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朝。


「う、うぅーん」

ベットの上で、いつものように伸びをした。


私は、鈴木一華28歳。

身長160センチでやや痩せ型。

決して美人ではないものの、ぱっちりした二重がチャームポイントのごく一般的なOLだ。


それにしても、今日はいつもよりシーツの糊が良く効いている。

私は糊なんか効かせずに柔らかい手触りの方が好きなのに、誰か間違えたな?

そういえば最近新しいお手伝いさんが入ったから、まだ慣れていないのかもしれない。

それに、いつもはきっちり閉めている遮光カーテンも開けられて、レース越しのお日様がまぶしい。

もー、誰が開けたのよ。寝室は暗い方がいいのに。

でも・・・私が寝ている間に寝室に入る人なんていないはず。


ん、んっ、頭が痛い。

私はこめかみに手を当てながら、ゆっくりと辺りを見回した。


ここは、見覚えのない部屋。

どこだろう?


その時、背中に伝わる温もりに触れた。

う、嘘、誰かいる。


そっと、そおっと、頭だけで振り返ってみた。

マジ?

そこにいたのは・・・見覚えのある男性。


落ち着け。

たまたま偶然、ここにいるだけかも・・・

もちろん、そんなはずはなかった。

私の体に残る昨夜の記憶は間違いなく・・・彼と・・・寝た。


同い年の同期であり、仲間であり、誰よりも信頼する戦友、高田鷹文(たかたたかふみ)と。

どんなことがあっても男女の仲になるはずがなかった男と、酔った勢いで。

どうしよう・・・


金縛りにでも遭ったように、私は固まった。


***


昨日の夕方まで、私の気分は上々だった。

2年も掛けて、何度も交渉してきた新規の契約をものにしたのだ。

大学卒業後、名の知れた上場企業である鈴森商事に入社して6年。

今では営業課チーフ。女でもできるって必死に頑張ってきた。

いつもは意地悪しか言わない部長まで、昨日は珍しく喜んでくれた。

頑張った苦労がやっと報われたと思っていたのに・・・定時を過ぎて社長室に呼ばれるまでは。


こっそりと携帯で呼び出された自社ビルの最上階。

絨毯も調度も良いものを置いているんだろうけれど、殺風景でさみしさしか感じない。

この前ここに来たのはいつのことだっただろう。


えっと・・・

そうだ、1年前。

お見合いを土壇場ですっぽかして、学生時代の友達の家に逃出したとき。

週末を友人宅で過ごし月曜に出社すると、社長秘書の香山さんに呼ばれたんだった。

それも私に直接ではなく、部長を通しての呼び出し。

当然、みんな興味津々で「どうしたの?」「何があったの?」って聞いてきて大変だった。


「香山さんは大学の先輩なのよ。近々OB会があるらしくって・・・本当に、公私混同されたら困るわよねえ」なんて必死にごまかした。


「いいなあ、一華さん。香山さんと知り合いならもっと早く教えてください。私、すっごいファンなんですから」

後輩の可憐ちゃんは目をキラキラさせていた。


社長秘書の香山徹(かやまとおる)。

歳は私より三つ上の31歳。

背も高くて、イケメンで、仕事もできる。

女子が放っておかない超優良物件なんだけれど・・・私は苦手。

昔は仲良く遊んでいたのに、今はいつも上から目線で私を馬鹿にしたような態度が許せない。


はあー。

またあの顔を見るのね。


***


「どうぞ、社長がお待ちです」

待ち構えていたようにドアを開けられ、上辺だけの笑顔で迎えられた。


「・・・」

私は返事をする気にもならず、黙って社長室へと入った。



やたらと広い社長室で、大きなデスク越しに私を見据える社長。

応接セットを挟んで向かい合った私。

私の後方にはドアを背に香山さんが立っている。


うわー、イヤな感じ。


「一華」

「はい」

反射的に返事をしてしまった。


「見合いをしろ」

「はあ?」

「来週の土曜日10時、プリンスホテルのロビーだ」

「いや、私は・・・」


「今度逃出したら職を失うと思え」

「はあ?」


「もういい。話は終わった。戻りなさい」

