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格安生姜
461
坂「……黒田さん」
黒「はい」
坂「俺たち、今回の仕事って何でしたっけ」
黒「逃走中の参加者サポートです」
坂「ですよね」
黒「はい」
坂「じゃあ、なんで俺、朝からずっと佐野さんと吉田さんの関係性について考えてるんですか?」
黒「それは俺も聞きたいです」
収録開始前。まだハンターすら放出されていないというのに、スタッフの黒田と坂田はすでに疲れていた。
理由は簡単。
以前、一日密着の企画で、友達同士だと主張する佐野勇斗と吉田仁人を担当したことがあるからだ。
あのときは、ただの友達の家に帰っただけのはずだった。
それなのに、自然に隣に座る。相手の好みを把握している。食事の世話を焼く。眠そうな相手を気にかける。何なら寝るまでそばにいる。
そして最後まで、二人は言い張った。
『友達です』
視聴者の大半は納得しなかった。
番組はとんでもない視聴率を叩き出した。
そして今回。
なぜかその二人が、友達三人を引き連れて逃走中に参加することになった。
しかも、偶然とは恐ろしいもので。
黒田が吉田仁人担当。
坂田が佐野勇斗担当。
という割り振りになった。
黒「……坂田さん」
坂「はい」
黒「俺、吉田さんの担当ですよね」
坂「そうですね」
黒「なのに、佐野さんのほうが吉田さんの体調を把握してるんですけど」
坂「まだ集合して十五分ですよ」
黒「俺、今日まだ吉田さんに『おはようございます』しか言ってないんですよ」
坂「佐野さんはもう吉田さんに三回、水分を持ってきたか確認してます」
黒「なんで?????」
坂「知らないです!!!!」
ちなみに、今回の逃走中の制限時間は150分。
最後までハンターから逃げ切れば、賞金を獲得できる。
途中で発生するミッションは、参加者に配布された専用スマートフォンへ通知される仕組みだ。ミッションに参加するかどうかも、それぞれの判断に委ねられる。
そして、参加者の飲み物や必要な荷物は、担当マネージャーが持ち歩く。
もちろん、マネージャーは参加者の代わりに逃げることはできない。
ただし、必要なサポートをするのが仕事なので、体調を確認したり、頼まれた水分を渡したりすることはできる。
つまり、黒田と坂田は今日、二時間半にわたって五人のサポートをすることになる。
五人。
そう、五人だ。
佐野勇斗、塩﨑太智、曽野舜太、山中柔太朗、そして吉田仁人。
全員、運動神経がいい。
走るのも速い。
体力もある。
ただし、吉田仁人だけは少し事情が違う。
運動が苦手なわけではない。普通に走れるし、判断力もある。むしろ頭を使うゲームなら、かなり頼りになる。
ただ、四人の身体能力が異常なのだ。
さらに仁人は腰痛持ちで、スタミナが極端に少ない。
長時間走り続けるのは厳しい。
スタッフからも、無理をさせないようにと事前に伝えられていた。
それを聞いた勇斗は、真剣な顔で頷いていた。
勇「分かりました。仁人のことは俺も気をつけます」
坂「いや、佐野さんはご自身のことも気をつけてくださいね」
勇「はい!」
坂「本当に分かってます?」
勇「分かってますって!」
坂「……ならいいんですけど」
坂田はまだ知らなかった。
この「はい!」が、今日一日で何度も繰り返されることを。
そして、そのたびに勇斗が仁人のほうを見ていることを。
集合場所に五人が揃う。
太「よっしゃー! 逃走中だ!」
舜「俺、賞金取る気しかないんだけど!」
柔「二人とも、始まる前から声が大きいよ」
太「柔太郎は燃えてないの!?」
柔「燃えてるよ。静かに」
