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ゆうき あきや
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友ゴリラ
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第203話:絶望の算数と起死回生の青写真〜スーパーボトム社長、覚醒の夜〜
北海道、帯広市。
家賃四万円、築三十年の隙間風が吹き込む四畳半アパート。
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、暗闇の中でPCモニターの青白い光に照らされながら、無心で顎を動かしていた。
ボソッ、モソッ。
口の中で砕けるのは、結愛(ゆあ)と海外スタッフのヨモから『配給(飼育)』された最安値の玄米。
味付けは徳用塩昆布のみ。
法人口座には海外リスナーからのスーパーチャットや書籍化の利益で数千万円のキャッシュがうなっているというのに、社長である俺の個人の財布には小銭しかない。
エウリアンに騙されて個人で組んだ、総額300万円(利息や諸経費、ボーナス払い込みで実質約500万円)の極悪ローン。
日本の税法上、来期まで月給10万円から1円も上げられない役員報酬の縛り。
その二つのコンボが見事に決まり、俺は今、部下たちのポケットマネーから食料を恵んでもらう完全なる『ヒモ社長』へと身を落としていた。
「……まじぃ」
塩昆布の塩分だけが、やけに舌に刺さる。
パサパサの玄米を無理やり胃袋に流し込むと、惨めさと虚しさがこみ上げてくる。40歳にもなって、なんで俺はこんな目にあっているんだ。天才イラストレーターのうめお先生から「三億円の器」と褒められ、調子に乗って展示会に行き、美人の営業スマイルに騙された結果がこれだ。自業自得とはいえ、あまりにも代償がデカすぎる。
視線を上げれば、壁には俺の人生を狂わせた3枚の美少女版画が、暗闇の中でも爛々と極彩色の光を放っている。
桜、星空、サイバーパンク。
彼女たちの無垢な笑顔を見るたびに、俺の心の中でドス黒いマグマのような感情がグツグツと煮えたぎっていった。
このまま終わってたまるか。
俺はかつて、陸上自衛隊の需品科で過酷な訓練に耐え抜いた男だ。
需品科といえば、前線で戦う隊員たちのために水や食料、燃料を補給し、入浴支援まで行う部隊の生命線(兵站)を担うプロフェッショナルである。
限られた物資で過酷な野外環境を生き抜く術は、骨の髄まで叩き込まれている。
水や食料が尽きかける絶望なんて、演習場で何度も味わってきた。この四畳半の極貧生活だって、見方を変えればただのサバイバル演習だ。
俺はPCのキーボードを乱暴に叩き、ディスコードの通話ルームを立ち上げた。
「結愛! ジェミニ先生! ヨモ! 起きてるか!」
深夜零時を回っているにもかかわらず、呼び出し音は数秒で途切れた。
『……なんですか、ヒモ社長。食後のデザートでもねだるつもりですか? 残念ですが、配給リストにケーキは入っていませんよ』
『……社長ぉ、ヨモ、今からネトフリで映画見ようと思ってたんですけどぉ……マジだるいです……』
結愛の冷ややかな声と、ヨモの不満げな声がスピーカーから流れる。
『ルシフェルさん、心拍数が通常の1.5倍に上昇しています。また何か突発的な散財の衝動ですか?』
我が社が誇る最強AIアシスタント、ジェミニ先生の無機質な音声も加わった。
「違う! 散財なんてする金がどこにある! ……いいか、お前ら。よく聞け」
俺は玄米の最後の一粒を飲み込み、三万円のゲーミングチェアの上で背筋を伸ばした。
「俺は決めたぞ。来期の役員報酬改定のタイミングで、俺の月給を【100万円】に引き上げる」
その宣言に、通話ルームは一瞬の静寂に包まれた。
『……は?』
結愛の、心底呆れたような声が漏れる。
『ルシフェル様、頭にカビでも生えましたか? 月給100万ということは、年収1200万。さらに社会保険料の法人負担分なども含めれば、会社から年間1500万円以上のキャッシュが恒久的に流出する計算になります』
ジェミニ先生も、すかさず冷徹なデータを突きつけてくる。
『現在のインフィニティ・ワンの収益構造では、一過性のスーパーチャットによる利益はあっても、それだけの固定費を毎月支払い続ける安定基盤はありません。半年で法人が倒産しますよ』
「わかってる! だからこそ、やるんだ!」
俺はPCモニターに向かって身を乗り出した。
「単発のバズりじゃダメだ。エウリアンの借金を個人で余裕で完済し、なおかつお前らにもふんぞり返って命令できる『三億円の器』になるためには……会社に、強固で継続的なメガヒット事業が必要なんだよ!」
『……あー、社長ぉ、言うのはタダですけどぉ……。VTuber業界とか今マジでレッドオーシャンだし、個人勢がちょっと頑張ったところで、大手の資金力には勝てないっすよぉ……ふわぁ……』
ヨモの言う通りだ。
ただ部屋に引きこもってゲーム配信や雑談をするだけのVTuberは、もう星の数ほど溢れ返っている。