仕事で大口の契約を取ったことを褒めてもくれずに、命令された。


悔しかった。

自分自身の存在を否定された気がした。

結局この人には何を言っても無駄なのよ。


小さい頃から一緒に出かけた覚えもなく、膝に乗せられたことも、肩車をされた記憶もない。

ただ、生物学上の父親。

それだけの人。


父さんなんか、大嫌い。



私は社長室を飛び出した。

この場所に一秒もいたくはなかった。


「一華、待って」

後ろから香山さんの焦った声がする。


いくら兄さんの親友でも、今は大嫌いな社長の腹心でしかない。

そんな人に呼ばれて立ち止まるはずはなかった。


「逃げるな。このままじゃ何の解決にもならないぞ」

背を向けている私にも香山さんの声がはっきりと聞こえた。


う、ううー。

エレベーターに乗り込み、私は泣き崩れてしまった。


***


退社後、1人で飲みに出た。


時々来るホテルのバー。

OLが1人で来るには少し敷居が高いけれど、知り合いに会わないのが良くてここにした。


その日、気分の荒れていた私はいつもよりたくさんお酒を飲んだ。

元々弱いわけではないけれど、昨日はなぜかダメだった。


何度もグラスを空け、マスターにも心配され始めた。

ヤバイ、かなり酔ってる。

冷静に自分でも分析していた。まだこの時までは。


だんだんとまぶたが重くなり、強烈な睡魔が襲ってくる。


「大丈夫ですか?」

マスターの心配そうな声が遠くの方で聞こえ、私の記憶がプツンと途絶えた。




次に聞こえてきたのは、


「ほら、鈴木。帰るぞ」

低音で、心地いい声。


こんな醜態を誰よりも見せたくない相手。


「だから平気だって」

強がって手を払ったつもりがよろけてしまい、結局彼に支えられた。


その後は・・・

2人で店を出て、事前にとっていたスイートルームへ向かった。


もちろん、1人で泊るつもりで取った部屋。

父への反抗から、思いっきり贅沢をした。


心配した高田は部屋まで着いてきてくれた。


「ここいくらだよ?」

呆れたように言われ、

「自分で稼いだお金で泊るのよ。かまわないで」

強気で言い返した。


酔っていたとは言え、

「暑いー」と言って自分で服を脱いだ記憶も

「私はいらないの?」なんて弱音を言った記憶も、

何年かぶりに人前で泣いた記憶も、

すべて残っている。


あー、もー、最悪。

人生最悪の汚点だわ。


***


うぅーん。

伸びをする音が背中から聞こえた。


7:00

遅刻しない為には、そろそろ起きないとマズイ。

さあ、どうしたものかしら。


「先にシャワー行く?」

突然耳元にささやかれた低音。


私は動くことができない。


え、えっと…

「あぁ、後でいい」


「じゃあお先」

「うん」


トランクスのみを身につけ、堂々と歩いて行く潔い男。

今まで見たこともなかったけれど、細マッチョだったのね。



浴室から聞こえてくる水音。


「ハー」

小さな溜息を1つついてしまった。


私の中で、高田は男ではなかった。

もちろん180センチを超える長身であることも、どちらかというと塩顔でさわやかな二枚目な事もよくわかっている。

同期の中でも人気があったし、狙っている子もいた。

けれど、高田はいつも控えめで、浮いた話を聞いたこともなかった。

まさかこんな展開になるなんて・・・


体は昨日の夜関係があったことを物語っている。

この倦怠感も、下半身の鈍い痛みも間違いない。

寝てしまったんだ。それも、高田鷹文と。

真面目で誠実な仕事ぶりが評価され28歳の若さで営業課長。

私にとっては信頼できる同期であり、直属の上司でもある。


***


うぬぼれに聞こえると嫌だけれど、彼にとっても私は特別なんだろうと思ってきた。

偶然同じ部署に配属された唯一の同期で、成長も挫折も一緒に乗り越えてきた。

『同志』って言葉がぴったりの存在。

その証拠に、彼は私のことを「鈴木」と呼ぶ。

先輩も後輩も女子に対しては◯◯さんとしか呼ばないのに、私には呼び捨て。