舜「燃え方が暖炉なんだよな」
柔「褒めてる?」
舜「たぶん」
仁「たぶんで人を褒めるな」
いつもの調子で会話をしている五人。
その中で、勇斗だけは少し違った。
勇「仁人、腰どう?」
仁「朝からそれ何回目?」
勇「え、三回目?」
仁「自分で数えてるの怖いんだけど」
勇「いや、今日長いじゃん。150分だよ?」
仁「知ってるよ。参加者だからね、俺」
勇「無理そうだったら、すぐ言ってね」
仁「分かったから。お前も自分の心配しろ」
勇「俺は大丈夫!」
仁「その自信、どこから来るの?」
勇「元気!」
仁「小学生か」
勇斗は笑いながら、仁人の肩に軽く手を置いた。
勇「あと、飲み物は黒田さんが持ってくれてるから。俺のほうにも坂田さんが持ってくれてるし、必要になったら言ってね」
仁「……うん」
勇「よし」
仁「何が『よし』なんだよ」
黒田は無言でメモを取った。
今日の吉田仁人の担当者は自分。
しかし、健康管理の説明をしているのは佐野勇斗。
黒「……俺、いる意味あります?」
坂「ありますよ。俺もいますから」
黒「その励まし、全然嬉しくないです」
坂「俺だって嬉しくないですよ!!!!」
そんなスタッフの悲痛な会話など知る由もなく、五人はゲーム開始の説明を受けていた。
150分間、ハンターから逃げ切れば賞金獲得。
途中でミッションが発生することもある。
ミッションの情報は、専用スマートフォンに通知される。
ハンターに確保されれば、その時点で失格。
賞金を手にするためには、最後まで生き残らなければならない。
説明を聞き終えた太智が、拳を握った。
太「これ、絶対全員で逃げ切ろうな!」
舜「いや、賞金は個人でしょ? 最後まで残ったやつが勝ちじゃない?」
太「え、友情は?」
舜「賞金の前では一旦しまっとく」
柔「潔いね」
仁「お前ら、賞金の話しかしてないな」
勇「俺も賞金は欲しいけどね」
仁「お、珍しくまとも」
勇「でも仁人と一緒に逃げ切りたい!」
仁「…………」
太「出た」
舜「出ましたね」
柔「始まってもいないのに、もう通常運転だ」
仁「お前ら、実況席みたいに解説するな!」
スタッフの笑い声が漏れる。
仁人は顔をしかめたが、勇斗はどこ吹く風だ。
勇「だって、せっかく一緒に参加してるんだもん」
仁「賞金を獲得する番組です」
勇「うん!」
仁「うん、じゃないんだよ」
勇「賞金も欲しいし、仁人とも一緒にいたい!」
仁「欲張りか!」
坂田はカメラの外でそっと目を閉じた。
坂「……これ、逃走中ですよね?」
黒「ええ。少なくとも、企画書にはそう書いてありました」
ゲーム開始まで、残りわずか。
五人はそれぞれ配置につく。
仁人がスマートフォンの画面を確認していると、勇斗が隣から覗き込んだ。
勇「充電大丈夫?」
仁「大丈夫」
勇「通知来たら見える?」
仁「見える」
勇「操作分かる?」
仁「分かるよ!!!!」
勇「よかった!」
仁「お前は俺を何だと思ってるんだよ!」
勇「仁人!」
仁「名前を聞いてるんじゃない!」
黒田はもう、担当者としての威厳を失いつつあった。
黒「吉田さん、何かあれば俺に言ってくださいね」
仁「はい、ありがとうございます」
勇「俺にも言ってね!」
仁「だからお前は自分のことを……」
勇「もちろん自分のことも気をつける!」
仁「絶対分かってない」
開始の合図が鳴る。
五人が一斉に走り出した。
太智と舜太は、まるで運動会のリレーが始まったかのような勢いで駆けていく。
太「うおおおおお! 賞金ー!」
舜「太ちゃん、遅い!」
太「お前が速いねん!」
舜「勝負だからね!」
太「なんでや!味方やろ!」
