幕間「ある役者の独白2」
――ほんと、恥ずかしい子だなぁ。
直接何かしたわけでもないのに、勝手に傷ついて、落ち込んで――バカみたいよね。
どうして、自分から傷つきに行くのかなぁ。
私は自分のためにしか行動しないし、自分のためにしか心を動かさないから、そういう人の気持ちってよくわからない。
でもだからこそ――ちょっと気になるの。
理解も共感もできないけど――それはつまり、私には持ってないものを持っているってことだもんね。
私にだって、どうしても欲しくて手に入れられないものくらいあるの。
持って生まれたものはそう簡単には変えられないものよね。
だから、色んなものを諦める代わりに、今あるものは最大限に利用する。
私の容姿や、キャラクターや、立ち位置をね。
それでも――まだまだ足りない。
絶対に手に入れられないものを諦めるんだから、手に入れられるものなら、手に入れたい。
ただ、今の状況をやり過ごすだけじゃ――すべてが終わったときに「今の状況をやり過ごすためだけのもの」しか残らないから。
そうならないためのヒントを、彼はもしかしたら持っているかもしれないのよね。
もちろん――ただの甘ちゃんなだけかもしれないけど。
――本音を言うとね、ちょっとだけ怖いの。
彼の一生懸命さを見ても、理解も共感もできないのに――私の中にある「恥ずかしい部分」を引きずり出されそうな気がするから。
私も気づいていない、「何か」を。
近づきたいのに、でも近くにいるのがほんの少し怖い。
ふふ、まるで彼に恋でもしているみたいね?
まぁそんなことは――ありえないけど。
第3章「学園祭に潜む亡霊」その1
直木浩一(なおきこういち)とのことを、権堂修介(ごんどうしゅういち)が綾咲姫乃(あやさきひめの)、香島理央(こうじま)に話してから、数日。
明日からは名目上は夏休みに入る。
とは言っても毎年のことなのだが――普通の学校でいうところの高等教育の授業がひと段落着く、というだけの話だ。
夏休みに入った後も、十月に予定されている学園祭――通称「流星祭(りゅうせいさい)」の準備が控えている。
実家に戻る生徒もいるが、大抵はお盆の時期に集中しており、それ以外はもっぱら学園祭に向けての準備が進められるのだ。
「――そういえば、聞いたかい?」
そんな、夏休み前授業の最終日、昼休み。
太陽が照りつける、中庭。
この日も、たまたま修介は姫乃、香島と一緒に昼食をとっていた。
毎日というわけではなく、時々思い出した頃に姫乃と香島が誘いに来るのだ。
きっと――直木のことを修介が気に病んでいると思っているのだろう。
当然嬉しいのだが、よく考えると、少し前までは同じ建物にいても顔を合わせることがほぼなかったのに――修介は不思議な気分になる。
別世界の人だと思っていた、姫乃と香島。
彼らがここまで自分を気にかけてくれるなんて――
「何なに? 何の話?」
「午後の授業終わった後、アンケートをするらしいよ」
くすぐったい気分に修介が浸る中、姫乃と香島は話を進めていた。
「アンケート? 何の?」
「学園祭に関することだって。もちろん内容とかはわからないんだけど……」
「へー。どんなこと聞かれるんだろうね」
「って、なんで香島、そんなこと知ってるんだ?」
「春哉(はるや)が職員室に行ったときに、ちょっと見ちゃったんだってさ」
「なるほど。でも、アンケートなんて去年やったっけ」
「やってなかったね。でも去年は僕たち初めての学園祭だったし、アンケートとるようなこともなかったのかもね」
修介が納得していると、さらに香島は続けた。
「そうだ、アンケートの話に関係して……もっと気になることがあったんだった」
「え、なになに?」
「これも春哉が小耳に挟んだって言ってたんだけど……あ、俳優コースの話だから、権堂くんにはあまり関係ないかもしれないんだけどね」
「うん」
と言われても気になる言い方なので、修介も姫乃と同じように、どこか緊張感を帯びながら続きを待った。
「今年の二年は……舞台発表の類(たぐい)を一切やらないらしいんだよ」
「え……?」
「……俳優コースなのに…?」
「それじゃあ、わたしたち今年は何やるんだろう……?」
「僕も詳しいことはわからないけど……まぁ春哉の早とちりかもしれないしね」
「でも、相瀬くんが早とちりってあんまり想像つかないなぁ」
「そうでもないよ? ああ見えて、春哉って結構、視野が狭いところあるからね」
と、話は少しずつ学園祭から相瀬の話に移って行った。
俳優の卵たちが、舞台発表をしない――香島の言う通り俳優コースの話ではあるのだが、妙に修介の中で引っかかった。
ちなみに、修介の所属する監督・演出・脚本コースでは、出店やイベントが多くなるということ以外はあまり聞いていない。
ちょっとしたカフェスペースに、脚本を置いて読んでもらうようなものを想像していた。
だが、他のコースがここまで思い切ったことをやるかもしれないとなると――どうなのか。
「あ、そろそろ戻らないとね」
「もうそんな時間!? 香島くんと権堂くんと喋ってると、あっという間に時間過ぎちゃうね!」
二人の言葉をきっかけに、後片付けを始める。
「……準備が始まったら、なかなかこうやって集まってご飯食べられなくなるかな」
「権堂くんもだけど、綾咲さんと僕もクラスが違うし」
「準備が忙しくなるかもしれないもんねー……でもさ、時々は一緒に食べようよ。せっかく仲良くなれたんだもん!」
少ししんみりする中、姫乃の声は明るかった。
その笑顔を、修介は太陽と同じくらい眩しく感じるのだった。
第3章「学園祭に潜む亡霊」その2へつづく。