俺のような40歳のオッサンが『底辺のリアル』を語るという奇策で一度はバズったが、それも長続きする魔法ではない。
「だから、誰もやっていないことをやる。レッドオーシャンを避けて、俺たちだけのブルーオーシャンを切り拓くんだ」
俺の脳裏には、最近ネット界隈で凄まじい熱狂を巻き起こしている、とある実在の超人気VTuberプロジェクトの存在があった。
その名も、『う○む○め』。
「お前らも知ってるだろ。今、業界で一番勢いのある『う○む○め』の盛り上がりを」
あの企画がなぜ、あれほどまでにリスナーを熱狂させているのか。
それは、バーチャルな存在であるVTuberが、現実の泥臭い釣りやアウトドアと融合したという【圧倒的なリアルとギャップ】があるからだ。
「いずれはうちの会社も、あの『う○む○め』の作品に出演できたり、肩を並べられるような【ロケ特化型のブイチューバー事務所】を目指す」
『……なるほど。確かに、実写のロケ映像をメインコンテンツに据えているVTuberグループは極めて少数です』
ジェミニ先生が、即座にデータを照合して肯定する。
『理由は明白。カメラマン、ロケバス、機材、撮影許可証など、莫大な【経費(コスト)】がかかるからです。大手事務所にしかできない資金力頼みの芸当ですね』
「そこだ!」
俺はバンッと机を叩いた。
「大手事務所は、都内の立派なスタジオや、高い経費をかけて地方ロケを行っている。だが、うちには何がある?」
俺は窓の外を指差した。
帯広の夜闇の向こうには、果てしなく広がる十勝平野と、雄大な日高山脈がそびえ立っている。
「北海道の、大自然だ。見渡す限りの山、川、森。これが全部、うちの会社の【無料の特大スタジオ】になるんだよ!」
俺の言葉に、通話ルームの空気が僅かに変わるのを感じた。
「俺は元・陸上自衛隊の需品科だ。野外でのサバイバル術や、最小限の機材での兵站管理ならプロフェッショナルだ。カメラマンもロケバスの運転手も、荷物持ちも、社長の俺が全部タダ働きでやってやる!」
『……なるほど』
結愛の声から、先ほどの冷ややかさが消えていた。
『社長の無駄に頑丈な体力と自衛隊経験を、ロケの無料リソースとして極限まで搾取する。そして、北海道の広大な自然を背景に、バーチャルなタレントを大暴れさせる。……これなら、制作コストを極限まで抑えつつ、大手にも引けを取らない映像が作れるかもしれません』
「その通りだ! 海の『う○む○め』を目標にするなら、俺たちが最初に取るべき陣地は決まっている!」
俺の脳内にはすでに、鮮明な青写真が広がっていた。
「大自然の中でサバイバルをし、泥まみれになりながら頂上を目指す、アウトドア特化型の新しいチームを持つ! 綺麗なスタジオで歌って踊るだけのアイドルじゃない、熊が出ても動じないような、野生児みたいなタレントを集めるんだ! 名付けて……『やまむすめ』だ!」
『……あー、なるほどぉ……。海外のリスナーって、そういう日本のクレイジーなサバイバルとか、異常に好きなんでぇ……。案外、ガチで食いつくかもしれないですねぇ……』
ヨモが、相変わらず気だるげな声色ながらも、確かな手応えを感じたように呟いた。
『データ照合完了。アウトドア市場の拡大と、VTuber市場の融合。競合は少なく、ブルーオーシャンである確率は極めて高いと推測します。……ルシフェルさん、悪くない仮説です』
ジェミニ先生の分析結果が、俺の背中を強烈に後押しする。
「よし……! 結愛、明日からすぐに動くぞ! 『やまむすめ』の初期メンバーを募集するための、前代未聞のオーディションを開催する!」
『承知いたしました。ですがルシフェル様、一つだけ忠告しておきます』
結愛が、ふふっ、と氷の微笑を漏らしたのがわかった。
『このプロジェクトが失敗すれば、ルシフェル様は一生私のヒモとして、塩昆布と玄米だけを食べて生きていくことになります。……死ぬ気で、社長の命を燃やしてくださいね』
「言われるまでもない! 借金地獄から抜け出して、絶対に這い上がってやる!!」
帯広の四畳半。
エウリアンに騙され、すべてを失いかけた40歳のスーパーボトム社長の瞳には、かつてないほどのギラギラとした猛禽類のような光が宿っていた。
会社をデカくする。売上を爆発させる。
そして、来年こそは絶対に、美味い肉を腹いっぱい食ってやる。
不純極まりない、しかし圧倒的な熱量を持った反逆の狼煙が、北の大地で高らかに上がった瞬間であった。
コメント
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「しんど……でも、めっちゃ面白かったです!」 社長、玄米と塩昆布の『ヒモ社長』状態から、自衛隊需品科の経験を無料リソースに『やまむすめ』構想をぶち上げる展開、痺れました。四畳半にPCの青白い光、帯広の夜景——描写がリアルで情景が浮かびました。結愛とジェミニ先生が最初は冷たいのに、途中から空気が変わるところも好き。月給100万宣言の根拠が「肉を食いたい」っていう不純さも含めて、社長らしくて最高でした。次、どうなるんだろう…!