柔「二人とも、ハンターに見つかる前に疲れないでね!」
仁「ほんとそれ!」
柔太郎も軽快に走っていく。
そして勇斗も、当然のように速かった。
大きな歩幅で駆ける姿は、いかにも運動神経のいい人間そのもの。
……なのだが。
勇斗は数秒走ったところで、ふと後ろを振り返った。
仁人がいる。
もちろん、仁人も走っている。
走れている。
ただ、先に走り出した四人があまりにも速いのだ。
勇「仁人ー! こっち!」
仁「待って、今行ってる!」
勇「急がなくていいよ!」
仁「どっちだよ!」
勇「ゆっくりでいいから!」
仁「逃走中で言うな!」
勇斗は走る速度を落とした。
そして、仁人の隣に並ぶ。
勇「このくらい?」
仁「……うん、それなら大丈夫」
勇「オッケー!」
黒田はその様子を見て、思わず足を止めかけた。
黒「…………」
坂「黒田さん、どうしました?」
黒「今、佐野さんが自分の速度を落としました」
坂「はい」
黒「逃走中で」
坂「はい」
黒「賞金がかかってるのに」
坂「はい」
黒「……俺、今、何を見せられてます?」
坂「友達の友情じゃないですか?」
黒「その言葉、今日何回使うことになりますかね」
坂「もう使いたくないです」
勇斗は仁人のペースに合わせながら、周囲を確認していた。
仁人が走りやすい道を選ぶ。
段差があれば先に気づいて声をかける。
人が通る場所では、さりげなく仁人を内側に寄せる。
ただし、本人は何も特別なことをしているつもりがない。
勇「仁人、そっち段差あるよ」
仁「あ、ほんとだ」
勇「あと、こっちの道のほうが広い」
仁「……お前、意外と周り見てるね」
勇「そりゃ見るよ」
仁「なんで?」
勇「仁人がいるから!」
仁「…………」
勇「あと、ハンターもいるから!」
仁「あと付けみたいに言うな!」
坂田はカメラスタッフの横で、静かに天を仰いだ。
坂「佐野さん、今のセリフ、普通に告白のテンションなんですよ」
黒「本人は友達だと思ってるので」
坂「それが一番怖いんですよ!!!!」
そのとき。
遠くから、太智の声が響いた。
太「うわっ、ハンターいる!!」
舜「えっ、どこ!?」
柔「二人とも、声!」
四人の表情が一変する。
ハンターが、こちらへ向かって走ってきていた。
黒いスーツにサングラス。
無駄のない走り。
見つかったら、簡単には振り切れない。
勇「仁人、こっち!」
勇斗は即座に進路を変えた。
仁人も反応する。
仁「分かってる!」
仁人だって判断は速い。
ハンターの位置と周囲の道を見て、すぐに逃げる方向を選んだ。
ただ、勇斗はその一歩先を走りながら、何度も後ろを確認していた。
勇「大丈夫? ついて来れてる?」
仁「来れてる!」
勇「オッケー!」
仁「前見ろ!」
勇「見てる!」
仁「見てないから振り返ってんだろ!」
そのまま二人は角を曲がり、建物の陰へ滑り込んだ。
ハンターは別の方向へ走り去っていく。
ひとまず、危機は回避した。
仁「……っ、はぁ……」
勇「仁人、大丈夫?」
仁「大丈夫……ちょっと、息整える」
勇「うん。ゆっくりでいいよ」
勇斗はすぐに立ち止まり、仁人の顔色を確かめた。
そして、坂田が持っている自分用の飲み物を指さす。
勇「坂田さん、俺の水、ちょっともらっていいですか?」
坂「もちろんです。吉田さんに渡すんですか?」
勇「うん!」
仁「いや、俺の分は黒田さんが……」
黒「はい、ありますよ」
黒田は自分のバッグから、仁人の飲み物を取り出した。
仁人はそれを受け取る。
仁「ありがとうございます」
黒「いえいえ。何かあれば遠慮なく言ってください」
勇「黒田さん、ありがとうございます!」
黒「……いえ、俺の仕事なので」
