戦い方を教えて強くしてくれたのは、ふっかなんだ。
あいつ、普段はふざけてばっかだし、もやしみたいに真っ白でひょろひょろだけど、ほんとは“華”のリーダーのめめも勝てないくらい強いんだぜ?おかしいだろ?
まぁ、だからこその組長補佐だとも思うけどね。
ただ、俺の心の中は穏やかではなかった。幹部候補から幹部になれたというのに、全く安心できなかった。
誰よりこの組に入っていた時間が長くても、俺なりの強さを極めても、俺はまた一番になれなかったから。
確かにめめは強い。たくさん喧嘩してきたことが容易に想像できるような動きをする。
無駄なものがなくて、ゆっくりとして見える。早すぎてそう見えるのか、本当にゆっくりなのか。めめのことを目で追っていると、全ての動きがスローモーションのように映るのだ。めめに向かって行った奴は、気付くといつも地面に伸びている。
ふっかは揶揄うように、めめのそれを「3G回線」と呼んでゲラゲラと笑っていた。
子供の頃からの癖はなかなか抜けないもので、俺は一番手になれなかったことが、とても怖かった。
「一番でなければ意味がない」
いつだったかに言われた父さんからの言葉は、呪いのようにまとわりついて俺に襲いかかっってきた。
かなり落ち込んだ。
二番手がここにいる意味って何なんだと、答えの出ない問いを自分にし続けて、縁側で項垂れていた。
「佐久間、康二がお団子作ってくれたよ。一緒に食べない?」
気付くと隣には阿部ちゃんがいた。
阿部ちゃんは、テカテカのみたらし団子を乗せた皿を俺に差し出した。
暗い雰囲気は出さず、いつもみたいに、無理やり「ありがと!うまそう!!」と大きな声を出した。
「もう代替わりか。佐久間は先代の頃からここにいたの?」
「そだよん!」
「そっか。俺、まだここに来たばっかりで、みんなの仕事のことよく分かってないけど、佐久間のグループはすごいね」
「そう?阿部ちゃんの方がすごいと思うけど」
「うん、だって、みんな体張ってる。戦わなくてもいい時代に、それを選んでこのお家と組長と、俺たちと、町のみんなを守ってくれてる」
すごくなんかない。
俺の仕事は、みんなを守ること。でも、それは俺たちについて来てくれる可愛い下の子達にだってできる。それに、一番強いのはめめなんだもん。
俺は何もすごくない。
何とか蓋をした落胆がまた顔を出す。
俯いた瞬間に、隠していた気持ちがポロッとこぼれ出た。
「……でも、俺、一番手じゃない。一番じゃなかったら意味がない」
「ん?あぁ、さっきの会議でふっかから言われた役職決めの話?」
「うん…俺、また一番になれなかった………」
「…俺には、二人で一番、二人でリーダーしてねって聞こえたけどな」
「?」
「ふっかは、めめに足りないもの、佐久間に足りないものをお互いに補い合って欲しいんだろうなって、さっきの会議を聞きながら思ってたよ?だけど、一応リーダーは一人立てなきゃいけない。だから形式上めめを一番手にしたんじゃないかな」
「そうなのかな」
「ここにいて思うけど、誰が一番とか、勝ち負けとか、そんなこと関係ない。みんな得意なことと苦手なことがあって、お互いのためにって自分ができることを生かそうとしてる。それでいいんじゃないかなって、俺は思うよ」
ストン、と何かが俺の中ではまった。
こんがらがっていた歯車が噛み合って、するするっと動き出したみたいだった。
「…すげぇ、阿部ちゃんすげぇ!!ぅははッ!!」
「えっ、急にどうしたの」
「解決しちった!!ありがと!!!!」
「そ、そっか…。よく分からない けど、よかったね」
「お礼に、俺がどんな仕事してるか教えてあげる!」
「いきなりだね」
「俺は鉄砲玉なんだ!にゃはは!かっこいいでしょ!」
「鉄砲!?そんなに危ないの!?!無理しないでね…?」
少しずつこの組に馴染んでいっていた阿部ちゃんと、縁側で団子を食べながら色々な話をした。
阿部ちゃんは、二番でも良いと言ってくれた。
俺にとっては何でもないこと、俺にとっての当たり前の仕事を、「すごいね」って褒めてくれた。
嬉しかった。
生まれて初めて、褒められた。
阿部ちゃんの優しさがお日様みたいにあったかかった。
