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「優奈、荷物はみんなここのロッカーに入れてる」
「は、はい!」
「仕事はこのデスク使ってる、マキや、他の人間も」
「はい!」
雅人がイスを引いてくれたけれども、座るのはなぁと立ったままで説明にうなずいていると。
「あ、高遠さん。おはようございます」
背後から声がして、雅人と一緒に優奈も振り返る。
すると。
視線の先にいた男性は優奈を見るなり「あ!」と、大きな声を出す。
「何だ、奥村」
その態度に雅人はあからさまに眉をひそめたのだけれど。
続いて似たような反応を見せた優奈を見て、今度は驚いたように目を見開いた。
「どうしたんだ、優奈」
「あ、ううん。ごめんなさい、ちょっと知ってた方だったから」
「知ってた?」と、低い声を響かせて、奥村と呼ばれたその男性の方に視線を向ける。
「どうして奥村と」
「あ、いえ!この間、会社戻る途中で彼女にちょっとぶつかって」
「ぶつかった……? いつの話だ、優奈」
雅人の不機嫌そうな声に奥村と呼ばれる男性は、困ったように笑顔を貼り付けている。
「この間、近くのスーパーに買い物に行った帰りだよ」
「奥村が会社に戻る途中って……優奈、体調が悪かったのにそんなに遅い時間に買い物に出てたのか?」
「あ、夜って言ってもそんなに遅い時間じゃないし」
雅人は小さく息を吐いてから。
「優奈、こいつは奥村。経営企画は琥太郎が仕切ってるけど、その右腕的な感じで振り回されてる男だ」
「え!? 紹介すんごい雑ですよね!?」
「事実だろうが」
「いや酷くないっすか!」
(あ、そっか……)
そこで優奈はふと気がつく。
以前会った琥太郎への態度や、先程のマキへの態度など。
雅人はある程度親しく、そして気を許している”対等”と思っている相手にはこのような顔を見せているようだ。
優奈の知らない雅人。
優奈は酷く羨む気持ちを顔には出さないよう、必死に力を込めて笑顔を保つ。
「奥村さん。瀬戸優奈です、よろしくお願いします」
改めて挨拶をしたけれど、目の前の奥村から返事がこない。不安に思った優奈が顔を上げると、彼はハッとしたようにペコリと頭を下げた。
「こ、こちらこそ……! 瀬戸さんが来てくれて有難いです、ほんと、高遠さんも琥太郎さんも人遣い荒いから」
慌てたように早口で言った奥村の背後から「おーい、いきなり何吹き込んでんだぁ、お前は」と、聞いたことのある声。
「坂下さん! お久しぶりです」
雅人のところに住まわせてもらうことが決まった日、顔を合わせたことがある坂下琥太郎だった。
「優奈ちゃん、久しぶり。なんかマキが余計な口出したみたいで、当初の予定と変わっちゃってごめんな」
「いえ、大丈夫です! 今日からよろしくお願いします」
優奈が頭を下げると「そんなかしこまるなって!過保護なお兄ちゃんがうざいからさ」と、雅人を指差して愉快そうに笑い声をあげる。
副社長である琥太郎だが、気さくな雰囲気はあの時と変わらなくて。
優奈は少しだけホッとして胸を撫で下ろした。