そう言いながら、黒田は少しだけ考えた。
自分が飲み物を渡す。
勇斗がそれを見届ける。
仁人が飲む。
勇斗が仁人の呼吸を確認する。
……自分の担当者としての役割を、勇斗が全部把握している気がする。
黒「……佐野さん」
勇「はい?」
黒「吉田さんの担当、俺なんですよ」
勇「はい!」
黒「俺、ちゃんと見てますからね」
勇「はい! ありがとうございます!」
黒「…………」
坂「黒田さん、負けてますよ」
黒「何にですか!?」
坂「佐野さんの彼氏力に」
黒「だから友達ですって!!!!」
仁「そうですよ、友達です」
勇「そうそう! 友達!」
黒「ご本人たちからの援護が一番ダメージ大きいんですけど!?」
勇斗は心底不思議そうな顔をした。
勇「え、なんで?」
坂「いや、なんででしょうね……」
坂田の声が、だんだん遠くなっていく。
ゲーム開始から、まだ二十分も経っていない。
150分のうち、残り時間はたっぷりある。
スタッフの心労だけが、すでに終盤戦だった。
その後、五人は再び合流した。
太智と舜太は、先ほどのハンターから逃げ切ったことに興奮している。
太「いやー、危なかったな!」
舜「俺、あの角曲がる判断めっちゃ速かったと思う」
太「俺のほうが速かったけど?」
舜「いや、俺」
太「いや、俺!」
柔「二人とも、確保されてないんだからいいじゃない」
仁「本当に小学生みたいな会話してるな」
勇「でも、楽しいね!」
仁「お前は何でも楽しいだろ」
勇「うん!」
仁「そこは否定しろよ」
勇斗は笑いながら、仁人の肩に軽く触れた。
勇「腰、平気?」
仁「……今は大丈夫」
勇「そっか。よかった」
ほんの一瞬、勇斗の表情が柔らかくなる。
仁人はそれに気づいて、少しだけ視線を逸らした。
仁「……そんな心配しなくても大丈夫だから」
勇「うん。でも、心配はするよ」
仁「なんで?」
勇「大事な友達だから!」
仁「…………そうですか」
太「仁人、耳赤くない?」
仁「赤くない」
舜「赤いね」
仁「走ったから!」
柔「今、休憩してたけどね」
仁「柔太郎まで参戦するな!」
勇「え、仁人、暑い? 大丈夫?」
仁「お前が原因だよ!!!!」
勇斗は一拍置いて、ぱっと笑った。
勇「えっ、俺!? ごめん!」
仁「謝るところでもないんだよ!」
坂田はとうとう、カメラに映らない位置でしゃがみ込んだ。
坂「……佐野さん、今のやり取りで自分が原因って分かったんだ……」
黒「でも、何が原因かは分かってないと思います」
坂「地獄ですね」
黒「ええ。しかも、あと二時間あります」
坂「帰りたい」
黒「俺もです」
そのとき、五人の専用スマートフォンが一斉に鳴った。
ブーブーブーブー
五人が画面を確認する。
そこには、最初のミッションが表示されていた。
指定されたエリアに設置された装置を起動し、条件を満たせば、今後の逃走に有利な仕組みが解放される。
ただし、装置のある場所はハンターの巡回エリアに近い。
参加するかどうかは自由。
太「来た! ミッション!」
舜「行こうや!」
太「もちろん!」
柔「条件、ちゃんと読んでからね」
仁「……なるほど。装置を起動するには、二人以上必要なのか」
勇「じゃあ、誰が行く?」
太「俺!」
舜「俺も!」
柔「僕も行こうかな」
仁「俺も行く」
勇「じゃあ俺も!」
仁「いや、お前は別に……」
勇「え?」
仁「……いや、なんでもない」
勇斗が、ぱっと笑顔になる。
勇「一緒に行こうね!」
仁「まだ一緒に行くって決まってない!」
勇「え、行かないの?」
仁「……行くよ!」
勇「やった!」
太「なんだ今の会話」
