テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
目指した店は満席だった。待ち時間は三十分程度だと店員は言う。それくらいなら余裕で待つことができるだろうと思ったのに、店内に漂ういい匂いを嗅いだら、無性にお腹がすいてきてしまった。
「ここで待とうか」
待合用の椅子がある端の方に寄って行こうとした塚本の袖口をつまみ、私は小声で言った。
「ごめんなさい。私、ものすごくお腹が空きすぎて、三十分待てる自信がないんだけど……」
「えっ、そんなに」
「お昼、外で食べたんだけど、ゆっくり食べられなかったからかなぁ」
「どうして?」
「今日ね、本社から役員が来ていたんだけど、お蕎麦が食べたいとか言うんで、近くのお蕎麦屋さんに連れて行ったのよ。なんだか私が世話役みたいになっちゃって、落ち着いて食べられなかったのよね」
「なるほどね。それは大変だったね。お疲れ様」
「だからね、ここって誘っておきながらなんだけど、他の店に行ってもいい?とにかく早く何か食べたい」
「それは全然構わないけど、そうこうしてるうちに席が空くんじゃない?」
「うん、それはそうなんだけど……」
私はもじもじしながら続ける。
「ものすごく、わがままなのは分かってるんだけど、バーガー系を食べたい気分になってしまったのよね……」
塚本が吹き出したいのを我慢しているのが分かって、私は恥ずかしくなった。
彼はくすくすと笑いながら私を促す。
「よっほどだね。そういうことなら早く出て、遠野さんの言うバーガー系の店に行こう」
外に出ると、彼は考え込むような目をして辺りをきょろきょろと見回す。
「さて、と。どこにするかな。一番近いのはどこだっけ」
空腹状態の私は、どこでもいいという気分になっていた。早速数軒先にあるファストフード店に目が行く。
「ねぇ、あそこでいい?」
「もちろん」
「じゃあ、行こっ」
塚本に声をかけるやいなや、私は足早に店に向かった。
もし席が空いていなかったらテイクアウトをして、とりあえずその辺の公園ででも食べればいいやと思いながら中に入った。いくつか席が空いているのが見えて、ラッキーと心の中で叫ぶ。早い所注文してしまおうと、カウンターに並ぶ。注文を終えた私は塚本に声をかけて、いそいそと壁際の席に陣どった。
注文を終えてやって来た塚本は、椅子に腰を掛けるとすぐに思い出したように口を開く。
「さっきの見合いの人だけどさ」
「うん?」
「遠野さんのこと、すごく気に入ってたんだね」
「うぅん、そうなのかな……?」
「そうなのかな、って、そうでしょ。だって、遠野さんと結婚したかった、みたいなこと言ってたじゃないか」
「あぁ……。なんだかそんなことを言っていたわね」
曖昧に笑う私に、塚本は真顔で続ける。
「ところで、ちょっと聞いていいかな」
「何を?」
そこに店員がやって来た。注文の品を乗せたトレイをテーブルに置いて、爽やかな笑顔を残し去って行く。
彼女を見送ってから、私は塚本に聞き直した。
「ごめん、さっきの話、何を訊きたいって?」
「あぁ、うん。後でいいや。ほら、まずは食べなよ。お待ちかねのバーガーなんでしょ」
「えぇ、では早速」
私はポテトを一本口に入れ、もぐもぐと口を動かしながらバーガーの包み紙を剥がしにかかった。中身が出現し、そこにぱくりとかぶりつこうとしたが、はっとしてその動きを止める。
塚本は、にこにこしながら私を眺めていた。
私はぱっと目を逸らした。好きな人の前だというのに、かぶりつくような食べ物を選んでしまったことを急激に後悔し始めた。
ついさっきまで食べる気満々だったのに、その勢いを落とした私の様子を見て、塚本は首を傾げる。
「どうしたの?食べないの?」
「た、食べるわよ」
私は口元が隠れるように包み紙を立てて、その影でぱくりとバーガーを小さくかじった。あぁ美味しいと心の中でつぶやいた時、塚本がくすりと笑った。
「美味しい?」
「う、うん。美味しい。ここのお店の物で、これが一番好きなの」
「へぇ、そうなの?じゃあ、この次は俺もそれを食べてみよう」
「うん、ぜひ」
私は力強く頷いて、それから後は食べることに集中した。極力上品に見えるように気をつけながら、バーガーを完食し、ポテトもお腹に収めた。
「ふうっ。美味しかった」
ドリンクに手を伸ばした時、すでに食べ終えていた塚本が、おやっという目をした。
「遠野さん、ついてる。マヨネーズ」
「え?ほんと?どこ?」
私は自分の口元を指で探った。けれどどこか分からず、バッグから手鏡を取り出そうとした。その時だ。
「ここだよ」
塚本が手を伸ばして、私の顎をさっと撫でた。
「ひゃっ!」
#異世界ファンタジー
びっくりして声を上げてしまい、慌てて周りに目をやった。私の声に反応した人は誰もいないようだと安心する。
「今、何したのっ?」
「何って、マヨネーズがついていたから取っただけだよ。何もそんなに驚かなくたっていいじゃないか」
塚本は苦笑しながら、紙ナプキンで指先を拭っている。
「だ、だって、急に触るから……」
胸がどきどきと言っているせいで、文句を言う声が震えてしまった。
「ごめんごめん」
塚本はくすくすと笑いながら謝った後、私の方へ身を乗り出した。
「ところで、さっき聞こうと思ってたことなんだけど」
「う、うん」
急に声のトーンを落とした塚本に私は身構えた。
「例の見合い相手と話していた時さ、あの人に『好きな人がいるのか』って聞かれてたでしょ。で、あの人、遠野さんの様子から『好きな人がいる』んだって解釈してたみたいだったよね。そうなの?」
塚本は私をじっと見つめた。
その表情から、明らかに誤解していることが分かった。彼に気持ちを伝えるための心の準備がどうのこうのと言っている場合ではないと、自分の背中を押す声が頭の中で響く。
「念のために聞きたいんだけど、例の人に失恋してから、実は好きな人ができたりしてた?俺が強引に誘ったりしてたから、そのことを言い出せないでいたりした?」
塚本の顔を見つめながら、私はごくりと生唾を飲み込んだ。改めて言おうと思うと、たった二文字の言葉だというのに、なかなか口から出せないのはどうしてなのだろう。
「私は、その……」
自分を歯がゆく思いながら、私は口を開いたり閉じたりを繰り返した。
私の言葉が出るのを塚本は根気強く待っている。
高校生と思われる一団が近くに座ったのは、さぁ言おうと口を開きかけた時だった。
賑やかな彼らのお喋りを耳をしながら、私はため息をついた。
二人の前のそれぞれのトレイの上はもうすっかり綺麗に片付いている。
「お店、出ない?」
私と同様に塚本も隣の様子が気になるらしい。すぐさま頷く。
「出よう」
私たちはテーブルの上を手早く片づけて、店を後にした。