それからすぐのこと、いつもみたいに町中をパトロールして帰ってくると、阿部ちゃんに呼ばれた。
「佐久間、これ、佐久間が自分で買ったやつ?」
「あ、ごめん!!康二に頼まれてたお使いの領収書と一緒に箱に入れちった…。でも!ちゃんと自分のお金で買ったよ!」
俺はかなり焦った。
テストの問題を間違えた時みたいな、そんな感じがした。
失敗したことを怒られるんじゃないかって、身構えた。
でも、阿部ちゃんは笑っていた。
「そっか、ならよかったよ。」
「ぇ……、怒らないの?俺間違えたのに」
「怒らないよ、誰だって間違えるときはあるでしょ?」
「う、うん……」
「でも、次から気を付けてね?」
「んにゃ?」
「佐久間がメイドさん好きってこと、俺にバレちゃわないように」
「………ぅぁぁあああ!?!!?」
大人になってからハマったアニメ「メイドっ娘♡ 萌増し増し∞」のDVDのレシートをピラピラと揺らしながら、阿部ちゃんは愉しそうに笑った。
このときは、まだアニメが好きだということをみんなには内緒にしていたから、俺はまたまた焦り散らかした。
自分の好きなもの、やりたいこと、そういうのも子供の頃の癖が抜けていなくて、何でもかんでも無意識のうちに周りに隠すようにしていた。
俺が触れることを許されていたのは、母さんが決めたものだけ、母さんが選んだ人だけ。
それ以外に興味を持ったものや、好きだと感じたものは、母さんにも父さんにもバレないように、コソコソしながら楽しんでいた。
それは、大人になっても悲しいほどに変わっていなくて、阿部ちゃんに俺の趣味を知られてしまったことに、冷や汗が止まらなかった。
こんな趣味があったんだって阿部ちゃんに引かれたらどうしようとか、もしかしたら母さんみたいに、阿部ちゃんも「そんなのやめなさい」って言うかもしれない、とか、そんなことを考えて不安になった。
呆然と立っている俺を見て、阿部ちゃんは何を思っていたのか分からなかったけれど、俺に一つだけ尋ねた。
「これ、面白いの?」
え?そこ?とは思ったが、素直に答えた。
「…ぇ、ぁ、、うん」
「そうなんだ、よかったら今度、俺も一緒に見てもいいかな?」
「え」
「俺、こういうの見たことなくて、夜に本読んでばっかりなのもなって思ってたから、佐久間が良ければだけど…。佐久間の好きなもの、俺も見てみたい」
「え、いいの…?俺、アニメ好きでもいいの?」
「え、なんで逆にダメなの?好きなものはずっと好きなままでいいんじゃない?」
また、歯車がはまる音がした。
「!!阿部ちゃん!!!」
「な、なに…」
「また解決しちった!!ありがと!!」
「そ、そっか、よく分かんないけど、よかったね」
「この作品ね、みんな可愛いの!みんな良い子で、みんな俺の嫁なの!!そんでねそんでね!ストーリーもめっちゃ感動すんの!そのレシートのDVDは第二シーズンなんだけど、第一シーズンからもうずっと涙腺崩壊!!!!!!一番最初から見よ!阿部ちゃんティッシュじゃ足りないからバスタオル持って来てね!!!!あッ!!!!!!あとそれからこの作品の監督さんが作ってる別の作品もね…〜〜〜!!!!」
阿部ちゃんの仕事部屋で、時間を忘れるくらいアニメの話をした。
自分の好きなものの話を誰かにするのは初めてで、俺はそれが嬉しくて仕方がなかった。
俺ってこんなに喋れたんだってくらいに喋り倒した。
多分二時間くらい経った頃、阿部ちゃんは突然机にバンッと両手を打ち付けながら立ち上がって、大きな声を上げた。
「あ“ぁ”もう!!夜一緒に見るときに全部聞くからもう帰れ!!!!仕事が進まない!!」
大きな声には驚いたけど、阿部ちゃんが怒っていることには驚かなかった。
叱られたのに、なんだか心地よかった。清々しい気分だった。
阿部ちゃんのお説教には、束縛とか依存とか、支配とか、そういうものが全然なかったから。
25の春、阿部ちゃんにもっと叱られたいと思ったその日、俺は恋を知った。
続
コメント
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おぉ…そういう感じから始まったんだね、さっくんの恋は… さっくんの嫁愛、2時間以上語れるくらい大きいと…私たちと同じくらいかな?????