舜「ミッション参加の確認というより、デートの待ち合わせなんだよな」
柔「逃走中です」
仁「お前ら、あとで覚えとけよ!」
五人はミッションの場所へ向かうことにした。
ただし、仁人の体力を考えて、全員で走り続けることはしない。
周囲を確認しながら、ハンターに見つからないルートを選ぶ。
仁人も、自分の状態を確認しながら、無理のない速度で進んでいた。
勇斗はその隣を歩き、時折、自然に周囲へ目を向ける。
勇「仁人、疲れてない?」
仁「まだ大丈夫」
勇「腰は?」
仁「大丈夫」
勇「水飲む?」
仁「まだいい」
勇「分かった!」
仁「……勇斗」
勇「ん?」
仁「お前、俺のことばっかり気にしてない?」
勇「え?」
仁「いや、ミッションだよ。賞金かかってるよ。お前もちゃんと考えろよ」
勇「考えてるよ?」
仁「何を?」
勇「仁人が無理しないでミッションに参加できる方法!」
仁「俺のことじゃねえか!!!!」
太「アハハハハハ!」
舜「もうあかん、俺、ミッションよりこっちが気になる!」
柔「本来、ミッションのほうが気にならないといけないんだけどね」
黒田は真顔で、手元の記録用紙を見つめた。
担当者として、吉田仁人の体調を気にする。
それが自分の仕事だ。
しかし、佐野勇斗がすでに全部やっている。
しかも、こちらが確認する前に。
黒「……坂田さん」
坂「はい」
黒「俺、今日、吉田さんの担当として何をすればいいんですかね」
坂「えっと……」
黒「水分は俺が持ってます。体調確認も俺ができます。移動ルートもスタッフとして把握してます」
坂「はい」
黒「でも、佐野さんが全部先に気づくんですよ」
坂「……はい」
黒「俺、今、佐野さんのサポートスタッフみたいになってません?」
坂「いや、佐野さんの担当は俺なんですけど」
黒「……」
坂「……」
黒「俺たち、担当交換します?」
坂「したところで何も変わらないと思います」
黒「ですよね!!!!」
そのとき、勇斗が振り返った。
勇「黒田さーん! 仁人、今のところ大丈夫そうです!」
黒「ありがとうございます!!!!」
反射的に返事をしてしまった。
坂田が、そっと黒田の肩を叩いた。
坂「……もう、佐野さんが現場責任者でいいんじゃないですか」
黒「嫌ですよ!!!!」
ミッションエリアに到着した五人は、装置を確認する。
条件を読み込み、必要な操作を進めていく。
太智と舜太が競うようにボタンを押そうとし、柔太郎が落ち着いて手順を確認する。
仁人は説明文を読み、必要な条件を整理していた。
仁「待って。これ、順番が違う。先にこっちを操作してからじゃないと進まない」
柔「あ、本当だ。ありがとう、よっしー」
太「危な! 俺、普通に押すところやった!」
舜「俺も!」
仁「ちゃんと読めよ」
勇「さすが仁人!」
仁「いや、普通だから」
勇「いや、すごいよ!」
仁「……うるさい」
勇「えへへ」
仁「なんでお前が照れてんだよ」
仁人が装置を操作する。
順調に進んでいるように見えた、その瞬間。
遠くから、ハンターの姿が見えた。
柔「……ハンター」
太「うわ、マジか!」
舜「あと少しなのに!」
装置の起動までは、もう少し時間が必要だった。
五人は一瞬、判断を迫られる。
ここで逃げれば、ミッションは失敗するかもしれない。
しかし、残ればハンターに見つかる危険がある。
勇「……仁人、どうする?」
勇斗は仁人を見た。
仁人は装置とハンターの位置を確認し、すぐに答える。
仁「あと少しなら、俺が最後まで操作する。みんなは先に逃げて」
勇「いや、俺も残る」
仁「お前は逃げろ!」
勇「え、でも」
仁「お前は足速いんだから、ここで捕まるのもったいないだろ!」