それが私は密かにうれしい。

だからといって、異性としてのときめきはない。

高田はライバルで、同じものを求めて戦う仲間。

穏やかであまり感情を出さない高田も、決して優しいだけではない。

特に私には厳しいことも言う。


仕事で失敗して上司に𠮟責され泣きそうになった時、当然みんなは優しい言葉で慰めてくれる。


「一華はよくやっているよ」

「部長の言うことなんて気にしちゃダメだ」

ポンと肩を叩かれ、少し気分も上がる。

でも、それだけ。

一時しのぎの慰めは、単なる逃げにしかならない。


けれど高田は、

「鈴木、お前はこれでいいのか?今何をすべきかを考えろ」

穏やかな口調で、もっと頑張れって励ましてくれる。


「鈴木、負けるな」

私よりも悔しそうに、唇をきゅっと結んだあいつ。

私は高田のお陰で頑張って来られた。


そうやって6年も過ごしてきたのに・・・


はあぁー、どうしよう。


この状況をなんとかしなくては・・・

逃げる?

それは、私らしくない。

でも、今は合わせる顔がない。

よし、ここは1度退散しよう。


ベットを飛び出して、ソファーに積まれた昨日の服に袖を通す。


『ごめん先に出ます。昨日は酔っ払っていて、記憶がありません。申し訳ないけれど、忘れてください。鈴木一華』


テーブルにメモを残し、私は部屋を出た。


***


「いらっしゃいませ」

ドアの前に立った瞬間に扉が開き、上品そうな女性が目の前に現れた。


「おはようございます。無理を言ってすみません」

「いえ、一華さんの頼みですから」

フフフと笑われた。


「すみません」

深々と頭を下げて、店の中へと入る。


ここは銀座の一等地にある高級ブティック。

子供の頃から母さんに連れられて通った店。

本当はまだ開店時間ではないけれど、オーナーに無理を言って開けてもらった。


「一華さん、コーヒーと紅茶はどちらがよろしいですか?」

「えっと・・・コーヒーを」


いつもは紅茶派なんだけれど、今はコーヒーの気分。




「どうぞ、ミルクとお砂糖も入れておきました」


来客用のおしゃれなカップではなく、大きめのマグカップになみなみとつがれたカフェオレ。


「ありがとうございます」


昨日のお酒が残った体に染み渡っていく。


この店のオーナーは50代の女性。

母さんとも仲が良くて、小さい頃から私もかわいがってもらった。


出してもらったコーヒーを口に運びながら、オーナーが服を並べるのを見る。

相変わらず趣味がいい。

それに好みをよくわかってくれているから、びっくりするような服を選ばれても意外なくらい似合っていたりする。

新しい自分を見つけてくれるのもオーナーの特技。


***


「オフィス用に何点かご用意しましたけれど、お好みがありますか?」

「いえ、お任せします。オーナーのチョイスに間違いはありませんから」

「では・・・」

これなどはどうでしょうと出してくれたシンプルなワンピースに薄手のカーディガン。


フーン、私なら絶対に選ばない服。

いつもスーツばかりだから新鮮でもあるけれど・・・随分柔らかい感じ。

まあ、今日は外回りの予定も無いから問題ない。


「これをいただきます」

「着て帰られますね」

「はい」


早速フィッティングで着替え、自分のカードでお支払い。

有名ブランドのお高い品がメインのセレクトショップの中でも比較的お手頃価格の服を選んでもらったようで、私でも支払いができた。

足らなかったら母さんのカードで払おうと思っていたから助かった。

きっと私の事情をわかっていて、オーナーが選んでくれたんだと思う。


これからは会社に予備の服をおいておこう。

さすがに朝帰りを正当化するつもりはないけれど、私が一人暮らしならこんな事にはならなかったはず。


はぁー、もぉー。


28にもなって実家暮らしなんかしてるからこんなときに困るのよ。

でもまあ兄さんに言わせれば、こんな事態を招いた私が悪いってきっと言うわよね。


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