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「……悪かった。酷な事を言った」
尊さんが頭を下げると、宮本さんは深い溜め息をつき、「ううん」と首を横に振る。
「君が私のためにいまだ怒ってくれていて、そう提案してくれたのは嬉しい。気持ちだけ受け取っておくよ。……でも、私が今一番大切にしているのは、呉での生活なんだ。勿論、過去の自分をいたわってあげたい気持ちはある。『つらい目に遭ったね』って抱き締めて、沢山泣かせてあげたい。周りの人に『私はあの二人にこれだけ傷つけられたんです』って大きな声で訴えたい。……でも、もう家族や夫に沢山聞いてもらった。何回も何回も話して、カウンセラーの人にも聞いてもらって、やっと私は〝今〟を見つめて生きる事ができている」
彼女は微笑み、また一口パフェを食べる。
「あれから十年経って、私はもう三十二歳になった。……まだ若いと言われるかもしれないけど、きっとすぐ四十歳になり、子供の成長を見守りながら中年として過ごし、やがて老後の事を考えるようになる。……人生って、長いようで短い。その限りある時間を、憎しみと共に生きるなんて嫌なんだ。……私は家族を愛したい。夫と子供と愛犬と一緒に過ごして笑い合い、可能ならもう一人ぐらい子供に恵まれたい。……幸せになりたいんだ」
宮本さんは吐息をつきながら笑い、家族を思い出したのか優しい表情になる。
「十年前は『こんな汚れた私、誰にも愛されない』と思い込んでいた。……でも今は夫にも子供たちにも無条件で愛されている。そのささやかな幸せを守りたい。毎日仕事と子育てに追われて大変なのに、どれだけ考え、悩んでも変える事のできない過去について思い悩みたくないんだ。……あれはもう過ぎた事で、今の私には必要ない」
そこまで言い、彼女は目を閉じて静かに深呼吸する。
それからゆっくりと目を開き、私たちを見て笑った。
「やっと『あの出来事があったから地元に帰り、夫と巡り会って今の幸せを掴めた』と思えている。谷底で掴んだ土塊の中に、幸せの花の種があったんだ」
宮本さんは尊さんに笑いかける。
「君も、絶望の谷の底で幸せの種を掴んだでしょ? ……十年前、君は酔っぱらったら『あかり』って口にしていたけど、当時の君は妹がいるとは一言も言っていなかった。代わりに、『あかりって子を助けた』って言っていた」
宮本さんの口から自分の名前が出て、私はハッとする。
「君は自分の家族の事をあまり語らなかったけど、『実の母親は死んだ』とだけ言っていた。それしか言っていなかったから、私は先日ワイドショーで事件について知るまで、君にあかりさんという妹がいる事を知らなかったんだ。……でも君は酔っぱらったら『あかり、あかり』と繰り返して、『あいつは迂闊だから目が離せない』と心配していた。……君たちの馴れそめは知らないけど、それって朱里さんの事じゃないの?」
悪戯っぽく笑った宮本さんに見つめられ、尊さんはチラッと私を盗み見したあとに溜め息をつく。
それから、照れくさそうに十二年前に中学生の私と出会い、命を救ってからずっと気に掛けていた事を語った。
「凄いね、運命だ」
宮本さんはクシャッと笑い、心の底から私たちの仲を祝福してくれる。
「君はちゃんと掴んだ幸せの花を咲かせた。……今、幸せでしょ?」
「ああ」
彼女の問いに、尊さんはしっかり頷く。
「私たちは奇しくも同じ相手に傷つけられ、大きな不幸に見舞われたけど、……でも、絶望して死を選ばず、こうして図太く雑草みたいに生きて幸せになってる事を誇ろうよ。どれだけ踏みつけられても起き上がり、したたかに生きる事のほうが何よりも大切だ。私たちはとりあえず、大きな試練に一つ打ち勝った。きっと、私たちが幸せになっている姿こそ、あの人がもっとも悔しがる事だと思うよ」
「違いない」
尊さんはフハッと息を吐くように笑い、コーヒーを飲む。
宮本さんは溶けかかったパフェの続きを急いで食べたあと、私を見て悪戯っぽく笑いかける。
「意地悪な質問をするけど、今回私と会うにあたって心配した?」
「……そ……、うですね。…………ちょっと…………」
本当はちょっとどころじゃなかったけど、彼女が目の前にいる手前、少し見栄を張る。
すると宮本さんはニカッと笑い、「可愛い!」といきなり褒めてきた。
「素直でいい子だね。美人さんだし、ちょっと繊細そうだけど、芯の強そうな子だ。いい相手と巡り会ったね、速水くん」
「ああ、自慢の婚約者だ。可愛くて堪らない」
尊さんはスルリと私の頭を撫で、私は照れて少し俯く。
「速水くんと私は、友達として気が合ったかもしれないけど、色々とタイミングが合わなくて駄目だった。私は運命の相手を見つけたし、君も朱里ちゃんと出会った。お互いそれぞれ幸せを掴んで、十年経った今こうして報告できている。……きっと十年前すぐじゃ駄目だったんだ。時間を空けて冷静になって、幸せを得て心の余裕を掴んだ今が、再会して〝話〟をするジャストタイミングだったんだと思う」
「そうだな。宮本の言う通りだと思う」
尊さんは静かに笑い、テーブルの下、彼女に見えないところで椅子の上にある私の手をポンポンと叩いた。
コメント
2件
これで、どちらかがあまり幸せとは言えない状況だと スッキリとはいかなかったよね。😅💦 これがベストな状況だと思う事にしよう。👍🤗
二人共こんな風に語り合えるまで、12年という長い年月が必要だったのだと思います😢 お互い運命の出逢いがあり、幸せになってから再会することができて良かった…🥹🍀✨️