勇「仁人だって、まだ捕まるわけにはいかないじゃん」
仁「俺は装置を操作してるんだよ!」
勇「じゃあ、俺が一緒にやる!」
仁「操作できるの?」
勇「……説明読めばいける!」
仁「今から読むの!?」
太「アハハハハ! 勇斗、何も考えてなかった!」
舜「仁ちゃんに合わせることだけ考えてる!」
柔「でも、時間がないよ」
仁人は一瞬だけ考え、決断した。
仁「……分かった。勇斗、こっち。俺が指示するから、言われたところを操作して」
勇「了解!」
仁「太智、舜太、柔太郎は逃げて。ここで全員捕まったら意味ないから」
太「でも……!」
仁「大丈夫。こっちは俺たちでやる。装置が起動したらすぐ逃げる」
柔「……分かった。無理はしないでね」
舜「絶対逃げろよ!」
太「あとで合流な!」
三人は、ハンターの位置を見ながら別ルートへ向かった。
残った仁人と勇斗は、急いで装置を操作する。
仁「右のボタン!」
勇「これ?」
仁「それ!」
勇「押した!」
仁「次、画面の確認!」
勇「はい!」
仁「なんで返事だけいいんだよ!」
勇「仁人の指示だから!」
仁「理由になってねえ!」
黒田は、ミッションの装置よりも二人の会話が気になって仕方がなかった。
黒「……坂田さん」
坂「はい」
黒「今、吉田さんが佐野さんに指示してますよね」
坂「そうですね」
黒「佐野さん、めちゃくちゃ素直に従ってますね」
坂「そうですね」
黒「普段からああなんですかね」
坂「さあ……」
黒「いや、絶対そうなんですよね。吉田さんの言うこと、全部聞いてる顔してますもん」
坂「黒田さん、担当者の観察眼が鋭くなってきましたね」
黒「嬉しくない方向に成長させないでください」
装置の表示が切り替わる。
ミッション成功。
五人のスマートフォンに、成功を知らせる通知が届いた。
勇「よし! 成功!」
仁「よし、逃げるぞ!」
勇「うん!」
勇斗は仁人と一緒に走り出した。
しかし、仁人の呼吸は少しずつ荒くなっていた。
腰に負担がかからないように走り方を調整していることもあり、どうしても全力疾走を続けることは難しい。
それでも、仁人は自分で判断し、走る速度を保っていた。
勇「仁人、こっちの道!」
仁「分かってる!」
勇「段差あるよ!」
仁「見えてる!」
勇「ごめん!」
仁「謝るな!」
角を曲がり、物陰に入る。
ハンターの姿は見えなくなった。
仁人は壁に手をつき、呼吸を整えた。
勇「……仁人」
仁「……大丈夫。ちょっと休めば平気」
勇「うん」
勇斗は、すぐに何かを言おうとはしなかった。
ただ、仁人の隣に立ち、周囲を確認する。
急かさない。
無理に励まさない。
仁人が自分で落ち着くまで、静かに待つ。
その姿を見た黒田は、思わず小さく息を吐いた。
黒「……佐野さん、こういうところなんですよね」
坂「え?」
黒「普段はずっとふざけてるのに、吉田さんが本当に疲れたときは、ちゃんと待つんですよ」
坂「……ああ」
黒「だから、余計に周りが勘違いするんですよ」
坂「本人たちは勘違いだって言うんですけどね」
黒「はい。そこが一番の問題です」
仁人は水を飲み、少し休んでから顔を上げた。
仁「……よし。もう大丈夫」
勇「ほんと?」
仁「ほんと」
勇「無理してない?」
仁「してない」
勇「……分かった」
勇斗は、仁人が自分の足で立ち、歩き始めたのを確認してから、ようやく動き出した。
仁人はその横顔を見て、小さく呟く。
仁「……ありがと」
勇「え?」
仁「何でもない」
勇「えー、今なんか言った!」
仁「言ってない!」
勇「絶対言った!」
仁「うるさい!」
勇「もう一回言って!」
仁「言うか!!!!」
その瞬間、坂田がカメラの外で声を上げた。
坂「佐野さん!!!! そこは聞き返さなくていいんです!!!!」
勇「えっ、なんでですか!?」
坂「いや、なんでもないです!!」
黒「坂田さん、頑張ってください」
坂「黒田さんも頑張ってくださいよ!!!!」
こうして、ゲーム開始から約四十分。
ミッションを成功させた五人は、再び合流することに成功した。
太智と舜太は、合流するなり勇斗に詰め寄った。
太「お前ら、ミッションどうだった!?」
勇「成功したよ!」
舜「おお! やったじゃん!」
柔「二人とも無事でよかった」
仁「そっちも大丈夫だった?」
太「余裕!」
舜「俺、ハンター見つけた瞬間、太ちゃんを置いて逃げたから!」
太「お前、言うなよ!!」
仁「最低だな」
舜「生き残るためだから!」
柔「友情は一旦しまったんだもんね」
太「それ今言う!?」
五人は笑い合う。
そして勇斗は、またしても仁人の顔を見た。
勇「仁人、さっきより顔色よくなったね」
仁「……うん。休めたから」
勇「よかった!」
仁「……お前、本当に心配性だな」
勇「そう?」
仁「そうだよ」
勇「でも、仁人が元気だと嬉しいじゃん」
仁「…………」
太「はい、耳」
舜「赤い」
仁「赤くない!」
柔「今度は走ってないね」
仁「柔太郎!!!!」
勇「え、仁人、また暑い?」
仁「お前はもう黙れ!!!!」
黒田と坂田は、顔を見合わせた。
この二人、確かに友達なのだろう。
本人たちがそう言っているのだから、そうなのだろう。
ただ、一般的な友達の距離感を基準にすると、どう考えても説明がつかない。
しかも、ゲームはまだ終わっていない。
残り時間は、まだ百十分以上。
スタッフの本当の戦いは、ここからだった。
その後も五人は、ハンターを警戒しながら移動を続けた。
太智と舜太は、見つけた隠れ場所の良し悪しで言い合いを始める。
柔太郎は二人をなだめながら、周囲を確認する。
仁人は専用スマートフォンの情報を読み、ミッションの条件を把握していく。
そして勇斗は。
ハンターの位置を確認する。
周囲の道を見る。
ミッションの通知を確認する。
そして、仁人を見る。
坂「……佐野さん」
勇「はい?」
坂「今、何を確認しました?」
勇「え? ハンターの位置と、ミッションの通知と、仁人の様子です!」
坂「最後の項目、必要ですか?」
勇「必要です!」
坂「即答なんだ……」
勇「だって、仁人の体力も考えて動かないと!」
坂「それは分かるんですけど、佐野さん自身も賞金を狙ってるんですよね?」
勇「もちろんです!」
坂「じゃあ、もう少し自分のことも……」
勇「大丈夫です! 俺、走るの得意なんで!」
坂「そういう話じゃないんですよ!!!!」
勇斗は、きょとんとした顔で首を傾げた。
勇「……坂田さん、今日ずっと大変そうですね」
坂「誰のせいだと思ってるんですか!!!!」
勇「えっ、俺!?」
坂「はい!!!!」
勇「ええっ!? ごめんなさい!!」
坂「謝られると、俺が悪いみたいになるんですよ!!!!」
その会話を聞いていた仁人が、とうとう吹き出した。
仁「ふっ……ははっ……!」
勇「え、仁人、笑った!」
仁「だって……坂田さん、かわいそう……!」
坂「吉田さん!!!! 笑ってないで助けてください!!!!」
仁「いや、俺も助けたいんですけど……っ、無理……!」
黒「吉田さん、笑うとまた佐野さんが喜ぶので、ほどほどにしてください」
勇「え、俺、嬉しいですよ!」
黒「でしょうね!!!!」
スタッフの叫び声が、広いロケ地に響いた。
開始から一時間。
五人はまだ全員、生き残っていた。
ミッションも成功させた。
賞金獲得の可能性は十分にある。
しかし、スタッフの疲労はすでに限界に近かった。
そして、そんな彼らのもとへ。
再び、スマートフォンの通知音が鳴り響いた。
ブーブーブーブー。
全員が画面を見る。
次のミッションが発令されたのだ。
太智が目を輝かせる。
太「よっしゃ、次も行くぞ!」
舜「今度こそ俺が活躍する!」
柔「まず内容を読もうね」
仁「……なるほど」
仁人は画面を見つめ、真剣な顔になった。
勇斗も隣から覗き込む。
勇「どうした?」
仁「これ、結構難しいかも」
勇「……そっか」
勇斗は、仁人の表情を見た。
賞金を獲得したい。
ミッションも成功させたい。
もちろん、自分も最後まで逃げ切りたい。
けれど、それ以上に。
隣にいる友達が、無理をせず最後まで参加できるようにしたい。
その気持ちは、勇斗の中では何ひとつ矛盾していなかった。
勇「じゃあ、みんなで作戦考えよう!」
仁「……うん」
太「お、勇斗が珍しく真面目!」
舜「いや、仁ちゃんがいるときは意外と真面目じゃない?」
柔「それはそうかも」
勇「えっ、俺、いつも真面目だよ!?」
仁「それはない」
勇「仁人!?」
仁「今までの言動を振り返ってみろ」
勇「……」
太「黙った」
舜「負けを認めた」
柔「珍しいね」
勇「いや、違う! 今、仁人の顔見てた!」
仁「何の報告だよ!!!!」
黒「……坂田さん」
坂「はい」
黒「次回の企画書、もうできてます?」
坂「ええ。できてます」
黒「タイトルは?」
坂「『佐野勇斗は吉田仁人から離れられるのか?』です」
黒「逃走中は!?」
坂「もうサブタイトルでいいんじゃないですか?」
黒「ダメですよ!!!!」
こうして、逃走中はまだ続いていく。
150分の制限時間。
最後まで逃げ切れば、賞金獲得。
ミッションは専用スマートフォンに届き、参加者たちは自分で判断しながらゲームを進める。
ルールは明快。
勝利条件も明快。
ただし、スタッフにはひとつだけ、どうしても理解できないことがあった。
なぜ佐野勇斗は、ハンターの位置と賞金のことを考えながら、吉田仁人の水分補給と体力と歩く速度と顔色まで把握しているのか。
そして、なぜ吉田仁人は、それを当たり前のように受け入れているのか。
本人たちに聞けば、きっと答えは同じだ。
『友達です』
……もういい。
黒田と坂田は、心の中で同時にそう呟いた。
ただし、まだゲームは終わっていない。
そして、この二人の苦労も、まだ終わっていない。
みなさんこんにちは!なゆです!前回のアンケートありがとうございました😭①と③の混合にしてみました!!!
コメント
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至れり尽くせりで爆笑しました。 甲斐甲斐しい🩷さん…リアルなら鬱陶しい!って言われてそうだけど、きっと素直だったらこの作品みたいな💛さんんだろうなって思いました☺️ 🩷は💛から離れられるのか、否!だと思いますが笑 次の番組も楽しみです笑笑
コメント失礼します。 お話のテンポと掛け合いが楽しすぎて、シリーズを一気に読みました! ずっと🩷💛の姿にニヤニヤしっぱなしでした。 友情が愛情だと気付く時にも密着して、スタッフと一緒にやっとか〜と言いたい😁 素敵な作品をありがとうございました。
初めてコメントさせていただきます。 このシリーズ、面白すぎます! メンバーもさることながら、 スタッフさんが絶妙ですね〜 こちら側の気持ちを代弁いただき感謝👍 すごくテンポが良くて、読みやすいです。 めちゃくちゃ笑いました。 友達って…何なんでしょうね🤣